(Ⅰ)ゴルディオイデア
男は日課のブログを更新し終えると、ベッドとは名ばかりの布と綿でできた粗末な塊の上に腰を下ろした。
ヨハネスブルクの安アパートメントの一室。狭いが、それにも増してものが少ない部屋だった。
ノートパソコンが乗った粗大ゴミ寸前のデスク。小さな冷蔵庫。古ぼけたクローゼット。男が座るベッド。そして窓際の台に設えられた固定電話。それがすべてだ。
持つべからずという男の信念――それが具現化したかのような、要素が極端なまでにそぎ落とされた灰色の風景。その中心で、男は電話が鳴るのを待っている。
窓から差し込む日差しが舞い飛ぶ埃を照らし、薄暗い部屋の中に光の柱が立っていた。まるでステンドグラスのようだと、凪いだ気分で考える。
どれほどその光を見つめていたのか。嗜好品によっておぼろげになった感覚の中で、男は目前に一人の少年が立っていることに気がついた。
少年は洗いざらしの布きれを身にまとい、一本の鎌を携えていた。農業のノウハウが失われ収量が激減し、それでもわずかに実った小麦を収穫するために用いられた原始的な農具。少年と自分とを結ぶ懐かしい品だ。
無表情で立つ少年を、男はじっと見つめていた。食うに困った家族のため、自ら少年兵に志願した肉親――とある外国人部隊との戦闘で死んだ、一人の弟の面影を。
――電子音が、男の意識を現実に引き戻した。
壁に掛けられた時計は十六時きっかりを指し示している。ここまで正確に連絡してくるあたり、どれほど相手が神経質であるのか察せられた。
二度、三度と瞬きをする。少年の残滓はすでにない。深く息を吐いてまどろみを追い払うと、男はゆっくりと固定電話の受話器を取る。
「はい」
『ファングシュレクンだ』
その名乗りに、男は来るべきときが来たことを悟る。
この国と、大陸と、世界を流れる三色の原油――そのうちの二つの流れを堰き止め、断ち切るために、己の身を
数多いる先人たちを悼み、そしていまその列に加わろうとする男を称えるかのように、電話口の声はその行く末を示した。
『その地に張り巡らされた、二本の根を探れ。絡み合うそれらが根源の一本を導き、そして枯死させるための手がかりとなる。用心したまえ、ゴルディオイデア。これは、君の弟を殺した〈
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