セーラー服のなかみ

織笠 深

プロローグ

昨日までは青かった空は今日になって泣いている。

ひとり、少年は小さい公園のベンチにて、雨に打たれていた。制服を着たまま、午前10時15分。公園には人っ子ひとり見当たらない。

少年の目はいつも虚ろだ。どこまでも深く、どこを見詰めているのかさっぱりわからない。いまにも消えてしまいそうな、そんな視線で、物でもない、人でもない、空気でもない何か、彼の見ているものはそんなもので、それはきっと彼にしか分かり得ないのだろう。

雨は次第に強くなる。雨の粒ひとつひとつが少年の頬に、頭に、制服の肩に、ローファーに弾けて踊る。じめじめした風が公園を通り抜ける。その風に夏らしい爽快感などはなかった。少年はそれでも黙ったまま、ひたすら雨に打たれた。ここにいるよりも雨風しのげる学校にいた方が快適であろうに、少年はその逆を朦朧と考えているように見えた。もっとも何も考えていないのかも知れないが。

時間はゆるゆると動いて、雨は少しずつ弱くなっていった。その間中、少年はびくとも動かずそこにいた。まるで元からそこにあった錆びた置物のように、午前11時25分。

心がない、そう思った。感情がない、仮にあってもないように振舞っているのだ。きっと感情を見せた瞬間他者に蹂躙されてしまう、とびくびく怯える子どものようだ。可哀想に、と思った。可哀想な人形。もとは人間だった人形ではないだろうか。そう想像が膨らむほどに。

雨はぽつぽつと無数の水たまりに跡を残す程度まで弱小化した。もうすぐ少年は行ってしまうだろう。去ってしまうだろう。心と行動が繋がるのだろう。そう思った矢先であった。

少年のいる場所だけ雨は避けた。少年は、ゆっくりと顔を上げて、首を、目を、まっすぐ上に向けた。曇り空の一歩手前には青空が広がって見えた。

「風邪、引いちゃうよ」

少年に傘を差し出した少女はふわりと笑った。

「持ってていいよ、それ。」

セーラー服の赤いリボンが風にたなびく。

雨はもう止んでいた。

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セーラー服のなかみ 織笠 深 @akasatahamay

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