第17話 どうせ無理だ
ある日の放課後。
ガロス先生に呼び出された。魔法使いなのに筋肉モリモリの三十代の先生だ。
なにか悪いことをしたのだろうか?
不安が脳裏をよぎる。怖いと評判の先生なので、恐れるのも無理はなかった。
職員室に入る。クロムを見ると、横の会議室へと移動を促された。六人ほどが収容できる広さの部屋で、長机にイスがある。机を挟み、対面する形で、クロム、ガロス先生は座った。
先生は黒いスーツを着ているが、ぱっつんぱっつんだ。気合いで服が破けそうな感じがする。
「クロム。じっくり聞いてなかったので聞こうと思ってたんだ。まあ、しかるわけじゃない。肩の力を抜いて、リラックスしてくれ」
「はあ・・・・・・」
といってもこの先生を目の前にして、気は休まらない。彼が口を開くのを待つ。
「従来とは違う、魔法の使い方についてだ。クロムが発見したのか?」
「はい。でも自分が一番だという確証はないですが」
「素晴らしいことだ」
クロムは鼻の辺りをかき、視線を下げた。自然と笑みがこぼれる。
誉めてくれたので、なんだか気恥ずかしい。
「公表したほうがいいんじゃないか?」
「どこにです?」
「そうだな。魔法のことなら、魔法学会だろう。そこに論文を提出するという手が一般的だな。そのための手続きは俺も手伝おう」
学会、か。魔法の研究の最先端を走っていると一般の人は認識している国の機関だ。魔法学校とのつながりもある。しかし、実際のところ最先端ではない、とクロムは感じていた。組織よりも個人、小集団の精鋭のほうが上をいくほうが多い。
ぜひ、お願いしますという言葉は出てこなかった。クロムには苦い経験がたくさんある。一度や二度ではない。試合でもなぜか反則負けをしている。そのことが彼の行動を止めさせていた。そしてこうも考えていた。
組織というのは頭の固い連中ばかりだ。だから、そんなやつらに情報提供する意味はない。言えば否定し、見せれば反則だという。自分が信じていること以外のことは信じない。これでは目が見えず、耳が聞こえない子供を相手にしているのと同じだ、と。
「ガロス先生。このことは他の人に話しましたか?」
「いや。まだだが」
ふっとクロムは微笑した。
「やめておいたほうがいいですよ。変人扱いされますから」
「そんなことはないだろう」
「いえ。俺はさんざん体験してきているのでわかるんです」
「・・・・・・」
先生は腕を組み、「ううむ」と唸った。
「さっき公表すると言ってましたね。やめたほうがいいですよ」
「いや、しかしだな。これは大発見なんだぞ? クロムが思っている以上に魔法の扱いが、いや、世界が変わるかもしれん」
「大げさですよ。先生」
「違う。本当にそう思っているんだ」
先生は真剣な顔をしていた。熱を帯びているのがわかる。しかし、クロムは冷めていた。
どうせインチキだとバカにするに決まっている。ならばそんな連中に公表してやる必要はない。
「クロム」
「しませんよ。俺は」
少しの間、にらみ合いが続く。怖かったが、これだけは譲れないと心に壁を作っていた。ふっと肩の力を抜いたのは先生のほうだった。前に傾けた身体を背もたれに預ける。そして、短く「そうか」と呟いた。
「お前がそういうなら、無理は言わん。しかし、気が変わったら言ってくれ」
クロムと先生は立ち上がり、会議室を後にした。去り際、諦めきれないのか、先生は何気なく言った。
「マーナさんもルナさんも、お前のやり方を認めているんじゃないか?」
クロムはその返事をせず、職員室を出た。
確かに彼女たちは俺のやり方に倣って、練習を続けてくれている。しかし、それは一部のやる気のある人だけだろう。あるいは物好きか。多くの人たちは新しいやり方を否定する。そのほうが楽だからだ。そして、そういった大半の人たちを動かすのは無理だ。
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