第16話 姫の下手すぎる絵

 姫からロリコン呼ばわりされた後日。

 一ヶ月、姫はクロムの教室に体験学習を受けることとなった。クロムはロリコンだいうことが周知され、マーナも「やっぱりね」などという始末。

 もういいや・・・・・・。嘘を信じたければ勝手に信じればいいと諦めていた。


「クロム。ロリコンじゃないよね」

「当たり前だ」


 昼食の時間。校舎外のベンチに座るのはマーナとルナ、そしてクロムの三人だ。ルナは買ってきたパンを食べ終えてから彼に話しかけてきた。


「私だけは信じてるよ。クロムのこと」

「あ、ありがとう」


 信じてくれる人がいるというのは心強い。マーナは半信半疑なのか、それに関しては意見はなく、もくもくと箸で弁当の中身を口に入れていく。彼女には一から事情を説明したのだが、そのときの反応は「ふぅ~ん」といった薄いものだった。


「おおっ。こんなところにおったか」


 姫がやってきた。護衛役の女性もそばにいる。彼女は二十代の美人兵士だ。姫の護衛を任されるぐらいなので、実力は確かなのだろう。魔法学校に不釣り合いな鎧で上半身を覆っている。赤い鎧には肩に魔法陣のマークがあった。これはマジックアーマーと呼ばれるもので、魔法に耐性を持っている。

 金色の髪のショートカット。背はクロムほどあるから女性の中では高いほう。無表情で、細い目がクロムたちを捕らえている。冷たい印象を与えるが、なにかあってはと周囲への警戒を怠っていない現れだろう。


「ロリコン、クロムよ」

「お、お前な」

「ん? お前じゃと?」

「い、いえ。姫様、なんでしょうか?」

「むふふ。それでよい」


 こいつ、俺がそうじゃないことを知っていてわざと言ったな。

 クロムはそう確信していた。もし、俺が真正ロリコンならば、今、俺は牢屋の中だ。姫を襲おうとしたのだからそうなってもおかしくはない。


「しかし、姫様がこんなところに体験学習とは驚きましたよ」

「うむ」


 護衛役がどこからか、イスを持ってきた。それをクロムの正面に出し、さらに日除けの傘をぱっと広げた。姫はイスに当たり前のように座る。素早い動きがまるでお嬢様に仕える執事のようだ。

 この護衛・・・・・・できる。


「わしも色々とあってな。お父様を説得することができたのじゃ」

「色々ですか」

「色々じゃ。あまり深くつっこむところではないぞ」


 お城から抜け出したことを思い出したが、そう言われたので、思い出すのはやめた。マーナとルナはどう話していいのかわからず、沈黙している。俺の場合は、きっかけがあったからな。彼女たちには荷が重いというか、話しづらいだろう。なんていったって、相手はお姫様だ。粗相があったら刑罰に処されるなんてことを考えると、皆引いてしまう。


「しかし、思ったよりお前の教室は静かじゃな。学校とはもうちょっと騒がしいものだと思っておったのじゃが」


 いや、それお前のせいだからっ。お前がいるせいで緊張してるだけだからっ。校長先生が昼食時間、一緒に食べていて「このクラスは静かですね」っていうパターンと同じだから。


「友達というのがどういうものなのか、わしは知らぬ。じゃから、お前。クロムは第一号にしてもよいぞ」

「はあ・・・・・・」

「なんじゃ。うれしくないのか?」


 どういう反応を見せればいいのか、わからない。

 姫は腕を組み、むっと不謹厳そうに唇を曲げた。その目から、クロムの心の内を調べようとしているような意図が見える。

 まあ、ここは無難な対応を見せておくか。それよりもこいつには、ロリコン発言を撤回してもらいたいのだが。できれば全校生徒の前で今すぐに。


「いや、うれしいですよ」

「じゃあ、お前は今日からわしの友達じゃ。それとそこの二人。お前らも友達じゃ」

「え? 私たちもですか?」

「そうじゃ。喜べ」


 彼女たちはお互い、顔を見渡している。

 うん。そういう反応になるよな、やっぱり。


「では姫様。友達ということは、呼び捨てとか丁寧語とかそういうのはなしでいいんですよね?」

「うむ。許可する」


 社会勉強とは言っていたが、結局のところ、友達作りがしたかったのかもしれない。そういえば子供たちと仲良く走り回っていたな。


「お前たちも余計な気遣いは無用じゃ」


 ルナ、マーナたちに向かって、姫は言う。マーナはそれでも躊躇しているようだったが、ルナは違った。


「じゃあオリカちゃん。よろしくね」

「わしの名前はフランソワーズ・オリカ。フランでよい」

「フランちゃんね」

「そうじゃ」


 ちゃんづけされて、フランは嬉しそうに笑顔を向けた。護衛の女性が「無礼な!」とか腰にある鞘に手をかけたりしない。その辺りは結構寛容なようだ。

 クロムたちはフランに対し、普通の友達として接するようになった。他の生徒たちは腫れ物を扱うような接し方しかできないが、それは仕方ないだろう。


「わしは将来、画家になるのじゃ」


 彼女は絵が得意で、そんなことを豪語していた。ない胸を張り、えっへんとえばっている。画家になるための教育を受けているようで、そうとうな自信があるようだ。


 そんなある日の夜、学校の実習部屋でいつものようにマーナとルナが魔法の練習をしていた。そこへフランがやってきた。彼女にはそこで練習をしているというのは教えてあるので、場所は知っているのは当然だが、しかし、急な訪問なので驚いた。


「ほほう。ここが魔法のじしゅう部屋か」

「姫様。実習部屋でございます」

「う、うるさい。知っておったわ。わざとそなたを試すために言ったのじゃ」

「さようでございますか。さすがでございます」


 ボケとツッコミのようなやり取りを、彼女は護衛と交わしていた。フランは鼻息を「むふ~」と荒くたて、座っているクロムの近くに腰を下ろす。


「お前だけ、楽しておるのう。へばったのか?」

「違う。二人の練習風景を見てたんだよ」

「ほお。お前はそんなに偉いのか? 先生か?」

「まあ、そんなところかな」

「くく・・・・・・。面白いやつじゃのう」


 どうやら冗談を言ったと思われたようだ。


「マーナとルナは、全国で優勝したほどの実力と聞く。対してお前は?」

「うるさいな。放っておいてくれ」


 くくく・・・・・・と独特の笑い声が響いた。


「ところで、こんなところに何の用だ?」

「おい。セリカ」

「はっ」


 護衛の女性、セリカは画用紙を取り出した。それをクロムに見せてくる。なんだこれは? と手に取った。

 太陽に、地面が描かれ、草が生えている。そこには四足歩行の動物が歩いている。それが何なのか不明だ。牙は大きいが、胴体がやたら長く、脚が細すぎてアンバランス。歩くことすら困難なレベルの体型をしていた。色鉛筆かなにかで描かれたもので子供の落書きに等しいレベルだ。


「姫様が描いたものでございます」

「あ・・・・・・そうなのか」


 なんだこのひどい絵は? という言葉が喉元まで出かかったが、引っ込めた。


「どうじゃ? クロム。わしの画家としてのレベルの高さは?」


 うわ~。自信満々だよ。この幼女。

 お世辞にも「うまいな」なんて言えない。マーナ、ルナもそばに来て、後ろから眺めていたが、反応はなかった。つまりはそういうことだ。


「ん? どうなのじゃ? クロム」

「いや~。なんというか・・・・・・」


 セリカに助けを求めるような視線を投げてみた。しかし、彼女は冷たい表情のままだ。


「独特の絵、だよな」

「なんじゃその評価は? もっと誉めぬか」


 誉めるところ? どこにあるんだそれは? もしかして俺の目が節穴なのか? 同じ絵でも、見る人によって評価がまったく違うと聞くしな。


「俺じゃあ、この絵のよさはわからんな」

「むぅ。マーナはどうじゃ?」

「え? 私?」


 マーナは聞かれ、視線をさまよわせる。迷っている彼女の心の内が透けてみえる。ルナはそそくさと離れ、魔法の練習を再開した。


「わ、私もちょっと。ほら。美術的センス? っていうのはないだろうから」

「なんじゃ。面白くないのう。この絵のよさがわからぬとは」


 姫の渾身の作品をセリカに返却する。彼女は無言で受け取った。

 その後、フランは不機嫌な様子で去っていく。


「おじゃましました」


 セリカはペコリと頭を下げ、主の元へと駆けていった。

 さすがに「下手くそだな」とはっきり告げるには抵抗がある。姫様というのもあるが、彼女は確か、将来は画家だと自慢げに言ってたしな。俺のせいで自信を失ってほしくない・・・・・・という気持ちは他の二人も同じだろう。


「ねえねえ。クロム。見て見て」


 ルナが嬉々として言った。彼女は人差し指を立たせ、目をつむった。すると小さな火球が形成される。この前見たときよりもかなりスピードアップしていた。


「おおっ。早いな。さすがはルナだ」

「へへ。クロムのおかげだよ」


 対抗するように、マーナも氷魔法を放つ。


「フリーズボール!」


 突き出された手のひらから、氷の塊が射出された。しかし、彼女の場合はイメージがまだ明確ではないようで、ルナと比べると遅い。


「く・・・・・・」


 悔しそうに唸るマーナ。

 この調子でいくと、ルナが先にマスターしそうだな。

 クロムは生徒の成長ぶりを楽しみに見る先生の気持ちになっていた。

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