第15話 俺はロリコンじゃねえ
「行くよ」
夜の実習部屋で、クロムは座っていた。立っているルナ、マーナを見ている。二人とも人差し指を立たせて、マナを集め出した。カラーボールの効果でその様子はすぐにわかる。体内に溜めないで指先へと集め、後はイメージを頭の中に浮かべるだけだ。
こうしてみると二人の違いがわかる。マーナよりルナのほうが集める速度は早い。
「ファイアボール!」
マーナは叫んだ。なにも言わなくてもいいが、それだと雰囲気が出ないということで、彼女は発動時、魔法名を口に出している。
しかし、ボワッとマッチでつけたような火が出るだけで、火の球は形成されない。マナを集め、触れることはできたものの、イメージがまだ漠然としているようだ。
彼女とは対象的に、ルナは目をつむっていた。指先からじょじょに火の球が現れる。時間はかかっているが、成功だ。目をゆっくり開け、火の玉をまじまじと眺めた。そして失敗しているマーナを見て、ニヤリと口の端をつり上げる。
「なにか?」
「いや別にぃ。なんでもないよ」
そういえばルナの得意属性は火だったか。だとしたらマーナには氷属性を試したほうがいいかな。
「マーナ。自分の得意な氷でやってみないか?」
「え? ああ。なるほどね。そっちのほうが確かにイメージしやすいかも」
ふぅっと一回、深呼吸した。彼女は右手を前に出し、マナを集め、そして。
「アイスガード!」
ぴきぴき・・・・・・ぴきんっ!
薄い氷の壁が下からせり上がるようにして現れた。
「やったっ!」
「・・・・・・ち」
「なにか言った?」
「な~んにも言ってないよ~」
腹黒さを見せるルナに向かって、マーナの鋭い視線が飛んでくる。
なんだかんだ言って、仲がいいように見えなくもない二人だ。お似合いの姉妹といえば、マーナは怒るだろうか。
「ねえねえ。せんせ~」
ルナはクロムに声をかけた。
「先生って俺か?」
「そうだよ。先生の魔法、もう一回見たいな」
「え? なんで?」
「なんとなくだよ。お手本」
最初、ルナがここに来たときに一度見せたことがある。そのときは「こうやるんだよ」と教える目的だった。ルナはしきりに「すご~い」と誉めてくれたので、気分はよかった。マーナは、なに鼻の下伸ばしてるの? てきな感じで不機嫌そうだったが。
「しょうがないな」
よっこいしょと体を起こし、人差し指を立てる。そして素早くマナを集めて放つ。
ボウッ!
あっという間に拳より大きな火の玉が形成された。ルナは拍手をする。マーナはむっと嫉妬混じりの視線を向けてきた。
「すご~いっ! さすが先生!」
「いや・・・・・・それほどでも」
「やっぱりあれですね。私たちと比べて早さが違いますね」
「そんなものは慣れだよ。慣れ。おそらく二人ともイメージがまだ出来てないんだ。今までは言葉で紡いでいたのを今度は映像として頭の中に映し出さないといけない。それに慣れてないだけだよ。続けてたらきっとうまくいくようになる」
「そっか~。よ~し。ルナ、頑張るよ」
確実に上達している二人の成長を、クロムは微笑ましく思った。
数日後。
全校生徒は体育館に集合していた。内容は聞いていない。国王から重大な発表があるとのことで、職員たちが朝から慌ただしかった。生徒たち一年から三年までの合計三百人が座っている。クロムは前列から二番目の列あたりに位置していた。
壇上に上がってきたのは、ちょび髭を生やした貴族風のおじさんだった。黒を基調とした紳士服を着て、肥え太った体を揺らしながら、生徒たちのほうを向く。
国王から学校側へ発表があるとのことだが、かなり珍しいことだ。なんだろうと不安な気持ちを抱かせる中、おじさんは口を開く。
「私は、国王の代理のものだ。国王からの伝言を伝える。我が娘、オリカ姫を、この学校に体験学習することとした」
ざわざわっ。
周囲の騒々しくなる。先生たちが「静かにしなさい」と注意をして、シーンとなった。
オリカ姫が? 突然だな。どういう流れでそうなったんだ?
「これから国を背負っていくかもしれない姫に、社会勉強をしてもらう。その一環である。どのクラスになるかの詳細は追って連絡する」
おじさんは頭を下げ、壇上から下りていった。続いて、姫様から挨拶があるらしく、彼女は登場した。壇上に上がり、その姿を生徒たちにさらす。
「きゃっ。可愛い」
「可愛いな。姫様」
男女からのひそひそ声が耳に届いた。あのとき、学生寮で寝転がっていたときと同じ姿だ。赤みがかった長い髪を揺らし、ぱっちりとした猫のような目。どこぞのパーティに出かけるようなドレスを身にまとっている。肩からのぞく肌が可愛らしさを増幅させていた。
・・・・・・あれ? ちょっとやばくないか。これ。
クロムは重大な事態に陥っていることに気づいた。彼は数日前、町で姫と出会った。姫はクロムの学生寮に行く流れとなり、部屋を見せるだけだったが、そこからなかなか出ていかないので、追い出した。「俺はロリコンだ」なんて嘘をついて。
もしも、あのときのことを姫が覚えているとしたら・・・・・・。
クロムは目を伏せて、両手で顔を覆おうとした。そのとき、正面を見た姫とクロムの目が見事にばっちりと重なる。彼はすぐに視線を外したが、時すでに遅し。彼女は彼を指差し、大きな声でこう叫んだ。
「あっ! ロリコン!」
ぶわわっと背中から大量の汗が出てきた。すぐに背中を丸くし、顔を埋めるも、彼女の標的をロックオンしたようで。
「ロリコン! おいっ! ロリコンのクロム! お前じゃ!」
だあああああああああああああああああっ! 名前を言うなっ! 叫ぶなあああああああああああああああっ!
「俺はロリコンじゃねええええええええええ!」
クロムは耐えきれず、立ち上がった。
「・・・・・・あ」
やってしまった。
ざわざわと周りが騒ぎだし、その心ない言葉が胸に突き刺さる。
「ロリコン? あの変人。ロリコンだったの?」
「マーナさんと付き合っているのに、ロリコン? どういうこと?」
「うわ。きもっ」
はは・・・・・・。
クロムの乾いた笑いは、騒々しさによってかき消された。
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