第14話 実は俺、ロリコンなんです

 兵士から似顔絵を見せられ、クロムは気づいた。

 着ている服は高級そうなドレスだが、顔は、さっきぶつかったロリばばあ口調のやつに間違いない。


「見つけ次第、連絡してくれ」


 兵士たちは、捜すためにその場を離れた。

 クロムはオリカ姫が曲がった角を眺め、そしてアイテム屋へと足を運んだ。

 もういないと思うし、遊びにきたわけじゃない。


 アイテム屋でカラーボールを購入。店を出た。複数の子供たちの声がした。路地で遊んでいるようで、その中にボロい服をまとった少女がいた。

 オリカ姫だ。

 楽しそうに「キャッキャ」と走っていた。周りの子供たちはもちろん、それが姫だとは気づいていない。

 ここはあれか。兵士に報告すべきだよな・・・・・・。

 しかし、満面の笑みで、実に楽しそうに鬼ごっこを楽しんでいる様子から、しばらく眺めることにした。姫といっても子供だ。子供は外ではしゃぐもの。クロムも小さい頃は外で遊んだ。


「むっ」


 姫はクロムの視線に気づき、近寄ってきた。

 なんだ? 俺の後ろに知り合いでもいるのか?

 後ろを振り返るが、人はいない。視線は間違いなくクロムに向いていた。


「お前、さっきのやつじゃな。なんじゃ? 仲間に入りたいのか?」

「へ?」

「そうか、お前。仲間に入りたくてしょうがないから、わしのことを見ておったのだな」


 違うんだけど。

 しかし、幼女はなにか勝手に納得した様子で、うんうんとうなづいた。


「お~い。こいつも仲間に入れてやってくれ」

「え? あ、うん。いいよ」

「ええ!?」


 なぜか子供たちに混じって鬼ごっこをするハメになった。それは恥ずかしかったが、やり始めると面白い。ジャンケンをして、鬼から隠れる。数え終えた鬼役の子供が近づいてきて、そのスリリングさは懐かしく、自分が子供のころに戻ったような感覚になった。

 子供たちは素早く、狭い道でもデコボコ道でも怖がったりしない。クロムは遅れを取るような形になり、鬼となった。それからクロムがずっと鬼だった。子供たちの運動能力はすごくて、とにかく触れることができない。最後にはゴミ箱に足が引っかかり、盛大にこけた。体には腐臭がつく。その様を見て、大笑いする姫。

 ほんと、楽しそうだな。

 そんなとき、兵士がやってきた。先ほど、探索していたものたちだ。姫はすぐ近くの壁に隠れた。兵士の一人はクロムに話しかけてくる。


「オリカ姫を見なかったか? こんな顔をしている少女なのだが」


 似顔絵は、さっき見たものと変わらない。

 姫ならここにいますよ、なんて言ってもよかったが、どうにも姫の楽しそうな様子を間近で見ていると、言ってはいけないような気がした。


「・・・・・・いや。見てませんね」

「そうか。ここにもいないか」


 兵士たちは去っていく。姫は胸をなで下ろす。


「姫様、ですよね?」


 姫は目を見張った。


「お前、知っておったのか」

「まあ・・・・・・」

「ふふん。なかなか見込みがあるやつじゃの」

「それはどうも」

「名はなんという?」

「クロムです」

「クロムか。ふむ。覚えたぞ」


 姫に名前を覚えられた。

 鬼ごっこは昼まで続けられる。昼食の時間ということで、子供たちは自分の家に帰っていった。残されたのは姫とクロムの二人だけ。誰かの家の玄関口にある階段で座っていた。


「早く、城に戻ったほうがいいですよ」

「たわけ。わしは戻らんぞ」


 吐き捨てるように言う姫。その顔が暗く沈んでいく。


「そうですか。じゃあ俺はこれで」


 クロムはリュックを背にかつぎ、学生寮へと戻ろうと立ち上がる。しかし、裾を引っ張られ、転げそうになった。


「お前。わしを一人にする気か?」

「兵士に声をかけましょうか?」

「だから、戻らんと言っておろう!」


 大きな声だったので、周りにいた女性が視線をこちらに向けてきた。


「お前。これからどこに行くんじゃ?」

「自分の部屋ですよ」

「案内せよ」

「え!? い、いや・・・・・・それは・・・・・・」

「姫の命令じゃぞ。聞けぬというのか?」

「・・・・・・わかりましたよ。見たら、すぐに引き返してくださいね」

「もちろんじゃ」


 ニッと笑ってから、彼女は階段からぴょんと前に跳ねた。

 大丈夫かな・・・・・・。仮にも姫様だ。なにかあったら大変なことになる。鞭打ちじゃなく首を切られるかもしれない。

 姫はフードをかぶり、クロムの後ろに貼りつくようにして歩き出した。幸いにして兵士たちに遭遇せず、学生寮に戻ってこれた。二階にある自室のドアを開け、姫に見せる。


「これがお前の部屋か。ずいぶんと狭いのう」


 余計なお世話だ。この幼女め。

 姫は中に入り、上に着ていたボロを脱ぎ捨てた。すると、可愛らしい格好をした姫が現れた。ひらひらがついたピンクのスカート、胸元を大きく開けた衣装で、肩にひも状のストラップがかかっている。高貴なお嬢様といった感じだ。

 彼女はベッドに仰向けになって寝転んだ。やや赤みがかった長い髪がベッドの上に這うように広がっている。すぐに引き返す様子はない。


「あの。姫? そろそろ・・・・・・」

「ん? なんじゃ? まだ来たばかりであろう?」


 どうやらすぐ帰って頂くわけにはいかないらしい。クロムは仕方なく、ドアを閉めた。リュックを壁際に置き、近くの勉強机の席に腰を下ろす。


「ふむっ。堅いのう、このベッドは。安物のベッドじゃな」

「そうですか」


 早く帰ってくれませんかね? なんて喉元まで出かかるが引っ込めた。相手は一国の王の娘だ。無礼なことをすると、後でどんな目にあうか・・・・・・。


 なにをするわけでもなく、ただぼんやりとした時間が流れていた。彼女は飽きたようで、起き上がり、ベッドの端に座る。


「クロム。なにか面白いことをせよ」

「はい?」


 無茶ぶりきた。

 そんなこと言われても無理に決まってる。ただのガキなら「いいかげんにしろっ」とチョップをかますことはできるが、こいつ相手だと厳しい。


「つまらぬぞ。はよういたせ! はよう!」


 手足をバタバタと動かす。

 こいつ・・・・・・。城にいるときいつもこんな感じなのか? 世話係は大変だな。

 どうにか追い出す算段をしていたところ、ふとリュックに目がいく。

 俺が今、できることといったらこれしかないか。

 リュックを開け、カラーボールを取り出した。それを床に向けて投げつける。パンッという音が響く。


「おおっ」


 マナが色をつけ、ゆらゆらと舞っている光景を目の前に広がった。彼女は立ち上がり、それをつかもうとするが、叶わず。口を開けたまま、しばらくそれを観察していた。


「面白いぞ。誉めてつかわす」

「じゃあ姫。そろそろお帰りください」

「むっ。嫌じゃ」

「・・・・・・姫」

「なんか追い出そうとするところが気に入らん。わしは機嫌を損ねた」


 姫はどすんっと、元の位置に座る。

 なんという面倒くさいやつだ。いいかげんこっちもイライラしてきた。

 ・・・・・・そうだ。ここは俺が恐ろしいやつだということを知らしめて、姫から逃げてもらおう。粗相がどうとか気にしてたら、いつまで経っても帰ってくれない。


「姫。実は俺、ロリコンなんです」

「なんじゃ? ロリコンというのは?」


 純粋な心を汚すみたいで心が痛む。だが俺は続ける。ロリコンという言葉が浮かんだのは、マーナから「実はロリコンじゃないでしょうね」と疑いをかけられたことを記憶していたからだ。決して真実ではない。


「姫のような幼女が好きなんです。今まで我慢してきましたが、俺はもう・・・・・・」


 がたっとわざとイスを鳴らして、素早く起きあがった。そして、姫に向かって、両腕を前に出し、はあはあっと呼吸を荒くする。


「な、ななな・・・・・・」


 これには姫もどん引きだ。

 よし。いいぞ。どんどん引いてくれ。そしてさっさとお城に帰れ。


「ふひひ・・・・・・。姫、ちょっとだけでいいんで、パンツを見せてもらってもいいですか?」

「へ、変人じゃ! ひえっ!」


 予想通り、姫はクロムの横を素早く通り過ぎ、逃げ出した。その顔から恐怖がにじみ出ている。


「ふう・・・・・・」


 クロムは慣れない変人プレイに疲れたのか、ため息をついた。しかし、この行いが後に、彼を窮地に陥れることなど、今のクロムには知る由もない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る