第13話 姫との出会い
実習部屋に、突然の訪問客。ルナが入ってきた。
やっほ~、じゃなくって。
クロムは口をぽかんと開けたまま、ルナを見ていた。マーナも同じ反応だったが、すぐさまクロムを睨む。
俺は知らんぞ。誘ってもない。迫られる前に教室から逃げ出したほどだ。
「先生から聞いたんだよ。ほら、筋肉ムキムキの。そしたらここにいるって」
ガロス先生だな。その手があったか。まあ、いずれバレることだったかな。別にのけ者にするわけじゃないが、マーナとの仲は最悪。呼ぶことで波乱が起こることは必至だ。できればこの二人との距離を開けたまま、これからの学校生活を過ごしたかった。
「こ~んなところで秘密の特訓? いいな~いいな~。私も混ぜてよ」
クロムはマーナの表情を見た。彼女は真顔のまま、その顔を小刻みに横に振る。
「ルナさん。今はマーナと真剣に練習してる最中なんだ」
「さんづけしなくっていいよ。私とクロムくんの仲なんだもの。私も呼び捨てにするから。あ、もちろんそうしていいのは、クロムだけだからねっ」
ぴきっ。
マーナの苛立ちが距離を離れていてもわかる。背中がぞくぞくとするし、体から冷気を発しているように見えた。
あまりベタベタしないでくれと優しく注意したのに、まったく効果なかったから、ここは一回、びしっと言ってやらないといけない。
意を決し、クロムはルナをドアの向こう側へ行くように言った。彼女は喜んで従う。マーナはとりあえず置き去りにしたまま、クロムは彼女と向かい合った。最初が肝心だ。なめられたままだからな。彼女のペースにならないよう、男としての威厳を見せつけてやる。
「おいっ。ルナさん。いいかげんにして」
「キャッ。ここって暗いね。クロム」
って! 言ってるそばからルナはクロムに体を密着させてきた。確かにここは目の前に階段があるだけの通路で暗いが、お前、さっきここを普通に通ってきたんだろ!? なに俺がいるときだけ大げさに怖がってるんだ?
「こ、こここら・・・・・・。そんなに密着すると」
「密着するとなに? クロム、我慢できな~いって? いいよ。クロムがしたいなら・・・・・・」
「な、なななななにを言っているんだ君は・・・・・・。は、離したまえ」
クロムの背中にはドアがあり、逃げ場はない。しかも女の子特有の柔らかさといい、いい匂いといい、興奮するなっていうほうが無理だ。彼女の体重がクロムにかかった状態で、ドアが開かれる。そのまま勢いよく後ろに倒れ、ルナがクロムの胸に覆い被さる形となった。彼女は気持ちよさそうにしているが、もう一人の女子は正反対。マーナは仰向けになっているクロムの顔をのぞき込む。そこに表情はなく、ゴミを見るような目が怖い。
「お楽しみのようね」
「あ、いや・・・・・・これは違うから」
「ふんっ」
ルナの内履き用の靴が、クロムの顔面にヒットした。跡がつくぐらいしっかりとした力強さがあった。
「うふふふ」
「あははは」
女子二人は向かい合い、作り笑いをしていた。クロムは出番がないと悟り、様子を見ている。
「一つ、ルナさんに言っておきたいことがあるんだけど」
「なにかな? マーナさん」
「クロム。私の恋人だから」
「あ、そうなんだ。へ~。それは知らなかったなあ」
「それは正確には違」
キッ!
マーナの鋭い目つきに、クロムは縮こまった。そこに男の威厳はかけらもない。
「わかった。そういうことならクロムにはベタベタしないよ。約束する」
「・・・・・・そう。わかってくれればいいんだけど」
案外、あっさりとマーナの要求を飲んでくれた。彼女は拍子抜けしたみたいで、返答が少し遅れる。
「その代わり、魔法の秘密、教えてくれないかな? 私、それが知りたいんだよね」
やはりそこか。もしここで拒否すれば、報復としてクロムにベタベタと甘えてくるだろう。
マーナはクロムを見ている。返答はあなたに任せると目が訴えていた。
「わかった。でも、すぐに俺のように魔法を使うことはできない。かなりの練習が必要だ。それでもいいなら」
「いいよ」
即答だった。熱心な生徒が一人入ってきたみたいだ。マーナは渋々といった様子だったが、これからどうなることやら・・・・・・。
それから十日ほど経った。
意外にもルナはクロムにベタベタしなくなった。交換条件として、クロムから許可が下りた魔法の練習には、毎日参加。やはり、ルナでもすぐにうまくならない。マナを溜めるという段階で苦戦している。マーナはじょじょにうまくはなっているが、まだ使える域に達していない。ガロス先生も時々、様子を見に来ていた。夜に学校の施設を使っているので、なにかあったらいけないと見回りをしている。彼もクロムが素早く魔法を使うところを目撃しているので、気になっているようだ。ちょくちょく「今、どんな感じ?」と聞いてくるので、暇なクロムは彼女たちの進行具合などを喋った。
面倒なのはカラーボールの補充だ。すぐになくなるので、補充するため町に行かないといけない。アイテム屋の店員さんには、「カラーボールね」なんてこっちが聞く前に用意してくれる始末。その日は休みだったので、朝、学校を出た。
背中にリュックを背負い、学生寮を後にする。格好は長袖長ズボンの私服姿だ。
世界には魔法が進展している。魔力灯はその一つで、夜、転ばないように道を照らしてくれる。
町と町をつなぐのはテレポート施設だ。商人などの利用者は多いが、一日の利用回数には限りがあるため、利用料金は高い。なぜ利用回数に制限があるかというと、マナを大量に使うからだ。マナは大地から生成され、空中に浮遊している。マナを吸い過ぎると大地が腐り、やがて砂漠に包まれる。かつて魔法大国であった帝国はそうして滅んだ。魔法は便利ではあるが、頼りすぎてはいけない。マナは資源である。そういう認識が人々の間でも浸透している。だから馬車などはなくならない。今も普通にこのオリカ東町の中を歩いている。
武器、防具屋もある。これは町の外にいる動物を狩ったりするためだ。しかしそれはほとんどが遊びである。食料はテレポート施設で交通という障壁がなくなり、容易に手に入るようになった。少なくともこの町は平和で、食べるのに困らない。
広場を歩いていると、町の向こうに大きな城が見えた。オリカ城だ。この国を統治している王が住む場所で、町を見下ろしている。王族専用のテレポート装置があるらしく、それは緊急用で、例えば何者かが攻めてきたときに逃げるためのものだ。使う機会がないため、宝の持ち腐れだという噂を聞くが。
「おっと」
小さな少女にぶつかってしまった。彼女はこけて、顔面から地面に倒れた。派手に転ばしてしまったので、スルーというわけにはいかない。
「大丈夫か?」
少女は無言で起きあがった。年は十歳ぐらいだろうか。つり目なところがどことなくマーナと似ている。頭にはフードをかぶり、やたらボロボロの外套を着ている。大人用サイズなのか、彼女には大きすぎるようだ。丈の部分が地面についている。
「ぶ、無礼者め!」
「・・・・・・え?」
「名はなんという? このわしを転ばせるとは・・・・・・本来ならば鞭打ち百回の刑じゃぞ」
わし? じゃ?
一人称や語尾があまりにも容姿とマッチしていない。これはあれか。ロリばばあというやつか? 見た目は幼女だけど、実は年をとらないせいで八十歳とか・・・・・・。いや、そんなことはないか。不老のアイテムなんて聞いたことないし、もしあったら女性は目の色変えて殺到し、話題となるだろうから。
彼女はなにかに気づいたのか、ハッとした表情をした。
「お前、運が良かったな。わしは急いでいる。さらばじゃ!」
幼女は、だだだだっと素早い動きで角を曲がり、去っていった。
なんだあれは?
ぽかんとしたクロムの元に鎧を着た兵士たちが数人、走ってきた。鎧といってもライトアーマーと呼ばれるもので、軽い素材でできた、上半身を覆うだけの鎧だ。動きやすさに特化されている。その兵士たちは、きょろきょろと辺りを見渡していた。住民たちに声をかけて、なにやら焦っているようだ。話の内容は大きな声なので、はっきりと聞き取れた。
「オリカ姫が逃げ出した。見なかったか?」
そう言われてもどんな容姿をしているのか、わからない。兵士たちはそれは予想済みで、似顔絵を見せていた。
どれどれ、と好奇心で見てみる。すると、そこに映っていたのはさっきの幼女だった。
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