第12話 私の良いところ、言ってみて

 次の日の朝。ざわざわ騒がしくなり、男女の視線を一身に浴びるのは教壇に立つルナ。彼女は全国魔法大会で昨年優勝した有名人であり、このクラスでも知らない生徒はほとんどいない。いや、知らなかったとしても多くの生徒は、その美貌から心に刻むことになっただろう。


「ルナです。転校してきました。よろしくお願いします」

「「おお~!」」


 男子生徒から歓喜の声があがった。しきりに拍手しているやつもいる。


「じゃあ、席はどうするか」

「はいはい! 俺の横空いてます!」


 男子生徒の一人が勢いよく挙手し、立ち上がってからアピールする。担任の若い女の先生はそこへ座るよう促したが、彼女はあろうことか。


「クロムくんの隣がいいです」


 なんて言ったものだから、男子のテンションが地に落ちた。ドヨーンという擬音とともに一気に暗い雰囲気になる。女子たちは「バカじゃないの」といってその様子を眺めていた。ただ一人、窓際にいるマーナだけは微笑みながらもヒクヒクと頬を痙攣させている。

 担任の先生はルナの意見を肯定し、席を無理矢理空けることになった。最初だから甘さが出たのだろう。そうして空いた席に座るルナ。


「やっほ。クロムくん」

「あ、ああ・・・・・・。


 やめてくれ。

 クロムは内心、逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

 男子たちから罵声を浴びせられるものと覚悟していたが、意外にも反応はない。しかし、これは異様だ。なにか予兆もなしに噴火する火山みたいに危険な雰囲気が漂っている。彼女には釘を刺しておくか。

 休憩時間になる。彼女から口を開く前に、クロムは彼女を廊下に呼び出した。


「お願いがあるんだけど」

「なにかな?」

「あの。俺にベタベタするのは控えてくれないか?」

「え? やだっ。そんなベタベタしてないじゃん」


 パシンと肩を叩いてきた。

 だから、そういうのだよ! そういうの!


「周りの男子や女子が勘違いするから」

「いいじゃん。させておけば」

「いや困るんだよ」

「ところでクロムくん。魔法の秘密をマーナさんに教えてるんだよね? どこで教えてるの?」

「え? いや、それを答える前にだな」

「ね~。教えてよ。お願い」


 両手を握ってきてからの、上目遣いだとっ!

 ・・・・・・くっ。心が折られそうだ。


「と、とにかく! あまりベタベタしないこと! い、いいね?」

「は~い」


 本当にわかってるのかな?

 その日、どうやら理解しなかったようで、ルナはクロムにたびたびボディタッチをしたり、微笑みを絶やさなかった。男子からの視線は痛いほど感じた。まだ妬みを爆発させてくれたほうがはっきりするのだが針のむしろとはまさにこのことだ。

 そして放課後。ルナから逃げるようにして学生寮の自室に滑り込んだ。ドアを閉めて鍵をかける。一息ついたあと食事をし、八時になると校舎へと行く。マーナとの魔法練習が待っているからだ。

 実習部屋には半分だけ灯りがついていた。カラーボールを持参し、さっそくマーナは薄暗い奥のほうで練習をしている。マナが視覚化されているため、触れるということがどういうことか、指摘することができた。

 彼女は周囲のマナを手のひらに集めていた。


「ん、んん・・・・・・」


 肩に力が入り、我慢しているようだ。それが限界を超えたのか、力を抜いたときにマナが散っていく。


「まだまだだな」

「あ。いたんだ」

「いたんだってなんだよ」

「ふんっ。今日はずいぶんと楽しそうだったじゃない」

「そうか? 俺は疲れたよ」


 クロムは座った。マーナはジト目だ。


「疲れてそのまま死ねばいいのに」

「なんてこと言うんだ・・・・・・」


 毒を吐くマーナ。イライラしているのが手に取るようにわかる。しかし、あのルナのベタベタ攻撃を防御できる強者はいない。クロムには防ぐ手段が思いつかなかった。

 しかし、ここは少し機嫌をとってやるか。このまま険悪なムードだと居心地が悪いしな。


「まあ、あれだ。マーナといると安心できるから、気楽にできて助かるよ」

「それって、私といてもまったくドキドキしないって意味? 女性として魅力がないってこと?」

「いや。そうじゃなくて。マーナは魅力があるから」

「なんか取ってつけたようなこと言ってる」


 マーナはクロムの顔を見ない。少しむくれている。ぷくぅと頬を膨らますみたいなぶりっ子っぽい演出はしないが、子供みたいに不機嫌さをあらわにしていた。クラスでは「気にしてないわ」みたいな微笑みを維持していたが、心の内はまったく違っていたわけか。


「ほ、本当だって」

「じゃあ私の良いところ、言ってみて」

「・・・・・・え」


 真剣な目のマーナ。その視線を一身に受けて、たじろぐクロム。

 この流れはお互いに爆死の予感がするが、やめるわけにもいかないわけで。


「えっとぉ」

「早く言いなさいよ」

「胸、かな」


 ぴきっ。

 やばい音がしたのでクロムは後退する。マーナは拳を作り、こきこきと首を鳴らしていた。無表情なので怖い。


「・・・・・・っていうのは嘘です。本当は、ああっと・・・・・・そうそう。可愛いところ、とか」

「そう。他には?」

「普段は偉そうだけど素直じゃなくて、泣き虫で・・・・・・案外、か弱いところ」


 ぷしゅ~。

 マーナの顔から湯気が上がった。どうやらクリーンヒットしたようだ。というか、言っている自分も結構はずかしいんだが。これも恋人ごっこのイベントだというのか?


「そ、それって悪いとこじゃない」

「いやそうでもないって」

「どういうこと?」

「か弱いほうが守ってあげたくなるだろ? 隙があるほうがいいと思う。逆に完璧な女性は、保護欲がかき立てられないっていうか、まあ、そんなところかな」

「あんた・・・・・・実は幼女とか好きなんじゃないでしょうね?」

「なんでそういう話になる!?」

「か弱いから守ってあげたいとか言ったから。か弱いイコール幼女かなと思って」

「お前は俺をロリコンにしたいのか・・・・・・」

「ロリコンの魔法使いっていうのも、案外受けるかも」

「誰にだよ!誰に!」


 なんかボケとつっこみを繰り返す漫才のようになってしまった。ともあれ、険悪なムードが緩和されたことに安心していると、ドアが開いた。


「やっほ~。ク~ロムくんっ」


 元気な声が部屋に響きわたる。

 今、ここに来てはいけない彼女の登場に、クロムは息を飲んだ。

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