第11話 クロムの奪い合い

 クロムとマーナが公然のカップルとなってから、クロムに話しかけてくるクラスメートが増えた。変人として扱われ、友達一人いない自分としては進化といっていいだろう。しかし、内容はどうしようもないものだ。


「どうやって、マーナ様と恋人になったんだ?」とか。

「媚薬を使ったのか?」とか。

「クロム! てめえだけは許さねえ!」とかだ。最後のやつは血涙を流していた。


 注目の的になることは、はっきりいってしたくなかった。マーナの強引さが招いた結果だ。有名になればなるほど、妬みの対象になる。変なやつが近づいてきて、ナイフで刺されるなんてことになったらやばい。いくら高速に魔法が発動できるからといって、こっそりと背後から攻撃されたら対応できない。そんな心配をよそに今日もマーナは昼食を一緒にと誘ってきた。

 食堂では目立つので、といってもすでに目立ってしまっているが、校舎から少し離れたベンチで食べることにした。人通りが少なく、いつか彼女と密会した校舎裏がすぐ近くにある。クロムは売店で適当に買ったパンと飲み物。マーナは母に作ってもらった弁当を食べていた。彼女の銀色の髪がさらさらと風に揺れている。


「最近、疲れるんだが」

「どういう意味?」

「その・・・・・・注目されてるから色々言ってくるやつがいるんだよ」

「そういうこと。ま、それはしょうがないわね」

「しょうがないのか? あんなことしなけりゃよかったんじゃ」

「あんなこと? って、廊下を二人で恋人のように歩いたこと?」

「そうだよ。ふりなんだから」


 マーナは卵焼きを口に入れる。それを噛み、ごくんと飲み込んだ。


「まだそんなこと言ってるの? 実際、恋人ができたとき、どうするつもり?」

「考えたことないな。そんなこと」

「その自信のなさ。どうにかできないの?」

「うるさいな。今までさんざん変人扱いされてきたんだ。すぐにどうにかなるものでもないだろ」

「じゃあ私がこれから色々教えてあげる。クロムの将来にきっと役立つだろうし」

「・・・・・・マーナ。いきなり自分の部屋に来るのはやめろよ」


 彼女のことは呼び捨てだ。今まではさんづけだったが、それだと恋人っぽくないと指摘を受け、変えた。


「もうしないわよ。私をなんだと思ってるわけ?」


 マーナのことは、まだわかってないところが多い。俺には強気だが、他の人には笑顔を振りまく八方美人。でも、意外に泣き虫なところもあり、素直じゃない。貴族で、町に住んでいると聞く。母は資産家の娘で、父は平民。つまり、夫は逆玉の輿で生まれたのがマーナだ。珍しい組み合わせであり、だからこそ彼女の中で平民への偏見が生まれなかったのだろう。

 彼女は弁当を食べ終わり、蓋をする。そしてバッグの中にいれ、横に置いた。クロムも食べ終わる。まだ休憩時間はしばらく余裕があった。


「クロム。膝マクラしてあげる」

「・・・・・・遠慮する」

「なんで遠慮するのよ。バカ」

「場所を考えてくれ。見られるだろうが」

「恋人のふりしなきゃいけないでしょ」

「ダメだ」


 まるでそれがノルマであるかのごとく言ってくる彼女。

 それではと、マーナはグイグイと体を寄せてきた。肩が触れ、やがて身体を預けてくる。体重が肩にかかり、反対側に押される格好になるクロム。

 こいつ。最近やけに積極的だな。


「ねえ。クロム」

「なんだ? さっきから重いんだが」

「失礼ね。もっと喜びなさいよ」

「それで?」

「クロムってさ。卒業したらどうするの?」

「あ、ああ・・・・・・。どうしようかな。研究職とかいいかもしれない」

「研究職? 魔法士にはならないの?」


 戦闘のための魔法使いを魔法士という。

 世界では争いが絶えない。平民と貴族が戦った一昔前の大きな戦争はないが、小さな戦いは起きていた。今は魔法の時代。魔法が剣や弓より強いとされている。

 魔法はなんでもできるんじゃないか? なんて幻想を抱く人は多い。便利になっていく世の中だが、そこに付け入るかのように暗躍する輩はいる。そういった犯罪集団が魔法を中心とした技術を駆使し、犯罪を犯すケースが多い。

 このオリカ国は、魔法士の人材を多く求めている。給与は高く、あこがれの存在だ。しかし、それだけ危険がともなう。


「魔法士なんて、下手すれば死んじゃうだろ。それに元々俺は引きこもり属性があるからな。動くのは嫌いだ」

「あ~。クロムってそんな感じがする。こう、根暗っていうか。影が薄いっていうか」


 クロムは心にダメージを受けた。しかし、この程度、これまで周りにされてきた仕打ちに比べたら何ともない。


「悪かったな。それでマーナは?」

「私? パパが学校の先生をしているから、それでもいいかななんて思ってるけど」

「先生、か・・・・・・」

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」


 暖かい日差しが眠気を誘い、目をつむる。横の女子の重さは多少気になるが、考えにふけり始めた。

 クロムのやりたいことは決まっている。新しい魔法の常識を後生に伝えることだ。今、突然変えることは無理だろう。それをしようとしたら変人扱いされたことから、明らかだ。

 魔法に長く携わってきた人や、組織は今までの常識に縛られて変わることができない。変われるとしたら個人だ。それを痛烈に実感している。しかも、マーナの練習風景から、いったん古いやり方をした場合、そこから抜け出すのは容易ではない。そのことから、幼い頃、例えば子供たちに新しい教育をする必要性はある。研究職に就いて、本を出版するのが手だと思っていたが、それでは遅すぎるか。

 しかし、先生か。俺にはまったくこれっぽっちも向いてないな。だいたい子供嫌いだし。それに俺は縛られるのも嫌いだ。はっきり言ってしまえば、好きなときだけ本を読んだり、書いたり、好きなときに寝ていたい。

 う~ん。そんな仕事はさすがにないか。


「ク~ロムさんっ」


 へ?

 見知った声が耳に入ってくる。目を開けると、目の前に座っていたのはルナだ。

 え? なんで彼女がこんな場所に? 彼女は東魔法学校に在籍する生徒のはず。こんなところに、しかも昼間から来ているわけがない。

 クロムは目をこするが、女神と呼ばれた彼女の顔は消えない。東校の赤いローブが目立っていた。横に視線を移すと、マーナが口を開けたまま固まっている。


「お久しぶりです。元気にしてました?」


 ぐいぃっとクロムの右側に無理矢理入り込んでくる。そのせいか、マーナは左に押されることを余儀なくされた。そしてルナはクロムの腕にこれでもかと絡みついてきた。


「なっ!」


 声をあげたのはマーナだ。しかし、ルナはお構いなしに胸を押しつけてくる。

 マーナよりは小さいが、これはこれでいい・・・・・・ってそんなことよりも。


「なんでルナさんがここに?」

「やだなあ。私、明日から転校するんですよ。この西校に」

「「ええ!?」」


 初耳である。いったいなんのために? もしかして俺から魔法の秘密を教えてもらうため? まさかそれのためにわざわざ転校するとか、あり得るのか?


「これ、クッキーなんですけど良かったらどうぞ」

「あ、はあ・・・・・・」


 ラッピングされた袋を受け取る。それと同時にぐいぃっと引っ張られた。今度は左側からで、マーナが腕を絡ませてきた。ルナはクロムの腕から離れてしまう。


「それよりもクロム。膝マクラしてあげるわよ」


 反応を答える前にまた、ルナに引っ張られた。


「そんなことより、クッキーですよね~」


 そして、やり返しとばかりマーナが引っ張る番。


「そんなものより、膝マクラでしょ」


 こうして、綱引きのような戦いが繰り返される。傍目から見るとうらやましいなと思われるかもしれないが、結構痛い。戦いに没頭しているため、俺を雑に扱っている。

 「いいかげんにしろ」と言いかけたそのとき、両者の視線が合った。


「あら? 誰かと思えばマーナさんじゃないですかあ」

「ええ。ルナさんでしたね。お久しぶりです」

「あはははは」

「うふふふふ」


 なんだこの二人、こわっ!

 クロムは逃げようにも、二人にがっちりとロックされているため動けないでいた。マーナは背後から冷気が漏れ出てるし、ルナは黒いオーラに包まれているように見える。二人とも目が笑ってないので怖い。

 しばらく膠着状態が続き、チャイムが鳴る。やっと解放されたクロムはホッと安堵のため息をもらした。


「明日から同じクラス。よろしくお願いしますね。クロムさん」

「あ、は、はい」


 ぎゅっと手を握ってくる。スキンシップの度合いが半端ではない。「じゃあね~」と手を振って去っていく。

 俺は彼女のことを苦手なのかもしれない。彼女に会うと、手のひらから汗が出るし、疲労感があるからだ。


「なに赤くなってるのよ。あんなのがいいわけ?」


 不機嫌そうにぼやくマーナだったが、授業が始まる。二人は急いで教室へと走っていった。

 明日から波瀾万丈な予感がぷんぷんする。ルナさんにはあまりベタベタしないようにと忠告を入れるべきだった。なぜなら、男たちの嫉妬が最高潮に達するという悪い予感がしたからだ。彼女は女神のルナと称されるほどの美少女で、首を傾けての微笑みは男のハートを鷲掴みにする。そんな彼女が俺に接近してきたら、「マーナだけに飽きたらず・・・・・・」とか噂されたり、「なんでお前だけモテるんだよっ」と掴みかかってくる可能性があった。

 しかし、その予感は的中しなかった。

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