第10話 私の恋人にしてあげる宣言
マーナからトークの魔法で事情を聞き出した次の日。
夜の八時。実習部屋は静まり返っていた。
半分だけ灯りをつけ、クロムは座って待つ。十分ほど遅れて、ドアが開いた。ダライが姿を現す。その後ろに見知らぬ男が続く。
茶髪でイヤリングをし、目つきの鋭さを持つ男だ。年は二十歳前後ぐらいだろうか。中肉中背で、上の長袖は袖の部分がめくりあげられていた。なんというか、町の不良という印象が強い。
「よお。約束通り来てやったぜ」
「その人は?」
「俺の兄貴。今日は俺じゃなくて兄貴と戦ってもらう」
そういえばこいつ、次男だったな。
「どういうことだ?」
「俺が戦うなんて一言も言ってないぜ。こっちが勝ったらとは言ったけどな」
げへへっと気味の悪い笑い声が耳に届いた。
・・・・・・予想通り、ゲスのようだな。これで手加減はいらない。思いっきりぶつけることができる。
「そうか。いいだろう」
「ははっ。俺の兄貴に勝てると思ってるのか? 兄貴はなあ。この学校の卒業生で、優秀な成績だったんだぞ?」
「ああ。そうか。なんなら二人でもいいぞ」
「は?」
「あ?」
挑発してみたところ、ダライの兄が前に出てきた。そして、クロムを上から見下すように視線を投げてくる。
「あんまり調子に乗ってると、痛い目見るよ。ボクちゃん」
「いや、本当のことを言ったまでですが? 二人でもケガすると思いますので」
怯まないクロムに、兄は目を細めた。唇を歪ませ、頬をピクピクとさせる。
「このガキ。おいっ。ダライ。二人で攻めるぞ」
「え? いいのかよ。兄貴」
「こいつがいいと言ってるんだ!」
二人対一人。
距離を置き、向き合った。どうやら数で押せば大丈夫だと思ったようで、ちゃんと魔法で攻撃をするようだ。。こっちはてっきり剣とか鉄の棒とかで武装してくるのではと、そこまで考えたのだが、そういう展開にはなりそうもない。
まあ、どっちでもいいけどな。
試合開始の合図はない。先手必勝とばかり、ダライと兄の二人は詠唱をし始めた。クロムはすぐに床を蹴り、彼らの懐に入る。そして、手のひらを向けた。火を使うと下手したら死んでしまうので、風だ。巻き起こる風が兄をとらえ、壁に激しく衝突した。
「げはっ!」
ダライの兄は崩れ去り、動く気配はない。その様子を見ていたダライの顔は引きつっていた。詠唱を止め、恐怖している。クロムは一歩ずつ近寄るとダライは足をもつれて転んだ。それでも手足をバタバタと動かし、少しでも離れようともがいている。
「ひっ! な、なんでそんなに早く魔法が・・・・・・」
「特別にお前に教えてやる。マナは溜めるものじゃない。触れるものだ」
「な、なにをバカなことを・・・・・・。さてはイカサマをしたなっ! ひ、ひっきょうだぞ!」
「お前に言ってもしょうがなかったか」
「こ、こここ・・・・・・こんなの無効だ!」
「ってことらしいけど、マーナさん。どうする?」
「・・・・・・へ? マーナ?」
倉庫から彼女は出てきた。つかつかとダライに近づく。彼は後ろを振り返り、瞠目していた。なんでいるの? と表情から心の内を察することができる。マーナには事前に声をかけ、教えていた。ここで決闘すること、そして日時と場所も。
「なにが無効よ。私は、はっきりと見てたわよ。あんたが卑怯な手を使って勝とうとしたところを。そして無様に怯えているところも」
「だ、誰がっ。このアマ、調子に乗るなよ。クロムを退学にさせるぐらい、俺の親に言えばわけないんだからな」
「そう。やりたければやればいいわ」
「おう。やってやる! 恥をかかせたお前ら全員、後悔させてやるからな」
「それはよくないな」
部屋に響く声がした。暗闇の中から颯爽と現れたのは体育会系の先生だ。筋肉ムキムキで、白のタンクトップ姿。魔拳の使い手と自称している彼の名前はガロス。ダライはポカンと口を開けて、登場する先生を眺めていた。ガロス先生にもクロムは声をかけていた。ダライは言い逃れするに決まっている。だから、それが出来ないよう先生が必要だった。わけを話すとわかってくれたので、理解のある先生で助かった。
「退学にさせるために親を使うだって?」
「え・・・・・・あ、いや・・・・・・。そ、それは・・・・・・」
「ちょっと職員室に行こうか。そこに倒れているものは保健室だな」
「す、すみませんでした! 嘘です! もうしません!」
ダライは観念したのか、泣き出した。先生は親指をグッと出してクロムにエールを送る。彼はため息をつき、マーナは笑った。これで一件落着。ダライは兄を背負ってから逃げるように去っていく。先生も仕事があるからと職員室に戻っていった。実習部屋にはクロムとマーナ、二人だけが取り残される。
「あ~。すっきりした。ていうか、なんであんなのに私、屈してたんだろ!」
マーナは吐き出すように言ってから、ニッと笑う。ダライの情けない姿を思い出しているようだ。
「それにしてもよく、私があいつに脅迫されてること気づいたわね?」
「あ、ああ。まあな」
「誰から聞いたの? 誰にも言った記憶ないんだけど・・・・・・」
それは君からだよ、なんてことは言えない。禁術のことはあまりペラペラ喋るものではない。ましてやられた本人に言うのは気分のよいものではないだろう。
「それは・・・・・・あれだ。ダライからだよ」
「ええ? あいつ、そんな認めるようなこと言うんだ」
「それは、その・・・・・・。かまをかけてやったんだ。俺はわかってるんだぞ? みたいな。そうしたらあっさり吐いた」
「あ、なるほど。そっかあ。そういうことか」
ひとしきり微笑んだ後、マーナはクロムと向き合う。
「あ、ありがと。あんたのおかげで助かったわ」
「いや別に。どうってことないよ」
「なにかお礼をしないといけないわね」
「いいって。それより練習を再開するぞ。カラーボール、試したくてしょうがないんだ。俺は」
「いや・・・・・・そういうわけにはいかないわ。迷惑かけちゃったし」
マーナは部屋の壁を眺めていた。何か考え事をしているようで、それが思いついたのか、「そうだ」と呟いた。
「ねえ、クロム。今後、ダライみたいなやつが現れないとも限らないわ」
「それは・・・・・・そうだな」
「ってことで、私の恋人にしてあげる」
「・・・・・・はあ?」
なにを言ってるんだこいつは?
気づくと、マーナは顔を赤く染めていた。クロムの顔を見るのが恥ずかしいのか、うつ向いている。その様子を見て、クロムの心臓はドキドキ脈打ち始めた。
「もしかして嫌なの?」
「嫌・・・・・・っていうか。え? 脈絡がなさすぎるだろ」
「だ、だから! ダライみたいなやつが現れたときに恋人がいますって言えるじゃん! そういうことよ!」
鋭い目つきで、なんか怒られてしまった。なるほど、そうか。そういうことか。
「てことはあれか。恋人のふりってやつか」
「え? あ、うん。まあそういうことになるのかな」
「ならそう言えよ。びっくりした」
「う、うん・・・・・・」
元気がなくなるマーナ。まるで満開に開いていた花がしおれていくようだった。
というわけで練習は再開される。そして後日、恋人ということを皆に知らせるために、マーナはクロムの腕にからみついて、廊下を歩くという恥ずかしさを味わった。
「恋人のふりなんだから、そこまでやる必要ないって!」
「ダメよ! そこまでやらないと皆信じてくれないわ!」
それだけは勘弁と逃げるクロムに、「逃がさないわよ」と鬼の形相で捕獲された後の出来事だ。当然、クラスの男女は再び「!?」マークを頭の上に出す。ダライに変わって今度はクロムというわけで、男子生徒はまたもや頭を抱える事態となった。
「おおっ! 神よ! あんな変人にマーナ様がっ!」
と叫んでいた男子をクロムは目撃している。
マーナはビッチであるとかそういう噂が流れることはなく、ダライがマーナと絡むことは一切なくなった。前回と違う点は、明らかにマーナの表情が明るくなったところであり、彼女の女友達はそれを察してか、クロムとの交際を応援するようになった。
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