第9話 禁術トーク発動


「きれいだね」


 マーナはクロムの隣まで来て、女の子座りで座った。夜の実習部屋に若い男女が二人。マナの光は薄暗くなり、やがて完全な闇が訪れる。まるで花火が終わったあとのように、気持ちも沈んでいく。


「終わりだな」

「終わりだね。これってカラーボール?」

「知ってたのか?」

「うん。子供の頃、パパが買ってくれたのを思い出したわ」

「そうか」

「ねえ?」


 「ん?」とクロムは聞き返すが、少しの間返事はなかった。なにか言おうとして、やめた。そんなふうに見える。


「ううん。やっぱいいや。私から断ったもの。だから・・・・・・いい」

「本当にいいのか?」

「いいって言ってるじゃん」


 しばらくすると、すすり泣くような声がした。暗くて顔は見えない。だからこそ泣き始めたのだろうが。

 いったいなんなんだよ。言いたいことがあれば、言えばいいんだ。それができないなら、わざわざここに来るなよ。

 クロムは暗闇の中をじっと座っていた。その間、女子の泣き声を聞くことになり、居心地は悪くなる。おそらく、どんな質問をしても彼女は答えないだろう。

 まったく、不器用なやつだな。・・・・・・いや、不器用といえば俺もそうだ。本当は嬉しいのに平気な顔をしたり、むかついてるのに笑ったり・・・・・・。

 器用に生きているやつほど、案外裏で苦しんでいるものだ。マーナみたいに。なんで俺だけがこんなに苦しい思いをしなきゃいけないのか? なんてのは幻想にすぎない。みんなそれなりに苦しんでいる。そういえばおじいちゃんもよく言っていた。


「生きることは苦しい。しかし、だから面白い」と。


 クロムは立ち上がった。余っているカラーボールを床に投げつける。すると、泣きやんだ。光の軌跡が現れ、幻想的な世界を作り出す。彼女は涙を拭きつつ、抗議の声をあげた。


「ちょっと、いきなり投げないでよね。びっくりするじゃない」

「いいか。マーナさん。魔法はこうやって使うもんだ」

「え?」


 クロムはマナを手のひらに集めていく。光の玉はどんどんと吸い寄せられ、大きくなり、しかしどこからかまたマナは湧いてきて、それさえも吸い寄せる。生まれては吸収され、生まれては吸収され、大きくなるマナの固まり。マーナはそれを驚いたような表情で注目していた。

 このくらいでいいだろう。あとはイメージを浮かべるのみ。使う魔法は禁術のトーク。相手に本当のことを喋らせることが可能な魔法。

 差し出された手のひらをマーナに向ける。彼女は困惑したような顔をした。


「なっ・・・・・・」


 トーク!

 マナの光が砕け散った。一瞬だけ、部屋が眩しくなる。まるで昼間のようにマーナの泣き顔も見えた。彼女は無表情になる。目の焦点が合ってない。


「マーナさん」

「はい」


 どうやら成功のようだ。地元にいたとき、母や近所のおじさんに試したことはある。そのときもこんな感じだった。母は本ばかり読む息子を案じてか「外に出て遊びなさい」と言ったり、本を隠すようになった。その在処を探すため、本人に聞いたことがある。


「母さん。隠した本の場所はどこにあるの?」

「台所の一番上の引き出し。右から二つ目の奥よ」

「ありがとう」


 便利な魔法だった。夜、こっそりと本を持ち出し、早朝、元の場所に戻すということをしていた。やがて母は諦めたので本を隠すことはなくなったが、トークを覚えるきっかけは、そんなものだった。それが今、役に立つときが来ようとは。

 質問はなるべく具体的に言わないといけない。例えば先ほどの母への質問で、「本の場所はどこにあるの?」と言っても、どの本なのかわからないだろう。「本棚よ」と答えるのがオチだ。そこは気をつけなくてはいけない。


「なぜ、夜、俺との魔法の練習をやめることになったんだ?」

「ダライが、クロムと私、仲良くしていることを知っていて。学生寮にも忍び込んだこと、ばれていたわ。それで脅迫してきたの」

「どんなふうに?」

「クロムといかがわしいことをしていたとバラすぞって。さらに圧力をかけてクロムを退学させるぞって。それが嫌なら俺と付き合えって迫ってきたわ」


 そういうことか。時期としてはダライが告白して振られ、キャンプが終わったその後だな。


「それで、マーナさんはどうしたい? 魔法の練習を続けたいか?」

「もちろんよ。せっかく魔法の秘密を教えてくれたし、クロムといると楽しいから」


 本音すぎるのでドキッとする。ここで「クロムのことは好きか?」という質問をすることはできるが、それは今回の問題とは直接関係はない。質問をしたい衝動にかられるが、卑怯な気がするのでやめた。

 自重しろ。俺。


「よくわかった。ありがとう」


 クロムは彼女の肩を揺すった。意識が戻ってきたようで、目をパチクリさせている。


「え? 私、寝てた?」

「ああ。ちょっとの間な」

「そ、そう。変なことしなかったでしょうね?」

「するか。それより涙を拭いたらどうだ?」

「う、うるさいわね」


 慌てたように、マーナはごしごしと涙を拭う。

 マナの光は薄暗くなり、消えた。カラーボールはまだあるが、クロムにはやることができた。彼女が傷ついている。そして解決の糸口は見えた。

 

 少し、おしおきが必要のようだな。


 クロムは立ち上がり、マーナと別れた。校舎を出た後、学生寮に向かう。そして、ダライの個室がある部屋へと行った。

 ノックすると、気だるそうな表情をしたダライが顔を見せた。しかし相手がクロムだと知ると、驚いたように目を見張った。


「なんだこんな時間に?」

「ダライさん。ちょっといいですか?」

「後にしろ。何時だと思ってる?」

「マーナさんとのことなんですがね。ここで話してもいいんですか?」

「・・・・・・入れ」


 察したのか、ドアが開かれた。ダライの部屋へと入り、ドアを閉める。


「マーナから聞いたのか?」

「あんたが脅迫したこと。ばっちりと聞いたよ」

「ちっ・・・・・・。あの女め」

「さて、どうする? このことを先生にばらしてもいいんだぞ」


 ダライは睨んできた。今にも殴りかからんばかりの勢いだったが、ふっと笑った。黄ばんだ歯を見せる。


「ばらすなら、ばらせばいい。それならこっちもマーナとお前が密室で二人きりになっていたとばらすまでだ」

「そういうことか。・・・・・・なら、白黒つけようか」

「どういう意味だ?」

「俺とあんた。魔法で決着をつけるというのはどうだ?」

「正気か? 大会の初戦で敗退したお前に勝ち目があるとでも」

「やってみなきゃわからないだろ」

「・・・・・・いいだろう。ただし、条件がある。こっちが勝ったらお前は退学だ」

「いいぜ。俺が勝ったら、そのときはマーナさんを諦めてもらう」

「・・・・・・いいだろう」


 場所は実習部屋に決まった。時間は明日、夜の八時。

 おそらく、俺が勝ったとしても奴は「無効だ」なんだと騒ぎ立てるだろう。その対策をしなければいけない。第三者に立ち会ってもらうことが必要だ。そうなるとあの人が適任だろう。クロムは一人、学校で発言力がありそうな人物を思いついた。

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