第7話 合同キャンプ
二人きりの夜の魔法実習。
二日目もマーナは魔法を使えなかった。もちろん今までのやり方ならば発動できるが、マナに触れるクロムが発見したやり方では無理だった。
「こうやってやるんだよ」
「えっと。こう?」
彼女はクロムと同じように指先をピンと立てた。その指を凝視する。鋭い目つきで、体も強ばっていた。
「肩に力が入りすぎてる。リラックス。それに、目が怖い」
「わ、悪かったわね」
マーナはふぅっと深呼吸する。クロムでは簡単にできることが、彼女にはできない。問題の一つとして、どこが悪いのかわからない点だ。マナは見えない。だから確認しようがない。
「ちょっとごめん」
「え?」
彼女の手を握ってみる。とまどいの表情を見せるマーナ。
「この状態で魔法を使ってみてくれ」
「あ、あんた・・・・・・手・・・・・・」
「ん? どうした?」
「・・・・・・なんでもない」
もう一つ深呼吸。そして彼女は指先の一点を見つめる。クロムが彼女の手を握ったのは、マナの流れを把握するためだ。体内に入っていくのであれば自分が触れることでなにかわかるかもしれない、という憶測でだった。しかし、その予想は外れた。両手で握っても同じだった。
体内ではなく指先に集めることができているのか、それとも俺が流れを感じられないだけなのか、結局のところわからない。
「なにかわかったの?」
「いや。わからないな」
「・・・・・・というか、いつまで手を握ってるつもり?」
「あ、すまん」
「ま、まあ別にいいんだけどね。あんたが握っていたいんなら・・・・・・」
ごにょごにょとマーナはなにか言っているようだった。
そんな感じで次の日、その次の日も夜の実習は続く。しかし一向に成果は上がらない。マーナはそれでもクロムの言ったことを信じてくれた。その間、クロムは手をこまねいていたわけではない。図書館に行き、魔法の本を読んだ。役に立つものがないか調べるが、そもそも新しい魔法の使い方自体、記載されている本が極端に少ない。早々に諦め、自分の頭で考えることにした。しかし、解決策が浮かぶわけもなく、時間だけが過ぎていく。
そんな中、別の問題が発生。ある日の休み時間。男子生徒たちがこんな噂話をしていた。
「おい。知ってるか? あのマーナ様、誰かと夜、会ってるらしいぜ」
「本当かよ。もしかして男?」
「わからん。しかしもし男なら、どんなやつなんだろうな」
「うらやましすぎだろっ。しかも夜、なにをしてるんだ?」
「なにって・・・・・・。男女が二人きりで会ってるってことはつまり・・・・・・そういうことだろ」
「おいおいおい。マジか。くぅ~。あのマーナ様が普通の男に汚されるとか我慢ならねえ」
「しっ。声が大きいぞ」
どうやら気づかれたようだ。これはしばらくの間、訓練は避けたほうがいいかもしれない。彼女も危機を感じたらしく、しぶしぶ承諾。中止となった。彼女はそれなら私の家に行きましょうと提案するが、見つかる可能性は高いということでクロムは拒否した。マーナは不満顔を貼りつけたまま、「しょうがないわね」と静かにつぶやいた。
魔法学校にはいくつかのイベントがある。全国魔法大会もその内の一つだが、今回は二年ということでオリカ東西学校合同キャンプが開かれた。東と西の魔法学校が合同で登山をし、お互いの交流を深めるというもの。
「お前ら! 魔法使いは体力だ! 登山なんか・・・・・・とか思ってんじゃねえぞ!」
早朝、体育会系の男の先生が声を張り上げる。名前はガロス。彼は武道と魔法の使い手であり、ひ弱な魔法使いのイメージにそぐわない肉体を持っていた。集まった生徒たちは眠そうだ。それはクロムも例外ではなく、なんで山登りなんだとケチをつけたくなる一員に含まれている。
ここはオリカ西魔法学校のグラウンドで、東の生徒たちがやってきた。両者の間で会話がなされることは少ない。一応、生徒会長同士が握手をかわし、仲良くしましょうてきなことを披露するが、心の中では敵だと判断している者が多かった。その中で。
「あ。クロムくん。久しぶり」
「あ、どうも。ルナさん」
金色の髪を片側にだけ結んだサイドテールが揺れる。制服は、濃い赤のローブにスカートで、色だけが違っていた。おでこには湿布が貼られている。これは決勝戦でマーナから受けた傷だろう。
「今回の旅行。一緒に楽しもうね」
「あ、はい・・・・・・」
ぎゅっと手を握ってくる。いきなりのスキンシップ、そして男の心を惑わす笑顔。強烈すぎる。もしかして俺のこと好きなんじゃ・・・・・・という期待を抱かせる破壊力を持っていた。当然というべきか、周りにいる男子からの視線に棘があって痛い。その中に、マーナのも含まれていた。
一同は出発。
学校の校門を通り、町に出た。その町も出て、近くの山に向かう。そこには標高千メートルほどの山があった。その中腹にあるキャンプ場まで登り、一泊する流れとなる。途中、熊が出る可能性はあるが、そのときは付き添いの先生が処理してくれるので一応は安心だ。
山登り中、西と東は完全に分離したまま進んでいた。肩がぶつかり、険悪なムードが漂う場面もあった。
これのどこが交流を深めるためだというのか。
クロムが嘆息しながら登っていると、ルナが声をかけてくる。
「ク~ロムくんっ。どうしたの? 元気ないね」
「あ、ど、どうも」
なんだこの子。やたらと俺に絡んでくるな。しかもすごい人なつっこい。柔らかな体を接近させてきて、肩がぶつかりそうな勢いだ。それになにか香水をつけているのか、いい匂いが漂う。
「もうっ。そんな他人行儀な。私たち、友達でしょ?」
「友達・・・・・・でしたっけ」
「そうそう。私が友達なら、みんな友達」
そうなのかあ。それだったら友達百人は余裕でできるかもな。
「それで今、マーナさんに教えてるわけ? 魔法の秘密」
これが聞きたかったのだろう。魔法の秘密をクロムが知っていると確信しているのだ。彼女の嗅覚の鋭さ、そして積極性はすごいと思う。それだけ、去年、俺と戦ったときの衝撃が大きかったということか。
「まあね。ちょっとだけ」
「へえ。そうなんだ。ねえ。ちょっとお願いがあるんだけどさ」
「な、なにかな?」
ルナは肩にひっつぐらい寄ってきた。慌ててクロムは身を引きながも、登る足は止めない。だが、距離を置いてもお構いなしとばかり、彼女は寄ってきて、そして耳打ちしてきた。
「私にも教えて」
「・・・・・・え?」
「ダメ? かな」
く・・・・・・。そのウルウルした瞳は反則だろ。それで何人の男を手駒にしてきたんだ。ま、まあ、ルナさんに限ってそんなことはないだろうが。
「ならんっ」とかとてもじゃないけど言えない。それを口にしようとすると心が抵抗する。
「いいけど」と口が開きそうになり思いとどまる。そんな簡単に研究の成果を暴露するものじゃない。それで痛い目を見た経験を、過去を忘れるな。
「ごめん。ダメだ」
「むぅ! いじわる~」
頬を膨らます彼女は可愛らしかった。こんなしぐさは、彼女ぐらいしかできないだろう。
なんとか我慢した俺に拍手を送ってほしい。顔はおそらくニヤツいて気持ち悪い表情になっているだろうけど。
「じゃあ、またね」
ルナはクロムの元を離れ、別のグループに声をかけ始めた。顔が広そうだ。あれだけ明るいと男どもからモテるんだろうな。
そんなこんなでキャンプ場へとたどり着く。テントを張り、男どもと一緒に狭苦しいところで今日の夜、寝ないといけない。それだけで憂鬱になる。カレーを作るということで料理をする人や薪をとりに行く人などに別れた。クロムは薪拾い役で、深入りしないように注意しながら木々の間を歩いていく。
「付き合ってくれ!」
大きな声が響いた。茂みのほうから聞こえてきたので、ゆっくりと忍び足で近づき、様子を見る。どうやら男女が向き合っているようだが、肝心の顔が見えない。しかし、この声。どこかで聞いたような。
「あの。前にも言ったけど、ダライくんとはつき合えないの。ごめんなさい」
これではっきりした。マーナとダライだ。そういえばダライは彼女が好きで、告白しようとか言ってたな。
本当に実行するとは・・・・・・って前にも言ったってことは二回目?
「どうして?」
「好きな人がいるの」
「・・・・・・クロムか?」
「え?」
「校舎裏でこそこそ会っているのを見たんだよ。どうなんだ?」
「・・・・・・ダライくんには関係ないでしょう。それじゃあ私行くから」
「待てよ」
マーナは逃げるようにダライのそばを離れた。
「くそっ。くそっ。くそっ!」
ダライは悔しさから、靴のかかとで土を蹴っている。
見てはいけないものを見てしまった気がする。ここはゆっくりと退散し、なにも知らない感じを装うしかない。
その場を去ろうとしたそのとき、ボキッと小枝が割れる音がした。
げっ。
先に動こうとしたのがまずかった。ダライは気づき、クロムが隠れているほうを向いた。
「誰かいるのか?」
「・・・・・・」
ダライは近づいてくる。
これはやばい。今から逃げることはできない。身を隠し、気づかれずにやりすごすしかない。
彼が茂みに手を伸ばした、そのときだ。
「お~い。ダライ! 薪は拾ったか?」
「あ、ああ! まあな!」
「戻ってこいよ! 火が炊けない!」
「わかったよ」
走っていく音が小さくなる。クロムはホッと安堵のため息をもらした。
夜になる。早めの夕食であるカレーを食べ、それから恒例の行事に移った。それは蛍を見ることだ。この近くに生息しているようで、仲がよいグループと歩いて回る。何人かの生徒が灯りを持ち、暗闇の中に消えていった。先生が付き添っているので迷子になることはない。歩いて十分ほどの橋がかかった場所にたどり着く。
「わあっ。きれい」
女子の一人が歓喜の声をあげた。暗いので誰が誰だかわからないが、確かにきれいだ。明滅を繰り返し、幻想的な雰囲気を作り出してくれる。まるでそれは星というよりも宙を舞っているマナのようだ。もし、マナに色がついていたならこんな感じに見えるんだろうな、とクロムは思った。
もし、マナが視覚化できたら・・・・・・あっ。そうか!
クロムは閃いた。
もしそういう方法があるのだとしたら、使えるかもしれない。
誰もが蛍に見入っている中、クロムはまったく別のことを考えていた。
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