第6話 二人だけの魔法実習
「ちょっといい?」
休み時間、またしても呼び出されてしまった。マーナの後を追い、廊下に出る。っと思いきや別のところに歩いていくようで、後を追った。無視することはできない。時々後ろをちらちらと確認していたからだ。
そこは校舎裏だった。人気がない場所に誘導されるクロム。途中、彼女は男女から声をかけられ、満面の笑みを返して手を振っていた。太陽のごときその笑顔の一ミリでもこっちに向けれないのか、とクロムは思うのだった。
今や彼女を知らない生徒はこの学校にいない。全国魔法大会の優勝者となった彼女はオリカ西魔法学校、つまりこの学校のあこがれの的だ。近所のおじさん、おばさんたちからも「東相手に一泡吹かせてくれて、ありがとうね」と感謝されている。大会であり祭りであり、どうやら裏で賭事の対象にもなっていたようで、儲けた人がいるとかいないとか。
壁と校舎に挟まれた狭い空間で、若い男女が二人きり。これからなにが行われるのか。少なくとも抱き合ったり、キスしたりといったことにはならない。前夜、結果的にそうなってしまったが、あれは単なる事故だ。
「これからは話があるとき、夜の八時ぐらいにそっちに向かうから」
「そっち?」
「学生寮よ」
「・・・・・・いや、待て。それは困る」
「なにが?」
「この前みたいなハプニングが起きないとも限らない。あのときは運がよかったけど、次、発覚してしまうかもしれない。やめてくれ」
「あんた、あのとき変な声だしてたもんね。ほあっ! だっけ?」
クスクスと白い歯を見せた。
笑いたければ笑うがいい。ていうかお前だって耳まで赤くして発火すんぜんだったくせに。
「じゃあ、俺は戻るから」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
ぐいっと腕をつかまれた。その手は離しそうにない。
こいつ、腕力はなかなかのものだからな。物理での戦いならば負けるかもしれない。
「いつ教えてくれるの?」
「いやだから。俺は教える気はないって言ってるだろ」
「ははあ~ん」
マーナは目を細くし、ニンマリにやにやと悪戯小僧のような笑みを浮かべた。
「なんだよ?」
「そんなこと言っていいの?」
「なにが?」
「あんた。昨日、私に覆い被さってきたわよね?」
「あ、あれは事故だろ?」
「胸、揉んだわよね?」
沈黙のときが流れる。あのときの感触が蘇り、顔が熱くなっていく。
だ、ダメだダメだ。相手のペースに乗せられては。
「・・・・・・も、揉みましたがなにか?」
「それに一応女子とか言ってなかったっけ?」
こいつ、よく覚えてるな。
確かに言った。一応女子なんだし、男の部屋に入ってくるとは何事か、みたいなことを言った覚えがある。
「私、深く傷ついたんだけど?」
「いや・・・・・・それは・・・・・・なんというか・・・・・・すまん」
「え? なに? 聞こえな~い」
「すまんって! だからもういいだろ?」
「ダメ。慰謝料として、教えなさいよ」
「く・・・・・・」
ぐぐっと手を握りしめてくる。了承しないと離してくれそうもない。クロムはため息をついた。
負けたよ。お前には。
「わかった」
「ほんとっ!?」
「ただし、学生寮の部屋では狭すぎる。実習部屋にしよう」
「今夜、八時ね。鍵はどうする?」
「そうだな・・・・・・どうしようか」
「私が職員室から借りるわ。魔法の練習したいからってことで」
「あ、ああ。じゃあそれで頼むよ」
マーナはようやく腕から手を離してくれた。彼女がまずそこから離れ、教室へと戻る。一緒に戻るとあらぬ噂を立てられるからだ。少し経ったあと、クロムは校舎裏から出た。渡り廊下を歩き、教室へと向かう途中、視線を感じた。その方向へ目を向けると、太った男子がクロムを凝視していた。
あいつは確か・・・・・・食堂でたびたび会ってるやつだ。名前は・・・・・・ダライだっけ。
開始のチャイムが鳴る。すると彼は走り去っていった。
なんだあいつ? もしかしてマーナとの密会を見られていたのか? いや、その可能性は低いか。しかし、校舎裏に入ったところを目撃されてしまったのかもしれない。・・・・・・今は考えてもしょうがないか。
クロムも遅れまいと教室に駆けた。
夜、八時になる。
クロムは一旦学生寮に戻り、夕食を食べた。そのあとこっそりと実習部屋に行く。目的の場所は校舎の地下にある。鍵は開いていて、ゆっくりとドアを開いた。ギイィィという音が不気味に響く。灯りがついているので、彼女は先に来ているのがわかった。百人ほど収容できる広さがあり、壁には耐熱性がある。ここなら魔法を使っても大丈夫だ。
入り口近くで辺りを見渡すが、マーナの姿はない。
あれ? いないな、なんて思っていたら、入口の横にある倉庫から彼女は出てきた。
「じ、時間通りね」
「なにしてたんだ?」
「別に・・・・・・」
よくわからないが、とりあえず始めるとしよう。
鍵をかける。これは先生が見回りに来たときの対策だ。夜、若い男女が二人でこんな場所にいたら、変な噂がたつ。それだけは阻止したかった。クロムとマーナは中央付近に移動し、向き合う。
「じゃあ教えるぞ」
「ええ。教えてもらうわよ」
「マーナさんは、今、魔法を使うときどうしてる?」
「マナを体に溜めて、呪文を詠唱してるわ」
「じゃあマナを体に溜めないで、やってみようか」
「え? それってどういうこと?」
「こういうこと」
空気中を漂うマナ。それを集めるところまでは同じだ。集めたら体内に入れる必要はない。触れて、イメージを頭の中に思い浮かべる。
「あとは、丸い火の球をイメージするだけでいいんだ」
クロムは立てた人差し指の先から火の球が現れた。あっという間に拳大まで膨張。そしてすぐに消える。
「本当にそれだけで?」
半信半疑の様子だ。マナは無色透明で見えない。だから触れるというのがどういうことなのか、理解できないのだろう。こればかりはやってみて、体で覚えるしかなかった。
「ええっと。マナを体内に入れる必要はないのよね? その手前で止めるってことかしら?」
「そういうことになるかな」
「やってみるわ」
彼女は人差し指をピンと立てる。しかし、うまくできないようで、なにも変化がない。何度も何度も繰り返すが、やはりうまくできないようだ。「むむむ」とか「んんん」とか唸りながら、自分の指を凝視しているだけだった。
「火の精霊よ・・・・・・」
「呪文は必要ない」
「うっ・・・・・・。そうだったわね」
魔法が発動する兆候すらなかった。
これはいったいどういうことなのか、クロムはわからなかった。しかしある仮説が浮かぶ。それまで魔法を体内に溜めるという行為が、例えばコップの水をいっぱいに溜める行為だとしよう。この場合、水はマナだ。これは比較的簡単だ。勢いよく水を流し込めばいい。
しかし、これが今やろうとしている、マナに触れるという行為になった場合、どうなるか。それはコップの指定された目盛りまで水を入れるということに置き換えられる。今まで適当にやっていても済んだことが、きちんと目盛りを見て、調整しないといけない。さらに、溜める位置も体ではなく、手のひらとか指先だ。だから難しいのではないか?
「ちょっと・・・・・・難しいかも」
三十分ぐらい経過したとき、ぺたんと床に座り込んでしまった。教えれば誰でもできるかと考えていたが、どうやら違ったようだ。思えば十歳ぐらいから、マナに触れるという行為を実験で繰り返してきた。それは特殊な訓練になっていたのだろう。
「焦ることはない。俺にもできたんだ。マーナさんにもできるよ。・・・・・・たぶん」
「たぶんってなによ。これでも全国で優勝したんだからね」
「そうだったな。じゃあもう少し頑張ってみようか」
「そのつもり」
キッと目つきが鋭くなる。練習は再開された。
一時間ほどして、この日は終わる。彼女の家には門限がある。それまでに帰らないと両親に怒られるようだ。
部屋が暗闇に包まれ、二人は実習部屋を後にした。暗闇の中、鍵を閉めた。このあと、マーナは職員室まで鍵を返し、クロムは学生寮へと戻る。暗く静かな学校は、騒々しい日常とは打って変わって不気味だ。二人で階段を上がる中、クロムの服の裾を持つマーナ。暗闇で怖いのだろう。
意外に怖がりなんだな。
ということはあれか。最初、倉庫に隠れていたのは、おそらく俺が入ってくる音にびっくりしたからなんだろうな。
「なにがおかしいの?」
「なんでもない」
笑い声がもれたようで、彼女にとがめられた。
職員室のほうには灯りがある。
「じゃあまた、明日」
「ああ」
彼女と別れ、クロムは校舎を後にした。
今日は自分にとっても収穫があった。自分は当たり前にできるからといって、他の人もできるわけではない。そこに気づいたからだ。そして今後、彼女はどう練習をしていけば使えるようになるか、問題点はわかった。しかし、どうすればいいのかすぐには浮かばない。
しかし、こういうのは実験に似ている。意外にも楽しんでいる自分がいて、悪くないなと暗闇の中、一人笑みを浮かべるのだった。
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