第5話 迫り来るマーナ

「・・・・・・なにやってるんだ?」


 夜、男の部屋に忍び込む女子がいた。マーナだ。


「しょ、しょうがないでしょ。男子寮に女子は入れないんだから」

「いやでも、逆に目立つだろ・・・・・・」

「いいのよ。とにかく入れたんだから文句言わないでよね!」


 どうやって俺の部屋を調べたのかはわからないが、まあ、そこは聞くまい。問題は男の部屋までやってきて、なにをしたいのかということだ。


「私、優勝したわ」

「あ、ああ。おめでとう」


 ニッコリと白い歯を向けてきた。祝福の言葉をかけるが、無言の時間が流れる。


「・・・・・・優勝したんだけど」

「え? ああ。だからおめでとうって」


 マーナの顔がじょじょに怖くなる。目つきに鋭さが増し、わなわなと肩を震わせ始めた。


「教えなさいよ。さっさと」

「・・・・・・あっ。ああ。そっか」


 思い出した。彼女からの一方的な約束で、優勝したら魔法の秘密を教えてあげるといったものだ。教える気はさらさらないので、忘れていた。

 というかそのためにわざわざ俺の部屋まで来たのか。かなり危険な行為だな。


「申し訳ないけど、教える気はないから」

「は?」


 声音が恐喝する人のそれだった。


「いや、だから教える気は」

「あ、あんた、いいかげんにしなさいよ」

「いやそもそも俺は同意してないじゃないか。勝手に決めたのはそっちで・・・・・・」

「う、うるさいっ! とにかく教えてもらうから。せっかくここまで来たんだし!」

「だから、来てくれってお願いしてないって。そもそも男の部屋に入るか普通? 行動力はすごいけど、もうちょっと考えろって。一応、女子だろ?」


 プツッ。

 なにかが切れる音がした、ような気がした。それは気のせいではないようで、目の前の女子は背中から冷気を発しているように見える。


「・・・・・・しおきよ」

「え?」

「おしおきよ」


 怒りに我を忘れたのか、彼女は真っ赤な顔をしたまま、迫ってきた。両腕を構え、つかみかかろうとじわじわと距離をつめる。本能的に危険を察知したクロムは逃げようと振り向き、ドアノブに手をかけようとした。しかし、彼女が一瞬早かったようで、首に腕を回してくる。


「ちょ、ちょっと!」


 慌てたクロムはどうにかふり解こうと左右に体を揺らすが、腕力はあるようでなかなか離れない。そのたびに彼女の大きな胸が背中にあたる。しかし、感触を味わっているような場合ではない。


「いいかげんにしろ!」


 クロムは首にまとわりつく腕を解き、彼女を押し倒した。「きゃっ」という悲鳴とともにマーナは背中から床に倒れ、その上にクロムが覆い被さるような形となる。彼女の赤く染まった顔が目の前にあり、息遣いが聞こえてきそうなほど近い。クロムの体温も急上昇。顔に熱を帯び始めた。

 こ、これは、さすがにまずいっ!

 起きあがろうとしたが、そこに不意打ちが入る。ノックの音がした。


「ほあっ!」


 背後からの突然の奇襲に、肩をビクッと震えた。そして、その弾みで右手の位置が移動していた。柔らかな感触に包まれる。見ると、マーナの大きな左胸の辺りをがっちりとつかんでいた。彼女は口を半開き。ますます顔を赤くし、叫びそうなほどの勢いだ。


「しっ!」


 右手を離し、彼女の唇を塞いだ。まるでクロムが襲っているような格好となる。そんな状況だったが、彼は驚愕の事実にかなりの焦りを感じていた。背中から汗がダラダラと流れている。

 後ろのドア、鍵かけてないぞ!

 再びノックの音。

 こ、ここは答えないほうがいいのか・・・・・・。いや、相手が開けてくるかもしれない。そうなれば俺は変人+犯罪者。しかもマーナを襲ったということで男どもから制裁を受け、下手すると、いや、下手しなくても退学!


「な、なんでひょうか?」


 声が裏返っていた。

 ひょうかってなんだ? という疑問すらこの際どうでもいい! 開けるな! 俺の人生が終わるから! 開けないでくれ! 頼む!


「あの。隣の部屋にいるんだけど、もう少し静かにしてくれる?」

「あ、ああ! もちろんですとも!」


 そう返すと、気配が消えた。そして隣の部屋からドアの開け閉めの音が続く。ふぅっと胸をなで下ろす。一瞬、後ろ髪引かれる思いで退学する自分の絵を想像してしまったが、どうにかなりそうだ。そこで、肩の力が抜けたのがよくなかった。元々無理な体勢をキープしていたのだ。左腕の間接がガクンと曲がり、今度は完璧にマーナの体に接着した。大きな胸がクロムの体重で変形するのが服越しでもわかる。


「ん! んん・・・・・・」


 変な声を出す彼女。お互いに顔から火を吹きそうだった。クロムは慌てて起きあがり、殴られることを覚悟していた、のだが。




 退学の危機が去ったあと、マーナは顔を赤くしたまま、視線を下げていた。顔に向けて手をパタパタと仰いでいる。対するクロムはベッドに腰かけて、床に座っている彼女と距離をとっていた。お互い無言だ。

 殴られたほうがよかったわ! なんだこの気まずい空気!? なんとかしてくれ!


「じゃ、じゃあ私、帰るね」


 むくりと起き上がり、厚手の暗黒魔法使いが着るような服を着始めた。フードを深くかぶる。


「きょ、今日のこと。誰にも言わないでくれ」

「・・・・・・じゃあ」

「お、おい」


 ドアが開き、パタンと閉まった。

 く・・・・・・。無視するなよ。

 クロムはベッドに寝転がり、疲れからか目元を両手で覆った。

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