第4話 決勝の行方

 女神のルナ。そして雪花のマーナ。

 二人が黒のローブ着て、とんがり帽子をかぶって対峙する。これから全国魔法大会の決勝戦が行われようとしていた。

 観客席が二人に注目している。試合前だが、ざわざわと騒がしい。この二人が所属する学校には因縁がある。ルナはオリカ東魔法学校。そしてマーナはオリカ西魔法学校。東の生徒たちは西を見下し、西は東の生徒たちを見下している。要するにこの二校は古くからライバル関係にあり、だからこそ盛り上がっている。

 クロムも人が少ない場所に腰かけて観戦していた。舞台裏では、勝利者がクロムから魔法の秘密を教えてもらえると思いこんでいるようで、優勝以外の目的に火花を散らす両者の姿があった。

 審判のコールとともに、決勝戦が始まる。ルナは火の使い手だが、火は禁止されているため使えない。その代わり彼女は風魔法を使って勝ち上がってきた。対するマーナは氷魔法。ここまでの勝ち方を見ると、動きを止めて降参宣言させる勝ち方が多い。今回もそうだろうと予測していた。

 それぞれがマナを溜め、呪文を詠唱する。先に動いたのはルナで、風魔法を放った。手のひらから送り出される風がマーナを遅う。しかし、それを読んでいたのか、魔法反射の壁を張った。風は跳ね返り、逆にルナを遅う。彼女は横に走って避けたが、その間、マーナが素早く詠唱。

 ちょっと戦い方を工夫したな。

 クロムは思った。今までなら軽い氷魔法で足止めするのが通常の流れ。しかしルナ相手だと厳しいと予想したのだろう。反射を優先させた。そして今、予想通りの展開になっている。

 もらったとばかり、氷を床に張る魔法を発動。しかし、その氷がルナの足をとらえる前に、彼女の体がふわりと浮いた。風魔法を下に向けて浮遊する。

 なるほど。

 攻撃ではなく避けるための魔法か。納得はするが、並の魔法使いにはできない芸当だ。吹き出す風の強弱、それによって浮遊するバランスを保つには高度な技術を要し、下手をすれば吹き飛ばされる危険性を持つ。しかもその間にもルナは詠唱をしているようで、さすがに二年連続で優勝を狙う実力者だ。降り立つと同時に、ルナは風魔法を放つ。マーナに焦りが見えた。詠唱をキャンセルし、避けることに専念するが、風を受けて倒れた。直撃はしないまでも四角のバトルフィールドの端まで追いつめられる。とんがり帽子が取ばされ、銀の髪が揺れた。その隙をルナが逃すわけもなく、再び風が送り出される。しかし、マーナも倒れたまま詠唱をしていた。それがすんでのところで発動。氷の壁が全面に形成され、風を弾く。ハラハラドキドキの展開に観客たちは熱をおびる。

 う~ん。

 ただ一人クロムだけは首をひねり、不満顔を貼りつけていた。

 なぜ一つの属性に頼るのかわからない。確かにそのほうが精度は上がるだろうが、戦いの幅が狭まる。魔法には火、氷、水、風の四属性もあるのだ。苦手な属性はあるにしても、偏った戦い方だ。これでは工夫の余地が少ない。魔法の使い方、すなわち戦い方はもっと自由であるべきだ。

 まあ、こんな状況で、そんなこと言えるわけもないんだけどな。だいいち俺、一回戦でわざとではあるけど負けてるし。


 氷の壁で防御を固めるマーナ。それを切り崩そうと奮闘するルナ。均衡状態が続き、それを打ち破ったのはマーナの氷魔法だ。呪文の長文を読み上げ、放たれた大粒の氷の固まり。それらが幾重にも降り注ぎ、そのうちの一つがルナの顔面に直撃。倒れた。目をつむったまま、気絶しているのを審判が見て、マーナの勝利に終わる。クラスメートがいる観客席が湧いた。女子はギャーギャーと騒ぎまくる。

 うるさいな。ここは動物園か。

 クロムは一人ごちた。


 全国魔法大会が終わり、帰宅の途につく。クロムが住んでいるのは学校敷地内に建てられた学生寮だった。一旦個室へと戻って荷物を預けたあと、一階の食堂へと向かった。二十人ぐらいが食べられるそこには、テーブルやイスが並んでいる。まだ戻ってきている生徒の数は少ない、好都合だというわけで早く食べて早く自室に戻ろうと考えていた。

 おぼんを手にとって今日のメニューであるスープとパン、それに野菜が入った小皿を置く。そして、近くのテーブル席に腰を下ろした。多くの生徒が帰ってくる前に夕食を胃の中に入れる。


「いや~。マーナは最高だったわ」

「そうっすね」


 食堂に響く声。

 茶髪の太った男子と黒い髪の痩せた男子が入ってきた。

 この二人は見覚えがある。食堂でたびたび目撃していて、太ったほうはやたら大きな声だから嫌でも耳に届く。どうやら彼はマーナのファンで、ずっと応援しているみたいな話をしていたと記憶している。魔法学校は三年で卒業を迎える。クロムは二年生。彼らも別クラスだが同学年だ。

 二人は夕食を手に取り、乱暴にイスを引いて座った。クロムから見て左隣に位置する。

 げっ。近くに来るなよ。お前ら、やたらうるさいんだからさ。

 当然、心の声は届かない。痩せた男の不快な引き笑いと太った男の大きな声が食欲を落としてくれた。


「今度、俺、マーナの教室行ってみるわ。そんで様子見て、どっか中庭とかに誘ってみる」

「おっ。マジっすか? ついに?」

「おう」

「ダライさん。男前だからマーナもきっと、OKしてくれるっすよ」

「やっぱり? いや~。まいったな」


 げへへと調子よく笑う声に、耳を塞ぎたくなる。

 あの太ったほうはダライというのか。聞きたくもない会話が耳に届くので、騒音以外のなにものでもないが・・・・・・。なにをするつもりなのやら。話の内容から察するに告白か? 確かにマーナは美女だが、性格的にきついところがある。あの鋭い目つきは普段、俺だけに向けられていて・・・・・・って、彼らは知らないのか。まあ・・・・・・いずれわかるときがくるかもしれない。身近にいれば、正体はいずればれる。

 そのあと、食べ終わったクロムは食堂を後にする。同じ一階にある共有の風呂に入ったあと、自室へと戻った。一人用の狭い個室にはベッドと本棚、勉強机があるだけだ。本棚から魔法書を手に取り、ベッドに寝転がる。天井には魔法灯があり、夜でも明るく照らしてくれた。


 手に取ったそれは禁術に関する本だ。禁術とは強力であるがゆえ、使うことを禁止された魔法である。使うことで人体にかなりの悪影響を及ぼすということで避けられていた。どっちかというと使用者を守るためである。だから埃をかぶったものをわざわざ探しだし、買った。といってもその価値には誰も気づいていないため、安値だ。

 この禁術を使うにはかなりのマナが必要だ。だからこそ人に入ると体内のマナ濃度が上がり、中毒のような症状になる。いわゆる「酔った」状態だ。しかし、である。集めて触れる新しい使いかたならば、人体に悪影響は及ぼさない。集めるための時間はかかるが、禁術と呼ばれるものは立派な魔法へと変わる。

 つまり、クロムは禁術を使える。すでに一つの禁術を何回か試したことがあり、その強力さに驚いていた。その一つである「トーク」。これは相手を気絶させる。そしてこちらが質問をしたことを相手が脳内の記憶にあるものを探し出して答えるという魔法だ。これを使えば嘘をつく人に、本当のことを言わせることができる。ただ、イメージを作るには長い時間訓練が必要だ。そこがネックになっていた。


 しばらく読んでいると、ノックの音がした。

 誰だ? こんな時間に?

 ここに暮らしはじめて、訪ねてきたものはいない。そもそも友だちは一人もいない。なにかの間違いか、隣の部屋の騒音だろうと無視していると、再びノックがされる。


「誰だ?」


 ドア越しに聞いても反応なし。クロムは仕方なくベッドから離れ、ドアを開いた。すると、そこに変なやつがいた。

 黒いフードを目元まで深くかぶり、全身を黒一色で包んでいる。まるで正体を隠しているような、暗黒魔法使いのような格好をしていた。そいつは素早くクロムの部屋に進入。


「お、おい」

「早くドア、閉めて」


 その声で察した。


「もしかして・・・・・・マーナ?」


 こくこく、と焦るようにうなづく。そこでドアを閉めた。彼女はフードつきの黒い厚手の服を脱ぎ捨てる。黒の丈の短いローブ、そしてスカート姿の彼女が現れた。

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