第3話 美女二人との強制約束
全国魔法大会。
学校のイベントの一つで、一年に一回行われる。学校の敷地外にある闘技場を借り、魔法で戦うことになる。全国なので、色々な学校の学生がエントリーし、闘技場は盛り上がりを見せていた。現在、準決勝が行われ、マーナが戦っていた。
この円形の建物は一万人ほどが収容できる広さがあり、観客席から眺めるのは、多くの学生と暇つぶしにやってきた都市の住民たち。
クロムは初戦敗退。なにもすることなく敗れてから、今、クラスメートとは離れた場所で一人、段になっているところに座っていた。彼は昨年も出場したことがある。まだ自分の発見を知らせることを諦めていないときだ。
みんなの前で魔法を使えば、言葉で伝えるよりも簡単だ。目の前で起きた出来事について、それでも嘘だと否定することはできないし、優勝も楽に狙える・・・・・・そう思っていた。
そこで戦った初戦の相手、ルナ。彼女は金色の髪を片側にだけ結んだサイドテール。マーナにも引けをとらない美女で、男たちの視線は彼女だけに集中していた。クロムへの応援は一切ない。この頃からすでに変人扱されているためだ。
闘技場の中心にあるバトルフィールドと呼ばれる四角い床。その上に並び立つクロム、そしてルナ。そのときばかりは正装に身を包むのが慣わしというか、義務になっていた。暑苦しい黒いローブ、そしてとんがり帽子だ。普通に邪魔だからいつもの制服でいいじゃないかなんて提案は受け入れられない。学校の上層部はそれほどまでに頭が固い。こうでなくてはいけない、という押しつけにすぎないのだが、彼らにとっては絶対に守らねばならないルールなのだ。従わなければ出場することすらかなわないというのだから徹底している。
バトルフィールドから落とすか、気絶もしくは降参させたら勝ち。火の魔法は危ないので使用禁止というルールの中、試合が開始された。
ルナは呪文を使うため、体内にマナを蓄積。さらに呪文を詠唱し始めた。
遅い。遅すぎる。
マナには触れるだけでいい。そして呪文は不要。圧倒的なショートカットで効率化された魔法を放つ。
突き出した手のひらから風が巻き起こり、彼女は吹き飛ばされた。あっという間に舞台から落ちる。周囲の歓声が、まるで誰もいないかのように静まりかえった。彼女を応援していた観客たちを黙らせる。クロムは鳥肌が立った。
「・・・・・・え?」
「うそ・・・・・・」
「なんだ? 今のは?」
一瞬の静寂の後、そんな周囲の声がポツポツと囁かれる。ポカンと口を開けたままの観客をクロムは下から眺めた。
どうだっ! 見たか!
優越感に体が震えた。ルナは起き上がり、なにが起きたのかわからないといった表情のまま、立ち尽くす。審判も口を閉ざしている。
やがて辺りは騒々しくなり、数分間の時が流れた。その間、審判の姿はない。試合は中断され、待たされることになる。ルナはなにか言いたげな視線をクロムに向けていた。彼は少しイライラしていた。
なぜ勝利の判定をしないんだ? 彼女はフィールドから落ちた。それは負けを意味する。俺の勝ちは誰の目にも明らかじゃないか。
やがて審判が出てきた。そしてこう、アナウンスされる。
「ただいまの試合。クロム選手がなんらかの反則行為を行ったと判断し、失格とします!」
歓声がわき起こる。それはルナの勝利を喜ぶ声だ。彼女は「え?」という顔を見せ、クロムも呆気にとられ、口は半開きになる。
なにを言っているのか理解ができなかった。反則行為? なんだそれは? いつ俺が反則行為をしたっていうんだ?
抑えられるような怒りではなかった。わなわなと拳を震わせ、怒りの矛先を審判の男に向ける。
「・・・・・・の野郎!」
クロムは審判につかみかかった。観客の騒々しさは増すが、耳に入らない。周りにいた職員や審判が駆け寄ってきた。そのあとのことはあまり覚えてない。あまりにも血が上ってしまっていて、あまりにも理不尽な結末。唇を切ったので、床に数人で押さえつけられたのだろう。あのときの血の味は今でも思い出す。
ドッという歓声によって現実に引き戻された。
準決勝。マーナが勝ったようだ。彼女の氷魔法によって足止めされた相手が、そのまま敗北を宣言。彼女の誇らしげな表情がそこにあった。マーナはクラスメートに向かって手を振り、歓声がわき起こった。
八方美人め。そんなことしてるから疲れるんだ。
そう毒づきながら、立ち上がろうとしたそのとき、声をかけてくる女子がいた。
「クロムさん、ですよね?」
それはルナだ。昨年の初戦の相手であり、負けた相手。苦々しい記憶が残る戦いの勝者であり、その年の優勝者でもある彼女はクロムを見つけた。
「え? あ、ああ」
「よかった。あなたのこと捜してたんですよ」
ニコニコしながら、彼女は横に座ってくる。突然の美女の出現に、周りにいる男たちからの視線が集まってきた。しかし、彼女に気にする素振りはない。近くで顔を見ると、マーナとは違って優しげな目をしていた。目尻に小さなほくろがあるのも特徴的だ。
「俺を?」
「うん。私のこと、覚えてます?」
「え・・・・・・ま、まあ一応」
「じゃあ名前、言ってみてください」
「ルナさん、ですよね?」
「覚えてくれてたんですね? 感激です~!」
明るい女子特有のハイテンションに若干ついていけてないクロムだが、悪い気はしない。しかし、慣れていないのか気恥ずかしさはある。彼はうつむいて鼻をかいた。
「お久しぶりですね。去年戦ったこと覚えてます?」
「もちろん」
「あのとき、クロムさん。呪文を詠唱しなかったですよね?」
彼女は微笑んでいたが、目は真剣だった。知りたいというオーラがにじみ出ていた。しかし、さんざん変人扱いされてきたので、真実を口にすることはない。
「・・・・・・さあ、どうでしょうね」
「あ~。そうやってはぐらかすんですか? 可愛くない」
ふふっと微笑む。
ドキッと胸が高鳴った。
く・・・・・・。不覚にも可愛いと思ってしまった。こいつはすごい破壊力だ。ほとんどの男なら今の仕草に落ちてしまうだろう。それは交際経験ゼロの俺にも言えるわけで。そういえば男たちの間では「女神のルナ」とか噂されているらしい。女神のような微笑みというわけか。納得。
「判定は失格ということでしたけど。どうも私にはそう思えなくて。なにかクロムさんだけは知っている秘密があるじゃないかな~なんて、そう疑っているんですけど、この予想は当たりですか?」
「わかりませんね」
「むぅ。いじわる。じゃあ私が次の試合、勝ったら教えてもらえませんか?」
「え?」
次の試合。ということは決勝か。彼女は順当に勝ち上がってきたということで、マーナ対ルナという組み合わせになる。美女と美女の戦いか。これは盛り上がりそうだ。
「ちょっとクロム!」
そこへやってきたのは、マーナだ。先ほどまで試合の舞台にいた彼女はいつの間にかクロムのそばまで来ていた。走ってきたみたいで、少し息を切らしている。ルナの表情が一瞬だけ、真顔になった。
「な、なにを話しているの?」
「なにって? え?」
「これはこれは。マーナさんでしたっけ」
ルナは立ち上がる。マーナと視線が合わさった。対戦相手を冷静に分析するような冷たさがあった。
「決勝戦。よろしくお願いします」
「・・・・・・こちらこそ」
「そういうわけで、クロムさん。さっきの話、お願いしますね」
「いや、ちょっとま・・・・・・」
彼女はクロムの了承を得ないまま、立ち去った。入れ替わりにやってきたのはマーナだ。不機嫌な表情をしたまま、クロムを見つめる。彼はその視線を外し、休憩時間を挟んだのち行われる決勝戦、その舞台に顔を向けた。
「なにを話していたのか、正直に言いなさい」
立ったまま、座ったクロムに圧力をかけてきた。ごごごごご・・・・・・という擬音と背中から冷気を発しそうな勢いがあったので、観念して言うことにした。
「決勝で勝ったら、秘密を教えろって」
「秘密? 魔法のこと?」
クロムはうなづく。マーナは腕を組み、少し考えるような素振りを見せたあと、口を開いた。
「私が勝ったら、私にだけ教えなさい」
「は? なんでだよ」
「ちょっと待ちなさいよ。あの女なら良くて、私はダメってこと?」
マーナは凍てつくような視線を向けてきた。目を合わせると凍ってしまいそうだ。「雪花のマーナ」なんて噂されているが、花は花といってもトゲがあるほうか。
「い、いや・・・・・・そういうことじゃなくて。そもそも」
「いい? 約束よ! やぶったらおしおきだからね!」
「いやちょっとま・・・・・・」
彼女は去っていった。
試合が間近に迫っているとはいえ、なんで二人とも人の話を聞かないのか。
勝手に確定するなよ。俺は教える気ないからな。教えたってバカにするだけだ、今までの奴らみたいに。
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