第2話 なんで信じてくれないんだ

 魔法を使うには空気中を漂うマナを体内に溜める必要はない。

 さらに言ってしまえば呪文も魔法陣も必要ない。

 必要なのはマナを集め、触れること。それを引き金として、イメージをすればいい。それだけだ。

 そのことがわかったのは今から六年ほど前、十歳のときだ。本を読むのが好きで、魔法の歴史や使い方などを見ていた。そこである矛盾に気づく。別の本と別の本で書いていることに違いあるのだ。例えば魔法を使うにはマナを体内に溜めると教えている本が大半だが、古い本の中には触れるだけでいいと記されているものがあった。いったいどちらが正しいのか? と疑問を持つ。


 だったら実験だ。


 というわけで色々試した結果、触れるだけでいいという結論に達する。さらに同じような流れで呪文も不要だと気づいた。そこに到達するまで五年ほどかかった。

 これは大発見だ! みんなに教えてやろう!

 なんて意気込んだこともあった。魔法学校に行くのが楽しみで、その真実を伝えたらどうなるか、想像に胸を膨らませていた。しかし。賞賛を得るという期待した未来にはならなかった。


「呪文は不要? なにをバカなことを言っているの?」

「マナに触れる? ははは。面白いことを言う子だね」

「そんな簡単に使うことができるわけないだろ。常識的に考えて」

「君。そんなことを他に言うもんじゃないよ。変人扱いされるからね」

「これまで培ってきた魔法の歴史を愚弄する気か? 君は、どこのクラスの生徒だね?」


 返ってきた答えは、これらのような言葉だった。

 誰も信じてくれない。誰一人・・・・・・。


「本当なんだよ!」

「本当のことなんだよ!」

「みんな、教科書に書いてあることが全てじゃないんだよ!」


 語気を荒げれば荒げるほど、後から空しさが襲ってくる結果となる。当然のように変人扱いされ、先生も生徒も離れていく。

 なんでみんな信じてくれないんだ・・・・・・。

 とうとう、自分の部屋で一人、涙を流した夜のことを今でも覚えている。期待した分、諦めきれず・・・・・・それでも裏切られたショックは大きかった。

 それからの俺は・・・・・・端的に言うと諦めた。完全に諦めたのは全国魔法大会のときだが、とにかく真実を言うのはやめ、大人しくしておこうと心に誓った。せっかく魔法学校に入学したのだ。卒業しないと、授業料を払ってくれた両親に申し訳ない。授業は意味がないとわかっているので眠いが、卒業しないと魔法を扱う仕事は来ないらしいし、それまで我慢することにした。そして今にいたる。


「ちょっと、いい?」


 授業を終えてからの休憩時間。マーナが声をかけてきた。授業中に寝てはいないので、文句ではないだろうが、緊張が走る。彼女イコール怖いという式が自分の中で成り立っているからだ。しかし、このときの口調はいつもの厳しさとは打って変わって柔らかかった。いつものように廊下に出る。


「お、お願いがあるんだけど」

「はあ・・・・・・」

「あんた。結構魔法使うの、上手じゃない?」


 先日、実習で俺がファイアボールを難なく使っていたところを見ての発言だろう。そわそわとして視線を下げている姿はいつもの彼女らしくない。トラやライオンのように獲物にがっつくようなイメージしかなく、新鮮だった。


「なにかコツがあったら教えてほしいんだけど」

「・・・・・・いや。別に」

「な、なによ。もちろんタダじゃないわよ。お金なら・・・・・・」

「そんなのいらないよ」

「じゃあ、なにが欲しいの?」

「なにもいらない。教える気もないよ」

「なによそれ。ずるいわ」


 クロムはうつむいた。

 どうせ否定されるに決まってる。俺は諦めたんだ。だから、最初からそういったお願いされても断ることに決めていた。後悔するのは目に見えているからだ。


「先生に教わればいいんじゃないかな?」

「あ、あんたがいいのよ」

「わからないな。なんで俺にこだわるの?」

「あんたしか、本音でぶつかったりしてないもの」


 マーナの頬は赤くなっていた。

 そうか、と気づく。彼女はいつも周りに笑顔を振りまいていた。頼まれごとに嫌な顔一つせず、誉められたら謙遜する。いわゆる八方美人だ。先生に対しても遠慮し、それがストレスとなっている、ということか。

 もしかして今まで、ストレスのはけ口にされていたのだろうか?


「それに直感なんだけど。先生よりうまい気がする。魔法の使い方が」

「・・・・・・それは買いかぶりすぎだよ。ほら。俺なんかと一緒にいると、マーナさんの評価が下がるよ」


 ここは廊下だ。周りを歩く生徒たちの目がある。


「わかった。でも、諦めないわよ」


 そう捨てセリフを言い残して、彼女は教室に戻っていった。

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