俺だけが魔法の常識が嘘だと知ってる

kiki

第1話 マナは溜めない

「クロム! おいっ。クロム!」

「・・・・・・ふあ。もう食べられません」


 大きな笑い声がおこり、目が覚めた。ここは教室で、今は授業中。盛大に垂れ流していたよだれを拭き、現実へと戻る。教卓の前にいる男の先生は「おはよう」と冗談を言ってきた。


「あ、おはようございます」


 また笑いがおこる。三十人ほどのいる教室の中が騒々しくなるので、先生は注意。そして授業が再開された。黒板に書かれた魔法陣の意味やら魔法を使うための公式が書かれている。それら全てを一生懸命にノートに書き写す生徒たち。ただ一人、クロムだけは眠くてしょうがなかった。


 なんでこんなことしなきゃいけないんだろう。


 授業が終わって休み時間に入る。眠気眼のクロムに対し、一人の女子が近づいてきた。名前はマーナ。銀色の髪を背中まで伸ばし、目つきは鋭いが美女である。胸は大きく、腕を組むとその胸を支えているような格好になった。ここは魔法使いの学校である。制服は丈の長い黒のローブと決まっていたが、それでは可愛くないという声を受けて、何年か前に変わった。上はローブだが、丈が膝の高さほどに変更。女子はヒラヒラがついたスカート。男子はズボンということになった。マーナもその制服だ。


「ちょっと来なさいよ」


 つかつかと歩いていく先には廊下がある。クロムは立ち上がり、ついていくことにした。

 無視したらなにが起きるか、考えただけでも恐ろしい。

 女子の制服は、後ろから見ると生足がローブの下から露出しているので、なんだかエロい。


「おいおい。あいつ大丈夫か? マーナ様を怒らせて・・・・・・」

「死んだな。ご愁傷様」


 周りの男子生徒が好き勝手に話をしている。様づけしているのは、マーナがお偉いさん、つまり貴族の娘だからだ。

 廊下に出た後、壁を背に迫られた。彼女はドンッと片手を壁に突いて、クロムをにらみつけてくる。


「はっきり言っていい?」

「ど、どうぞ」

「あなたのような人がいたら迷惑なの。授業中、寝るのやめてくれない?」

「す、すみません。今後気をつけます」

「前にも言ったよね!? ほんとにわかってるの!?」

「あ、はい。もちろんです」

「今度やったら、おしおきするからそのつもりで」


 お、おしおき!? なんだそれは? 先生に報告するとかじゃないのか?

 マーナは鼻息荒く、教室に戻っていった。

 これはあれだな。なんとか寝ないようにしないと・・・・・・。

 幸いなことに次の授業は実習だ。体を動かすので眠たくはならない。大きな実習部屋に集められてやることは、魔法の実習だ。生徒たちは座って、先生の手本を見る。実習担当の先生はメガネをかけたおばさんで、年は五十ぐらい。神経質な感じなのが苦手だ。


「炎の精霊よ。我が指先に火よ。集い来たれ、球となれ! ファイアボール!」


 おばさん先生の指先から火の球が形成された。それを見て、生徒たちは「おおっ!」と感嘆の声をもらす。

 すごいな~。無駄に。ははは・・・・・・。


「皆さんも、慣れればすぐに使えるようになりますよ。それにはマナを体内に溜めること。それと、呪文を覚えること。これが大事になってきます」


 そして生徒たちの実習に移る。二人一組になった。クロムの相手はいなかった。隣の席の男子生徒が余っていたので近づくが、避けられる。普通に傷ついた。

 そんなに冷たくされると悲しいな・・・・・・。

 しょうがないので、先生と組むことになった。できればこの先生とはお近づきになりたくないのだが、仕方ない。


「はい。まずは呪文を言ってみて」

「あ、はい。え~と・・・・・・。炎の精霊よ・・・・・・。なんでしたっけ?」

「我が指先に火よ。集い来たれ、球となれ、よ」


 このようにやりなさい。このやりかたでなければダメ。そういう考え方、指導方法で、自主性を持たせることはなく、一点を凝視するような目力を持った先生なので疲れる。もし逆らおうものなら、刻まれたしわをさらに深くさせた顔で、金切り声に似た叫び声を発する。魔物の出現か? と思わせるぐらいの発狂ぶりだ。だから従うしかない。

 マーナが年とったらこうなりますというネタが自分にとって笑いのツボにはまっていた。誰にも言ってないけど。

 クロムは先生に言われたとおり、呪文を言う。そして指先から火球を出した。そうするとこの先生は満面の笑みを浮かべる。ニタアといった不気味さを見たものに与えるのだ。

 やはり前世は魔物か何かなのだろう。このおばさんは。


「よくできました」

「いえ。先生のご指導のおかげです」

「おほほほほっ。まあ、そうね」


 そこは否定してくれよ。せめて。こっちも心にもないこと言ったんだから。


「クロムくんのようにマナを溜めるのがうまければ、うまくいくわ。皆さんもきっちりと見習うように」


 周りのできてない生徒たちに先生は声をかける。というか、ちゃんと火の球が形成される生徒は少なく、マーナはうまくできていた。さすが、なにをしてもうまくこなし、おまけに美人と評判の彼女だ。いや、おまけに美人は失礼か。ファンクラブがあるぐらいだから、決して主観だけでものを言っているわけではない。そもそも、先生の言っていることには間違いがある。


 俺は、マナを溜めてはいない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る