第21話 二人の言葉の合流地点は
とある金曜日の、22時を少し過ぎた頃。
チャットアプリの通知音が鳴り響いた。
この音は、音声通話の音だ。
待ってましたと言わんばかりにスマホを取り上げて、待ち人の名前であることを確認。
手早くイヤホンマイクを繋いで、顔認証でロックが外れると、即座にイヤホン越しに声が飛び込んできた。
「お待たせー!!しほー!!!」
「……ちこくだよ」
時計は、もうじき22時10分になろうとしている所だった。
「いやー、ごめんて。思ったより枠長引いちゃってさ」
「はいはい、人気者は大変ですこと」
「そんなことないってぇ」
*
大学の時からの親友である沙保里は、就職に伴う引っ越しで少々距離が離れてしまっている。
もう数年経過したが、ときたま通話をつないでは、他愛もない話をしたり、たまにお酒を飲んだりと、繋がりは途切れていない。
沙保里は一人暮らしを始めてから、配信をすることに楽しさを覚えてしまったらしく、元々弾けたアコギを使って弾き語りをしたり、ゲームをしたり。
気が向いたら、という位の頻度ではあるものの、それなりに視聴者数も多い。
―何故知っているのかというと、暇つぶしで色々な配信を見漁っていたら、偶然出会ってしまって、それ以来よく見に行っているから、である。
今日も、22時からね、と約束していたものの、
「今日は気が向いた日なのか……」
20時から配信が始まった事を知らせる通知がスマホに表示されている。
一瞬だけ覗きに行くと、アコギ弾き語りでリクエストを受け付けていた。
間にあえばいいけど、とそっとスマホを閉じた。
そして今に至る……
*
ちこくだちこくだと拗ねているしほの声を聞きながら、PCデスクの上に散乱している道具を片付ける。
配信で使っているマイクでそのまま通話しているので―というより、家が狭くてここくらいしか飲み物食べ物を広げられる場所がないという切実な事情があったりなかったり。
「はーい、お待たせ。さ、乾杯~」
「ちょっと待って早いって……、かんぱい」
プシュ、という音の後に、マイク越しに、うわわっ、と慌てたような声が聞こえた。
「どうしたの?」
と聞くと、
「―泡があふれてきた、さおりのせいだ」
と言いながら、ティッシュをひっつかむ音が聞こえる。
ああ、あの缶ビールね、と笑ってやった。
ちゃんと冷やしておかないと、開けた時に収集がつかないくらいに泡が出るらしい。
ややあって、片付きましたかんぱい、と返ってきたので、乾杯、と返した。
*
大学からの親友といえど、今は社会人。
会話の半分程度、仕事の愚痴になってしまうのも無理はない。
ただ、職場の同期と愚痴を言い合うような仲でもないし、それは沙保里も同じのようで。
なんやかんやと続いている、このやりとりが数少ない息抜きになっているのだった。
「―でさ、この前の枠で質問受け付けてたら、『彼氏いますか?』て来てさ」
そして、その残りの半分は、沙保里の配信の話になるのだった。
「なにそれセクハラじゃん」
「そもそも、のんびり配信してるような人に特定の誰かがいるかっつうの。もしいたら配信なんかしてないでカレシと遊んでるわ!ってね」
所謂生存バイアスってやつかな。
「もし、沙保里に彼氏ができたして、構ってくれなくなったら私、孤独死しそう」
「もー、悲しい事言わないで。私が好きなのはしほだけよー!」
「―いつも思うけど、それはそれでどうなの」
「そこは私も~、じゃないの!?嘘でもいいから!」
お酒が入っているせいかもしれないが、まるで配信のようなノリで話題をふっかけてくる。
―勘違いするような言い方はやめてほしい。
「そんなこと言ってると、ずっと私だけになっちゃうよ?生涯独り身みたいなもんよ?」
「いいもん」
「……さいですか」
マイクに拾われないように、ふぅ、と息を吐いて、天井を仰ぐ。
ふと、視界に入った時計は、そろそろ日付を跨ぐ頃だった。
「そろそろ寝よ?」
「うっそ、もうそんな時間?」
「私はおねむです」
「そうですかぁ~、じゃあまた今度ね」
「ばいばい」
「次は遅刻しないk」
名残惜しさの欠片もなく私の方から通話を切った。
*
「次は遅刻しないから!」
と言い終わるかどうかのタイミングで、通話終了の音が鳴った。
しほは、相変わらず、少しドライな感じである。
マイクの音量を絞って、盛大にため息をつく。
「この辺の発言は、信用されてないんだろうなぁ……」
元々、私は色々な人とわいわいやるのが好きで……、まあ今やってる配信もその延長線上みたいな所があるんだけれども。
だからなのか、しほには、発言が軽い奴認定されている感じがするのだ。
どうせ、色々な人に言ってるんでしょう……、みたいな。
直接言われたわけではないけれど。
でも、
「―しほの事は、本気で好きなんだけどなぁ」
友達としてではなく、その先に進みたいという意味で。
―勿論、あれやこれやも含めて。
けれど、面と向き合って、伝えて。
引かれてしまったら、本当に立ち直れなさそうで。
それ位には、しほの事を思っていて。
だから、軽くでも好き好き言い続けれればいずれ伝わるかなぁ、なんて。
人前で話すのは慣れっこなのに、こういう所は、まだ臆病な私だった。
だから、
*
通話を切った後、ソファにもたれかかったまま、ぼうっと天井を見上げていた。
まだ、微かに心臓の鼓動が騒がしい。
「勘違いするからやめてくれないかなぁ……」
大学に一緒に通っていた頃から、私は沙保里の事しか見ていなかった。
沙保里のお陰で、交友関係はそこそこ増えたものの、結局は沙保里の所に戻ってきてしまうのが私の常だった。
何時からだったかは覚えていない。
もっと沙保里の傍に居たい、傍に居てほしい、と強く思うようになったのは。
沙保里が居なくなってしまったら、何処かの男と一緒になってしまったら。
私はどうなってしまうのだろうか。
それこそ本当に孤独死しかねない。
限りなく独占欲に近いそれは、未だにずっと私の中で熱を持って疼いていて。
沙保里の声で、好き、と言われる度に、顔をもたげてくるのだ。
例えそれが、いつもの軽いノリでの発言だったとしても。
―両想いなのでは、と思ってしまうから。
でも、私のこの独占欲じみた、決して綺麗ではない感情を、伝える事は、出来そうもない。
その感情は、きっと沙保里を酷く困らせてしまうから。
それだけは……したくない。
だから、
「「好きだって、気付いてくれないかなぁ……」」
短編集「悲しい夢」 高山和義 @Kazuyoshi_taka
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