第18話 文章問題

そっと立ち止まる。


色々考えことをして、頭の中が一杯になってくると、私の足は自然と歩くことをやめる。

癖というか、身体が自然とそうなってしまうようで。


「ほら~、置いてくよ?」


彼女の声で、ふと意識が現実に戻される。

気づけば、また私は立ち止まっていた様で、一緒に歩いていた彼女とは幾何かの距離がある。


「ごめん」


考えていた何かを頭の片隅に追いやって、小走りで彼女に追いついた。



大きな窓から、オレンジ色の光が差し込んでいる。

私は、Dポップをつまみながら、宿題を消化していく作業に没頭していた。致し方なく。

向かいでは、アイスコーヒーをストローでちゅーと吸い上げる彼女がいる。手元には同じくDポップと宿題。

互いに一言も言葉を交わさない。夕方の騒がしい店内で、私達二人の間だけ静かな時間が流れていた。


わら半紙のプリントには、とある男女の恋模様が文字になって並んでいた。

どうやら少し前に放送していたドラマの原作小説らしい。

過去問とかだと小難しい話ばかりなのに、随分と今風な問題だ。先生の手作りなんだろうか。


恋愛なんてものは、私にとってインスタやFacebookの中にしか存在しないもの、という感覚だった。

同級生にも、カレシがどうだカノジョがどうだという話はよく聞く。


でも、私には恐らく関係の無いもモノ、感情。


人付き合いがあまり得意ではない。そんな私の目の前にいるのはいつも彼女。

女女では、恋愛は生まれない、と思う。

たぶんそんな気がしても、それは恋愛じゃない、たぶん。

さっき頭の隅に追いやったはずの考え事のせいで、プリントの上を歩いていたペンは立ち止まっていた。



宿題にある程度見切りが着いたところで、私達はミスドを出た。

夕焼けの名残もすっかりなくなって、辺りを照らすのは街灯ばかりになっていた。


家までの方向が同じなので、彼女はまだ隣にいる。

考え事はまだ頭の大部分を占めているが、いつもの様に立ち止まってはいけない、と考え事が私を駆り立てる。


「……ねぇ」


「ん?」


「……手」


「て?」


「…手、繋いでもいい?」


「んー、別にいいよ」


意外にもあっさりお許しが出てしまった。

彼女は、それまでと変わらず横を歩いている。


手を繋いでいいか、そんなことを口走ったくせに、なぜ行動に移すのは躊躇ってしまうのか。

生唾を飲み込むと、そっと彼女の手に向かって、自分の手を伸ばす。

立ち止まってはいけない。


今にも動かなくなりそうな足に負けじと、縋り付くように彼女の手を握った。


初めて握った彼女の手は、思ったより冷たくて、でも暖かくて。

そして、私の中の何かも、その握った手以上に、暖かく、熱くなっていく。

暖かい感情が溢れていく。


己から溢れ出てくる正体不明の感情はなんなのか、2文字以内で説明しなさい。

そんな問題にも答えられない。

私はまだ子供だ。

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