第14話 ねごと


「すごーい、ひろーい!」


部屋に入るなり、紗由は歓声を上げた。

10畳ほどの和室の真ん中に黒い座卓、一段下がった窓際には籐の椅子と机。

温泉旅館といえばこんなイメージだな、と思った。


大学2年の春休み、アルバイトで必死に貯めた財産全て―の一部―を使って、私達2人はとある温泉街に小旅行に来ていた。

宿に着く前に散々観光をして、夕方に到着した最寄り駅から送迎バスで走る事10分。

宿泊する宿は、想像より随分と大きい建物だった。

チェックインを済ませると、部屋までは付き添いつき。

何階まであるのだろうと数えたくなるほど高い吹き抜けのエントランスを通り抜け、客室に案内された。


付き添いがいなくなって、部屋に二人きりになる。


「――ということで」


「いきなり脱ぎ始めて何?」


「温泉巡りだー!」


「まだ荷物も広げてないよ!?」


紗由はもう、浴衣が用意されている場所を見つけて、大浴場に行く気満々という様子で着替えていた。


「―わかったから、少し待って。私準備してないから」


「はぁい」


紗由がまだかまだかとこちらを見ている前で浴衣に着替えるのは、少し恥ずかしかった。



紗由は、彼氏と作る気ないの?


う~ん、なーんも考えてないなぁ……。


質問しといてなんだけど、私も。


いや~でも、かえでみたいな人がいたら考えるなぁ……。



「凄く眠そうだし、もう寝たら?」


「うふ、だいじょうぶぅ……」


返答が心元なさすぎる。

紗由は大浴場に行ったまではいいが、部屋に戻る頃には眠い眠いを連呼し、後片付けもほどほどに布団にもぐりこんでしまった。

一人で起きていても仕方ないので、少し遅れて布団に入る。

自分でも言っているくらい眠いくせに、私が布団に入ると、今日の思い出話を始めた。


でも、微妙に呂律が回ってないように思えるし、所々謎の単語が飛び出す。

流石に寝ようと何度も言ってみるけれど、だいじょうぶぅ~、とかせっかくだからぁ~、という返事で聞く耳をもたない。

仕方ないので、紗由が寝るまでそのふわふわとした思い出話に付き合うことにした。



二人っきりの部屋の中で、大好きな人が目の前にいる。

私の拙い話に、うんうんと相槌を打ってくれている。

頭は随分と眠気に支配されているけれど、そんな今がたまらなく嬉しい。

今日は凄く楽しかったし、そんな楽しい日に隣にいてくれたのがかえででよかったと思う。

彼氏がどうこうという話題を振ったくせ、私はそんな気はさらさら無いのだ。

私にはかえでがいれば、それでいい。

やっぱり私は、かえでの事が


すき


意識の糸はそこで切れた。

ちゃんと伝わっただろうか。




「……す、き」


恋愛話の最後にそう言って、紗由は力尽きた様に寝てしまった。


「――そういう所だと思うんだよねぇ」


紗由が目の前にいる。

手を伸ばせば、触れられるくらい。

紗由は私の大切な友達だ。

友達なんだ、と心の中で呟くと、微かに胸が痛む。

紗由に振り回されて、めちゃくちゃになっても、でも離れられない、離れたくない。

この感情は、とある2文字しか当てはまらないようなものだ。

心の中で反芻すると、胸が熱くなる。


「……私も寝るか」


もう明かりをつけている理由もあるまい。枕元の明かりを消す。

深い闇に沈んだ部屋では、隣に寝ている彼女の姿も朧気になる。

幼い頃は誰しもが嫌いな時期があったであろうこの暗闇は、今の私には好都合だ。


誤魔化しきれないくらいに紅潮した顔を、紗由に見られないで済むから。


眠気が襲ってきてもなお、頬から熱が引き去る気配はない。

それでも段々と瞼が重くなってきて、視界が部屋の暗闇とは質の違う暗闇に落ちる。



また一つ、暖かい闇におちていく。


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