第13話 絆創膏とマーク

ただひたすら想っていた


所謂、「普通」のそれとは、大きく違うのは良くわかっている。

夏未と私は、友達。

仲の良い、友達。

ただ、


友達以上に彼女の領域に踏み入れたいと思ってしまっている私がいる。


彼女は、嫌がるだろうか。

彼女なら、どんな私でも受け入れてくれそうだ、というのは、私の都合の良い妄想だと思う。

もういっそ、私無しでは立ち上がれないくらい依存させてしまおうか、なんて。


堂々巡りにはまり、抜け出せない。


ああ、せめて。

私のものだ、っていう印をつけたい。



悦美―えっちゃん―には、いつも助けられてばかりだ。


注意力散漫で、ぼーっとする事が多い私は、転んだりして小さなケガをすることが多く、そのたびに彼女に助けられている。

私の身体には、大抵何処かに絆創膏が貼ってあると言っても過言ではないくらい。


この性格はどうにかならないものかなぁ、と思ったりもするけれど、直そうと気合が入るほど逆に失敗が多くなっていく。

いつかぱっと治ったりしないかなぁと、もう半ば諦めている。


そんな私に構ってくれるえっちゃんには、感謝してもし足りないくらいだし、もう本当に申し訳なさしかない。


本当に、いい友達だと、思っている。



教室に差す日の光は、もう随分とオレンジに染まっている。

残っているのは、もう私達だけになってしまった。


目の前には布の山と裁縫セット。

家庭科の課題が思いのほか多く、授業時間だけでは終わらないと判断した私達はこうして放課後の教室で黙々と針を動かしている。

不器用な自覚のある私は、進捗がお世辞にも良いとは言えず、こうして手伝いながら作業している。

私の手には、既に絆創膏が一枚貼られている。


「ねぇ、えっちゃん」


くっつけた机の斜め前に座っている彼女に声をかける。


「何?」


「ここどうするんだっけ……?」


「そこはね――」


ぐっと身体を近づけて、手をとって教えてくれる。

彼女の手は少しひんやりとしていて、何となく母親を思い浮かべる。


――手が冷たい人は、心が温かい人


いつかの漫画で読んだそんなフレーズが頭に浮かぶ。

えっちゃんはいつでも優しい。

失敗ばかりの私を、そっと手を取って、助けてくれて。


「ありがとう」


私に出来るのは、笑顔でそう言う事くらいだ。




「ありがとう」


彼女が私に向けてくる笑顔に、思わずどきっとする。

その笑顔が、私だけに向けられているものならどんなにいいか。


「……えっちゃんがいないと、私なんにもできないねぇ」


独り事の様に夏未が言う。

刹那、フラッシュバック


―私無しでは立ち上がれないくらい依存させてしまおうか


私の、隠しようもない本音。

もう、わかってしまった。この気持ちの正体が何なのか。


夏未は、私のものだ。



「―あのさ、まだこの箇所、やることあるんだ」


「何?」


少し嘘をつく。別に残っている手順などない。

さっきより、身体をぐっと夏未の方に寄せる。

夏未の吐息がかかりそうな距離になって、少し顔を下げる。

ではない。

顔を少し傾けて、夏未の首元に向かって距離を詰めた。


「んっ……」


温かい、人の体温を感じる。

今、唇の先に触れているそれは、小さく震えている。

少しだけ息を吸って、離す。


視界の大部分を占めた肌色が少し遠ざかる。

少し顔を離して、夏未の首元を見つめる。

首元に微かに残る、赤い内出血のような跡。


これは私がつけたものだ。


人差し指で、そうっと撫でると


「ひゃっ」


今度は可愛らしい声が頭の上から聞こえた。

不意に漏れたその可愛らしい声を、もっと聞きたくなって。

微かな跡に重ねるように、もう一度、そっと唇を寄せた。

首筋がぴくん、と小さく跳ねて、跡が少し大きくなる。


「……いじわる」


涙を孕んだ目で、彼女は拗ねたようにこちらを見た。

頬は微かに赤くなっている。


「――ごめんね」


彼女の顔を見ていて、何だかいたたまれなくなって、小さくそう言った。

その声が聞こえたのか、聞こえていないのか、わからない。

彼女は、ぱっと何かに気づいたように表情を変え、鞄を漁り始めた。

なんだろうか、少し焦っているようにも見える。

鞄の蓋を閉めた彼女の手に握られていたのは、一枚の絆創膏だった。


「貼って……」


震えが残る手で差し出されたそれを受け取る。

彼女が何を言いたいかは、何となく察しがついた。

微かに熱を持った、その跡を隠すように絆創膏を貼る。

少し大きくなったその跡は、小さな星模様に容易く隠れた。


その後、どうしたかはよく覚えていない。

現実なのか夢なのか、随分と曖昧になったような感覚がつきまとっている。


おそらく、そのままお開きとなったはずである。



ふわふわと現実感の無いまま、家に着いた。


自室の座椅子の背もたれを目いっぱい倒して、身体を投げ出す。

身体が落ち着くにつれて、先程の出来事がぼんやりと思い出されてきた。

私が、彼女に何をしたのか。


――今考えると、恥ずかしくて顔から火が出そう、もあるけど。

なんというか、申し訳ない。

あのあと、彼女が顔を真っ赤にさせながら

「貼って……」

と絆創膏を差し出してきた意味が、ようやく分かった。

そんな意味深な跡をつけたまま外を歩くなど、恥ずかしくて出来たものではないだろう。彼女もそれに気づいたはずだ。


でも、後悔はしていなかった。

彼女は、私のものだ。

刹那的な、その跡が、証明してくれる。



家に帰って、自室にひきこもる。

自分のテリトリーに帰ってきたと思った瞬間、足の力が抜けてへなへなと座り込む。

心臓の音がバクバクとやけにうるさい。

帰り道で、やっと平静を取り戻せたと思ったのに。


まさか、えっちゃんに、をされるとは思ってもみなかった。

しかも首筋に、である。


普通はそういうのって、男の人とするものじゃないだろうか……?

でも、同性でするものじゃない、という考えは頭の中にあるのだけれど。

気持ち悪い、とか、拒否感、嫌悪感、そういう考えなら感じて当然のマイナスの感情が、湧いてこない。

嫌じゃない。むしろもっと……?


あれ……?


心臓のバクバクは、収まるどころか、余計酷くなってくる。

絆創膏の跡にそっと手を当てると、微かに熱を帯びていた。

もう頭の中がえっちゃんの事でいっぱいになっている。

熱に浮かされたような頭で、絆創膏に触れていた指を、そっと自分の唇に寄せた。



首筋、喉へのキス。

それは、「欲求」の意だとか。

私がそれを嫌と思わなかったこと。

もっと求めてほしいとすら思ったこと。


彼女にはまだ黙っておこう。


私にも秘密くらいある。



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