第11話 らしくない

雨が降っていた

窓の外を見て、またか、とうんざりする。

当たり前と言えば、当たり前。

今は6月、梅雨真っ只中である。

雨の降らない日の方が珍しい。日の光なんて、もう随分と拝んでいないと思う。


なんせ、雨の日の登下校は大変なのだ。

田舎特有のバスの本数の少なさと、田舎に相応しくない全校生徒の多さ。

登校時の車内は、雨の湿度、汗の湿度、人口密度。最悪の一言に尽きる。

男子はだらしなくYシャツをはだけさせ、視線はそれとなく女子に向かい、女子は暑さを我慢してでもカーディガンを着て、それとなく視線に抵抗する。


私も、例にもれず学校指定のベージュの袖なしカーディガンを着て、バスの端っこでうずくまる様にして座っていた。


そんな車内で、一人だけ眩しい白を身にまとっている女子がいた。

同じクラスの加恋さんだった。

ショートで少し茶色がかった髪と、さばさばした性格が相まって、「かっこいい」といった形容詞がよく出てくる人。

蒸し暑くせまっ苦しい車内で、そこそこ豊満なそれをカーディガンで隠すこともせず、堂々とクラスメートと話していた。



鬱屈とした灰色の空とは反対に、彼女のブラウスは、まるで雲の切れ間から差した日の光の様に眩しかった。




この日は、昼過ぎまで曇りだった空が、急にぐずり始ていた。

下校時間には土砂降りとなり、鞄を雨避けにバス停まで走っていく人が多くいた。


私は、鞄の中に折り畳み傘が入っていたので安心して帰れる…と思って席を立ったが、運悪く担任に雑用を押し付けられてしまったので、それを横目に見ながら、プリントの束を運んでいる。


やがて雑用も終わり、手元のバス時刻表を見ると、下校時間に丁度いい便のバスはもう行ってしまった後だとわかった。

とはいえ、校内に居ても仕方ないと思い、傘を差してとりあえずバス停に向かった。


次は約30分後。小さな小屋みたいな待合所のベンチに座り、ひたすらにバスを待つ。

下校時間帯のピークからずれているせいか、他には誰もいなかった。



何分経っただろうか、雨脚の音に紛れて、ぱしゃぱしゃと足音が聞こえてきた。

やがて足音はぱたぱたと乾いた音になり、待合所の来訪者であることを知らせる。


「―どうも、詩織さん。バス行っちゃった?」


足音の主は、あの加恋さんだった。

そして、珍しく、一人。


「次は20分後」


「え、だって時刻表だと後1分で来るって――、なんだ、これ逆方面か」


単なる勘違いだったらしく、彼女は「まーじか」とごちて、隣のベンチに座る。


「こんな不意打ちな雨ってないよなぁ。びっちょびちょだよ」


隣からは、ぺちょぺちょと布の貼りつく音がしている。

流石に気の毒に思えてきて、ハンカチを貸そうと彼女の方を向いて、

――瞬時に視線を逸らした。

無防備にもうっすらと透けて見えたブラウスの下では、ピンク色にフリルやら刺繍やらがこれでもか、というくらい主張していた。

普段の彼女は想像も出来ない、イメージには模様だった。


「…見たなぁ?」


「いや、何も、見てない、から」


何も見てない、というのは、既に見てしまった人しか言えない台詞であって、彼女もそれを察したようだ。


「いやぁ……、別にどうってことは無いんだけどさぁ……」


責めるようなそれとはちょっと違う、なんだか萎らしい口調で加恋は言った。


「……こんなの、アタシには似合わないよな?」


思わず、逸らした視線が戻ってしまったその先。

透けたブラウスを胸元でつまみながら、少し俯いた頬はほのかに上気している。

そんな彼女―加恋―が、なんだかとても思えて。


お似合いですね

と、心から思った。



「―そんなことないよ」


「え?」


思わず零れた独り言を拾われて焦る。


「ううん、なんでもない。でも―」


「でも?」


「胸元がスッケスケなのはどうにかした方がいいと思うよ。――ほら、せめて今日の帰り位はこれで対策して」


そう言って、自分のカーディガンと傘を押し付けた。


「え、でも」


「私は予備の傘があるから大丈夫。それに、とこ見られたら困るでしょう?」


押し付けられた諸々を持ったまま、加恋はぽかんとした表情でこちらを見ていた。

そして、


「……ありがと」


そう言って、微かにはにかんだ加恋は、やっぱり可憐な少女で。

そう、同性の私が、恋に落ちてしまいそうなくらい。


だから敢えて、らしくない、と言った。

加恋のそんな一面は、私が独占したくなってしまったから。

こんな加恋を見たら、きっと悪い虫がいっぱいつくと思う。

だから、

それはあなたのための嘘


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