第10話 実験ゲーム
変わらないものが欲しかった
ぐらっぐらな、私の人生の中で。
全ての物事がめまぐるしく変わっていく。
住所も、家も、自分の部屋も、通学路も、学校も、クラスも、先生も、友達も。
全ては転勤族の親のせい。
せっかく良い感じになった人間関係も、親の一声で、はい、終わり。
いつでも連絡してね。今までのみんなはそう言ってくれたけど、その後、誰一人として連絡をくれた人などいない。
もう、色々と諦めていた。
そして、何度目か分からない転校。
見慣れない教壇に立った私は、中学3年生になっていた。
*
惹きつけられた。
一言で言い表すなら、そう。
年齢に不相応な哀愁を纏った転校生は、私には格好よく、そして寂しげに映った。
彼女は、低いトーンの声で自己紹介を終えると、気怠そうに席についた。
彼女の、お近づきになりたい。
この時は、まだその程度にしか思ってなかった。
*
「ねえ」
「……私?」
自分が声をかけられる事を想定してなかったかのような反応だ。
「お昼、一緒に食べに行かない?」
彼女の声は面倒くさそうなトーンだったが、その顔は、面倒くさそうというより、驚いているように見えた。
「……いいよ」
でも、一応OKはしてくれた。
*
人間関係は、最悪構築しなくてもいいと思っていた。
どうせこの学校にもせいぜい通って1年間だろう。それなら没交流でも実害は出ないと思った。
だが、そんな矢先に彼女が現れた。
初日の転校生をいきなり昼ご飯に誘えるとは、いったいどんな図太い神経をしているのだろうか。
彼女についていくがまま向かったのは、学校の屋上。
パン派の私と弁当派の彼女、会話の内容は転校生あるあるで、もう慣れたものだった。
ただ、
「好きな人とか、いるの」
「いそうに見える?」
「雰囲気的に、モテてはいそう」
「ふーん」
好きな人はいるか。
そんな質問は初めてだった。
ころころ転校している私に、特定のお付き合いしている男性がいると思ったのか。
どんだけの恋愛強者だ、としか思わなかった。
*
その翌日、またもや彼女に誘われた。
面倒臭さはあるが、断る理由もない。
まだ大して交流の無い相手とは言え、面倒臭いで断るのは失礼だと思った。
微妙に発展しない会話。大半は会話する気の無い私が原因なのは分かってる。
それはいつもの事だ。
ただ、今日は私の中に一つの企みがあった。
これを受けてまで、私と仲良くしたいのか、試してみようと思った。
環境が変われば、良い事も嫌な事もリセットされる。実験には都合がいい。
「ねぇ」
「何?」
「あなたは、どうして私みたいなのに構ってくれるの?」
「どうして、って」
「どうして?」
「……それ、言わなきゃダメですか?」
「ダメなやつ。言わないならキスしちゃう」
「――っ!」
「実はね、私レズなんだ。そんなのに態々絡みたいなんて、よっぽどの理由があるのかもってね」
「そんなの知らなッ…!」
「さあどーする?そのどーしても言えない何かを言うか、私にキスされるか」
流石にレズというアブノーマルにここまで絡まれたら引き下がらざるを得ないだろう、という、ちょっとしたお遊びのつもりだった。
「ほらほら~」
「――!」
座ったまま壁に手をつき、距離を詰める。
彼女は、今恐らく人生で一番赤面してる。
あくまで、おふざけ、実験。
本当にする気は毛頭無いので、距離の詰めるのはゆっくり。当たらないように。
「――本当にしちゃうよ?」
彼女との距離が拳一つぶんくらいになったところで、トーンを変えて最後通告の様に言う。
彼女は、ぎゅっと目を瞑ったまま、まだ全力で赤面してる。
「―――もなれ」
「ん、聞こえな―」
コツッ
硬いものが当たった音。
自分の感覚に割り込んでくる他人の温度。
押しつぶされたような、微かな痛み。
焦点が合わない彼女の顔。
勢いあまって、衝突のようなキスを「された」と気づくまで、少し時間がかかった。
状況の整理がつかずフリーズしている私の横をすり抜けるように、彼女は走り去っていった。
実験は……、大失敗だ。
昨日に戻りたかった。
*
翌日、何事も無かったかの様に、彼女に昼食に誘われた。
彼女の表情変わらない、昨日の事なんてなかったかの様に。
しばらく無言の時間が続いて、彼女がふと口を開いた。
「ねえ、あなたは、その……、レズなの……?」
身も蓋も無い言い方をしてくれる。
とはいえ、それを言ったのは昨日の私なのだ。
「えと……」
あそこまで迫っておいて今更嘘でした残念~、と逃げるのも苦しい。
「昨日はごめんなさい……、でも我慢できなくて……」
あの時の赤面は、無条件な恥ずかしさから来るものではなく、好意からくるそれだったというのか。
彼女の赤面は今日も目の前にある。しかも、その意味は私が想像するそれとは違うという事がわかってしまっている。
多分、私が何を言おうが、変わることは無い。彼女の意思。
そして
「レズは……嫌いですか……?」
その言葉を聞いた時、私の中の何かが、ぱちんと弾けた。
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