五
「おまじない?」
問い返すと、山木は曖昧に頷いた後小さく首を横に振り身を乗り出した。憚るように一層小さな声で言う。
「昔からよくあるでしょ?こっくりさんとかエンジェルさんとか…妖精が答えてくれます、って感じの占い」
ちょっと驚いたが、とりあえず頷いた。もちろん、知らないわけではない。あと、恐らくその場合は妖精ではなくて心霊とか低級霊とかではないかとも思ったが、それも黙っておいた。
何にせよ、この局面で聞くとは思わなかった単語だ。
「事代くんに言うとなんだか子供っぽいってバカにされそうだけど、結構流行ってたの。去年の冬くらいからかな?」
いつの時代も占いなんてものは廃れないものなのだろうか。まあインターネットに占星術サイトなんてあるのもザラなわけで、絶滅したとも思えない。
煌は気を取り直して問い返す。
「それは、一般に言う様な”こっくりさん”なのか?」
あまり知識はないが確か、五十音と"はい・いいえ"、鳥居を書いた紙を使うのだったか。すると、山木は首を横に振り、もう少し声を落とした。額同志がくっつくほど近づいて、小声で囁いてくる。
「SNSで、やり方が回ってたらしいんだ」
目を見開く。携帯を使って、ということだろうか?ちょっと興味が湧く。何故なら、そういう伝播の仕方なら…。
「それなら発信者が判るんじゃないのか?」
「それが……。おまじないを広めたら効果が高まるって噂だったから、みんな同じ内容を投稿してて。古い日付を探そうにも、放置とか退会ユーザーが殆どで…」
「なるほど」
煌は考えこむ。ユーザー数がそれなりに居るSNSなら、確かにそのログのすべてを追えそうにはない。そもそもそんなことで判明するなら警察がすでに調べているだろう。
何にせよ、ひとまずは保留にしておこう。小さく頷くと、山木はそれで、と続けた。
「ピークは、多分、年始位だったと思うんだけど」
彼女は言葉を切る。その言い方だと、今は下火なのだろうか。黙って言葉を待つ。
「あの事件、あったでしょ?失踪が騒がれだした」
「!京都のあれか」
山木はこっくりと頷く。失踪事件が始まったのは丁度、一年と少し前だ。と言っても、当時は誰もそんなことが起きていると思ってはいなかった。京都の事件、と言うのが連続失踪事件が起きている事が発覚したはじめだった。
確か、去年の十一月だったと思う。修学旅行で京都に居た高校二年生女子のうち、七名が失踪。内一名は二人部屋から忽然と一人、姿を消した。荷物はそのまま。抵抗した様子もなく、全員がまるで今までそこで寝ていたかのように、寝間着と下着を残して消えている。一晩で学校中がパニックになったそうだ。
「残った子が言ってたの。全員、イズホさまにご神託?っていうの?占ってもらっていて、居なくなる前、体に手形みたいな痣が出てたって」
「…その痣と、まじないに本当に関係があるのか?」
俄かには信じがたい。だってネットのお遊びみたいな占いなのだろう?明らかに疑っているからか、山木はちょっと困ったように言葉を足してくる。
「イズホさまって悪魔とのやり取りだから魂とられるって言われてて…」
「それも噂だろ?」
全部伝聞の話なんて根拠がないに等しい。そう思ったが、山木は意外にも首を横に振った。
「ううん。悪魔との取引だって広めたのは、この学校の占い研究部?かなんかの先輩。…この学校で被害が出なかったの、たぶんその人のおかげだったんじゃないかって噂だよ」
そんな馬鹿な。
煌の表情を見て取ったのだろう、山木は妙に神妙な顔で呟いた。
「信じられないと思うけど、この学校、ほんとに当たる占い師が居るんだよ」
◇
山木の話は飛躍も多く、正直信じがたい話が多かった。それについては本人も自覚があったようで、全部話し終わった後で「馬鹿馬鹿しい話だよね…ちょっと落ち着いた」なんて言っていたから、少しは冷静になれたのだろう。
ただ。
何となくキナくささは感じる話だった。何より、その話の大筋が事実だと捉えたら、自分の身も危うい。
ニュースなどで得て知っている話を含め、筋道を立てて整理する為、図書館に寄った。申請さえすれば、何台かのパソコンでインターネットに接続できる。ざっと事件の流れを確認して帰った。
最初の失踪は昨年、九月上旬。クラスでも目立つ部類の女子生徒一名が忽然と姿を消した。尤も、この事件だけ他の失踪事件と趣が違うため、関連がないとする向きもある。
十月初旬、三人の女子生徒が其々二日ほどの期間をおいて姿を消した。この時も家出だという扱いで話は大きくならなかった。
事件が取りざたされる様になったのは十一月の事件からだ。修学旅行中の生徒が着ていた服を残して忽然と姿を消した。生徒が家から持ち出した衣類が全て室内にあった事、宿泊施設にはもちろん防犯カメラが設えられており、そこに何も映っていなかったことなどから、正に消失劇と言わざるを得ない状況だった。そのせいか、連日全国ニュースのトップで扱われた。それもそうか。全裸の集団が家出するとも思えない。世間一般の興味を引くのも当然だ。
事件発覚が丁度この街に来て直ぐのことで、遡れば九月から市内の学生が立て続けに消えている事から、不安に思ったのを思い出した。尤もその時点までで消えているのは全員女子生徒だったため身に迫ったものという感覚はあまりなかったのだけども。
ともあれ、十一月の集団失踪を機に、市内で異常なペースで失踪する十代といった形で取り沙汰されるようになり、勿論
ある者は深夜の自室から。
ある者は入浴したはずの浴室から。
ある者は学習塾から歩道の反対側に止まった車に向かう間に。
ある者は昼食をとった後の女子トイレで。
何れも衣服を残して、消え去った。
そしてその事件と丁度同時期に、密かに流行っていたというのが件の占いだ。山木はおまじない、と表現したが、話を聞く限りそれは占いだった。
山木が初めて噂を聞いたのは、篠井からだったそうだ。件の京都の事件の噂話だったから、恐らく十一月下旬だったという。
曰く、居なくなった子たちはイズホ様をやってたらしい、と聞いたのが最初だったそうだ。山木の説明によると、イズホ様というのはどうやらインターネット上にある占いコンテンツらしい。
詳しく聞いたところ、ぱっと思いつくような所謂コックリさんとは違う様だ。SNS上でURLが宣伝されているというが、どうも、システム的にユーザーを選別しているようだと山木は言った。
アクセスすると、真っ白な画面の真ん中に細い黒の線で、縦八ミリ横五センチほどの枠と小さなボタンが表示される。そこにフルネームを入力するという。
その後、画面が遷移すれば成功。だがしないことも多く、ネット上ではそもそも繋がるというのが都市伝説扱いされているらしい。
だが、山木の周りでは、繋がったとする人間が複数いたという。彼女は篠井と共に中学の頃からバスケ部に所属していて、他校にもやり取りのある友人がいた。
そしてそのうちの、主に他校の生徒から「繋がった」という話を聞いたらしい。今は失踪者リストに載っているものも複数名居るらしいが、そんな彼女たちは消える直前、一様に言った。
『体に、人の手の形みたいな痣が出て…怖い夢ばかり見るの』
そして最後に消えたのは、篠井だった。
「あの子、家庭環境の事でずっと悩んでて。それで、丁度京都の失踪事件が起きる直前にアクセスしちゃったらしいの。噂だと、絶対にはずれないって話だったし、まさか危ないものだなんて思ってなかったみたいで」
そもそも、占いサイトが現実に起きた失踪に関係しているって話自体、まだ信じるには至っていない。そんなことはありえない、というのがその時胸を占めていた思いだったが、山木には黙って続きを促した。
篠井の話を聞く限りだと、表示されたのはチャットのような画面で、相談に答える相手が画面の向こうにいたのだろう、と山木は言った。
「個人情報とか、インターネットからわかっちゃうのかな?葉月は名前と、ぼかした家族構成以外は住んでるところも何も聞かれなかったし書かなかったって言ってたけど…」
残念ながら、煌には判らない。首を横に振りつつも、
「書いていないことは恐らく、精々住んでる大まかな地域位しかわからないんじゃないか」
そう無難に答えると、山木は「そうだよね」と小さく呟いた。
少し考え込んだ彼女は、その後驚くような事実を告げた。思い返してもゾクリ、と肌が泡立つ。
「相手に予言されたんだって。三月になったら、母親は家を出ていく。居場所を知りたければ、その頃またアクセスしろって」
思わせぶりな台詞だ。篠井は勿論信じてはおらず、それでも心に留め置いた。そして三月のある朝。
母親は消えた。
「もう、その頃には何人もいなくなってたから、絶対にアクセスするなって言ってたんだ…。でも、我慢できなかったみたい。あの子…」
言いかけた彼女はついにというべきか、声を詰まらせた。眉間に力を入れて堪えているのが判るが、煌にはどうしてやることもできない。ハンカチを差し出すと、彼女は片手でそれを制して、指で眦を拭った。
「…”痣が出来たから、私消えちゃうみたい”って」
山木はそれからすぐに、ごめんね、と言い置いてくるりと背を向けた。落ち着くまでどこかに篭るつもりなのだろう。居た堪らないとそう思ったが、どうしてやることもできなかった。
脳裏を過ぎるのは真秀だったが、真正面から聞いたところではぐらかされるのが落ちではないだろうか。この状況で普通に隣の席に座っているのが恐ろしい。丸一日上の空で授業を聞きながら考えて、結局思いついたのは、話に出てきた占い師だった。
学内に居るというし、警告をしていたということは何かを知っている可能性がある。そんな単純な考えだったが、致し方ない。
部屋着にしているジャージの裾を引っ張り上げてみると、そこにはどす黒い青痣がある。
どう見ても、人の手のカタチのように見えた。
もし、本当だったら。
思っただけで、全身の毛穴から冷たい汗が噴き出してくる。死んでしまっても、悲しむ人間は居ない。けれど、だからと言って死ぬのが怖くないわけがない。
しかも真っ当な死に方ではなさそうだ。
消えた少女たちは、どこに連れ去られたというのだろうか。
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