7月4日 シリウス、おおいぬ座のエネルギーをコールイン


 案外早くに、びいが予定通り死ぬかもしれない、いよいよかもしれないと俺が感じて、医者に行くようしつこく説得した。もちろんびいのお母さんも。


 びいは部長が「死ぬより痛いやつなんじゃない?」と言ったセリフに心を動かされたらしく、これ以上痛いのは無理だから医者に行く、とは言った。


 でもその前に、偶然に出会った星魔術、シリウスのエネルギーをびいは使うことにしたらしかった。


 俺達はそもそもシリウスの出身だから、もしかして、という想いはあった。リラやプレアデスでなく。他にもそういや、シリウス出身の奴に会ったことある。2006年くらいに、沖縄の宮古島だったな。その子は記憶をかなり残してて驚いた。俺達に具体的な記憶はない。ただ、エネルギーの感じが良くわかる、わからない、そういうレベル。たいして何かがわかるわけじゃない。何となくそう思う、その程度だった。


 びいがコールインします、と宣言するように、すーっと両手を広げて持ち上げた。何の儀式の準備もない、突然のことで、台所。


 後でびいに聞いたら、その直後、トイレに駆け込んだらしい。今まで見たこともないようなカビ臭いようなものが身体からたくさん出たらしかった。


 ……カビ臭い?


 それはマズい。まさか癌か?身体のどこかに癌ができてるとかか?


 以後かなり、状態は良くなったようだったが、それも、死にそう、が、死にそうではないけど、痛い、重苦しい、というような変化のようだった。まあ、死にそうでないなら、良かったじゃん。


 星の魔術の先生は、とてもあっさりしてて、まあ、超多忙だろうから、また調子悪くなったら言ってください、とのことだった。それにしても、遠隔ヒーリングを売りにしているわけじゃないのに、すごいね。たまたま、びいの波長と合ったんだろうか? 具体的に何か出たとか、それはすごい、と正直思う。こういうのって、大体はインチキくさいはずだから。まあ、遠隔ヒーリングの仕組みはよくわかってる俺達でも、ここまで明らかな成果を見たというのは珍しかった。単なる偶然というには、出てきたものが特殊すぎる。そもそも、カビ臭い便なんて、普通は遭遇しない。一体どういうことなのか、俺も気になったが、修行が足りないから、だいたいのことしかわからない。


 俺は気をつけてびいの顔色を見ていたが、良くなったり悪くなったりだな。ただ「無理、救急車、死ぬ……」と言うほど、今は悪くはなさそうだから、できるだけ普通の生活をさせていた。


 身体にできるだけ良いものを食べ、よく寝て、運動もして、というの以外にできることがない。それから、お金の話はご法度のようだった。びいが調子悪くなるのは決まって、お金がないという話が、母親から出てきた時だったからな。


 いろんなことが限界にあった。稼げないのに、出ていく金額が尋常じゃない。フランスにいた時と、今の日本ではもう状況が違うのだから、と言っても、もう直ぐ死ぬかもしれないという人にびいのお母さんが言う「節約」という言葉は響かなかった。もう仕方がないから、どうにか実家にパラサイトした。バイトも単発の、しかも半年に一度程度しか仕事がない状態で、まともには体力的に到底働けそうもない。限界が来て、俺の提案も全く却下ばかりされるから、俺自身、正直、見捨てたわけじゃないが、びいと少し距離を置いていた。俺がいると、むしろびいの周りでトラブルになることもあったし。


 言えば言うほど逆効果、それよりも俺自身は、別のことに時間を使いたかった。なので、まあ、死なない程度に頑張れと、食事のことだけをたまにアドバイスした。それから、医者にもちゃんと行ってもらい、とりあえず、エコーの検査を受けさせ、今は十二指腸潰瘍の薬を飲んでいる。まあ、自戒し、節制してもらうしかない。


 びいは男関係が鬼門だよね。何だか報われないというのと、男が近づくとろくなことがない。びい自身は真面目なはずが、何故そうなるのか、わからなかった。まあ、男が女に近づく理由って、考えたら、そりゃあわかるが。そうなると、俺のことも邪魔になり、トラブルになるよね。


 びいは案外見かけに寄らず身持ちが固く、男に言い寄られては、付き合うわけにはいかない、と、ショックを受けていた。そもそも、まだ離婚成立していない。好きな人ができても、迫られても困るという状況にいた。賞味期限はとっくに切れていても、まだ綺麗ということか。それにしても苦しみ過ぎているから、良くないな。言葉にははっきりしないが、もう死にたいと考えてるんだろうというのが伝わってくる。それにしても、相手の男の方もショックだろうよ。行けると思って近づいて、フラれるのだからな。びいにはそんなつもりはないのだろうが、結局は拒絶と同じなのだから。男達も幼いのだろう。イソップの酸っぱいブドウのようになっていた。


 以前に、泣いて泣いてしていた時よりは、静かになったが、俺には今の方が、不気味な静けさに感じる。静かな絶望というのは、降り積もった白い雪が突然気づかぬうちに、家を押しつぶすみたいな極端な事を起こし、そこで終わる、みたいな怖さ。


 びいは眠る時間も減っていたんだが、食後、突然、眠ってしまったりするんだよな。それも不気味だった。自分にできることというのはほとんどない今の状態で、ただ、飯食えとか、寝ろとか、たまにそれくらいしか、言えなかった。恐ろしいことに、短期記憶が消える。それは前から始まってはいたが、歯医者の村松先生の息子さんに治療ついでに相談したら、最近、脳の検査はしましたか、と。ここ3年していないはずだ。だが、今のびいに医者に行けと言い過ぎても無駄だ。もう少し、状態が良くなるのを待つしかないと感じた。今すぐ死にそうな痛みは避けたんだから、まだましな方だと思うしかなかった。





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