8月3日 美形の二人とワクチンの秘密

※最初に。冒頭から何度も書いていますが、設定を借りているため、実在の人物・団体とは関係ありません。 

〜〜

 このキーワード、俺は書きたくなかった。びいが王子くんに久々に連絡したのは、剣術の先生は王子くんを彷彿とさせる、いや逆だな、とにかく美形だったからだ。


 先に書いたが、黒髪の美形。目元が涼しく、一瞬にして飛んできたBB弾を斬ってしまうギネス記録を打ち立てるような人だから。びいも俺も、BB弾を斬ってしまうような動体視力、身体能力について、感嘆した以上にそこまでの体術、生き残るための剣の技術を人間が体得できることに感動していた。野球のボールをバッターがホームランするのとは違う。


 びいは言わなかったが、何から何までが理想的な侍だった。超絶美形で軟弱でなく、硬派で、身体の使い方についてプロ。俺がふざけて「あそこまで美形だと、お前が知る中で最もカッコいいんじゃない?これでお前も、稽古嫌がらず、頑張るでしょ」と言うと、びいはキッと睨み「変なこと言わないで」と言った。


 合気道は行きたくない、と泣くことがあった。特に、若い男の人と組むのは嫌だ、と。おじいちゃんなら、いいらしい。何でだよ、と聞くと「恥ずかしいから嫌」と言った。


 本当に嫌ならしくて、泣き出しそうに尻込みしたことがあった。今日は絶対嫌、みたいな日があるらしい。

 「セーリとか?」

 びいは俺の背中をバンと叩いた。

 「暴力反対」


 俺は笑った。お前、案外チカラ強いんだよ。いてーよ。

 剣術も行きたくないなんていうことがあると困る。


 長いこと、王子くんには連絡してなかった。この話書いたっけ?東京でびいが、泣きながら戦記の人の名前呼んじゃったんだよ。それが原因で気まずくなった。


 王子くんも硬派だから「その、何処の馬の骨かわかんないやつの話するなら、僕はびいに会わないよ」と約束させられていたのにもかかわらず。


 びいもバカだよ。王子くんの言う通りなのに。

「僕はびいのこと、長く知ってる。ずっと知ってる。そんなぽっと出の、わけわかんないやつのこと、びいのこと大事にしてくれるか、わかんないようなやつ」


 王子くんはそう言った。そうそう、もっと言ってやってくれよ。


 だが、俺と同じく、王子くんもびいの説得に失敗していた。頭おかしいから、びいは。


 まあそれで、その後、もうほぼ2年近くなるんじゃない? 1年半か。連絡してなかった。びいは王子くんに顔向けできないと言って。王子くんはその間も、バーゼルやフロリダ、フィリピンや上海のアートフェアに実力で進出してる。


 王子くんが言ってたが「そんなこと言うならな、僕だって入院して、絶食して、死ぬ気でやってる。そんな口先ばっかりで死ぬ死ぬ言って、机の上でやってるやつとは違う。女にそんなこと言うやつ、弱音吐くやつ、そもそも何なんだ、そいつは」。


 俺はスタンディングオベーションしたくなったが、まさにその通りだった。あ、えーと、ごめん、本音書いちゃった。またびいにこっぴどく怒られる。勝手にいろいろ、あることないこと、イメージダウンになるようなこと、書かないでよ!!と。


 いやお前、わかってるんだけどさ……お前がしつこく、失恋引きずるからだよ。わたしのことは忘れてください、と戦記の人、言ってたじゃないか。男にそこまで言わせるお前、ダメだよ。お前、自分の魅力が足りてない。最盛期のお前ならともかく、今、ズタボロだから、箸にも棒にもかからないよ。死んだ地縛霊みたいだし。


 しまった、俺はびいを悲しませるつもりはなかったが、口が滑った。俺もびいの世話が大変すぎて、もはや、早くこの役を降りたかった。元気になってくれさえしたら、俺も自分のことができる。びいが自殺しないか、そっと見守る日々って、俺ももう疲れてきちゃってさ。


 まあ、今回の剣術が、これで立ち直りのきっかけになっていってくれたら。


 そう、ワクチンの秘密のこと書くの忘れてたわけじゃない。


 王子くんに連絡したびいは、携帯メールだったんだけど、「久しぶり、元気?ワクチン打った?」と書いた。


 しばらくして「今仕事中。打ってないよ」と入ってきた。「良かった。後でメールするね」びいは気を遣って、王子くんの仕事終わりまで待ってから、返事した。


 夜、再び短いメッセージした返事は「打たないよ。そんな事より、僕に連絡するとびいのママに叱られるよ」と返ってきた。繊細な王子くんは、びいが東京の王子くんを訪ねたことについて、びいのお母さんに怒られたと思っていたらしい。


「なんで?びいのママは王子くんのファンだから、怒るわけないよ」びいは返事した。が、びいは忘れていた。びいのお母さんは過度の心配性で「外泊」すごく嫌がること。えーとさあ、海外に住んでるんだよ? 外泊嫌がるも何もないだろ。だが、びいのお母さんはとにかくこういう感じだから息苦しい。I先生がふざけて「そんな過保護な。早くくたばってもらって、自由になりなさい」と言ってたが。まあ、びいの不調はこんなに息苦しい日本に住まねばならないという不調であることは火を見るよりも明らかだった。


びいは続けてメールした。


「打っちゃダメだよ、10年前に聞いたのと同じ状況になっていっててすごく驚いてる」


王子くんは「びい、そんなこと、家族以外の誰にも言っちゃダメだ」と返してきて、それきりになった。




 



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