8月3日 剣術の道場を訪ねる

 7月から一ヶ月以上空いた。決して暇にしていたわけでなく。7月の頭から実は新しい道場にも通ってはいた。道場の稽古場にアポイントも取らずにいきなり行こうとしたのはびいだ。それは異常な感じだった。


 剣術の道場だったが、輝くような夜景にまるでタワーのようなテレビ電波塔が見える小高い丘にあった。びいは突然に、行かなくちゃならない気がする、と。


 ギラリギラリ、振り下ろす刀の音が、ヒュン、ヒュン、と聞こえた。滅多なことに気後れしない俺も、あまりのさっきにヤバそうな気がした。


 びいは道場の外から、ちらりと眺めたきり、真っ暗な入り口で身を潜めて立ち続けた。さらしゃらと、七夕の短冊と飾りの音が、まるで夢の入り口のようにたなびいた。3本くらいの大きな笹が風になびき、色とりどりの短冊がヒラヒラと舞う。


 真っ暗な中で、息をひそめる俺達は道場破りに来て、暗殺機会をうかがっているようで、彫像のように身じろぎもせず、中の様子を伺っていた。


 聞き覚えのある声が聞こえていた。実は中で教えていた創設者の剣士の先生は一時帰国した時、テレビ出演されていた。たまたま目にして、すごいとは思っていたが、まさか通える場所に道場があったとは。


 そのことを偶然知ったびいは、ほぼなんの準備もなく、突然動いた。お前、本当、いきなりだよな。


 家にいつもじっとしているかに見えて、アメリカに渡った時も、突然だった。二週間でビザを取り。自分のしたいことにだけ、行動力がめちゃくちゃにある。俺は半ば呆れながら、どうすんの、という気持ちで暗闇にじっと直立不動の姿勢で立っているびいを見つめていた。


 こんなに暗い中、稽古を見学するでもなく、ただ息を潜め、中を伺ってる状態は、下手したら偵察や盗み聞きと思われる。びいはこのまま帰り、出直そうかと逡巡したようだった。そもそも、訪ねた住所に道場はなく、慌てて上を見上げてみたら、それらしい明かりが見えたのだ。あてずっぽうにぐるりと坂を登り住宅街に入ると、付近を掃除している年配の男性がいて、やっとここがそうだと知った。


 ものすごく集中した張り詰めた空気の稽古に割って入るなど、覗くことさえ到底できずに、40分くらい真っ暗ななか、耳をそばだて立っていたが、突然に休憩の声が聞こえ、袴姿の先生が、入り口に顔を出した。

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