パリにひろゆきさんがいる

 身の振り方をどうしよう、俺はしばらくずっとそのことを考えていた。Bと寄りを戻してくれたら、そのタイミングで俺も、元の世界に帰りたい。もう本当にびいのお守りは疲れた。Bさえもうちょっとびいに目を向けてくれたら。


 俺の世界、一体どうなってるのかは知らないが、人と出会わないことには、何も始まらないと学びつつあった。


 3Mというらしいが、「Make」,「Meet」と何だっけ?人生をより良いように変える行為。何かを作る、人に会う、もう一つはどうしても思い出せなかった。


 パリにいた時は、何とでもなったが……ここは日本だからな。


 できたら、好きな時にパリに住んで、好きな時に日本に住めるのがベストだと考えていた。案外、移動するのは難しくて面倒だが、正直、あの屋敷はどうでもよくなっていたものの、ひろゆきさんがパリにいることについて、面白いと感じていたから。


 実は昨年の夏のホリエモンの企業イベントに顔を出したいな、とチラシを見ていて、グループ展の忙しさですっかり忘れていたのだった。そう、あのイベントに行ってたら、もしかしてひろゆきさんもゲストで来ていたのかもしれない。


 俺は個人的なことを一切知らないが、「2ちゃん」をつくったというだけで、面白いとずっと思っていた。今は「5ちゃん」。俺は実はロム専で、書き込むことは一切しなかった。実は俺、いつもこんなふうに話していても、ネットにさほど詳しくない。この人たちほどは。実は「自由に生きるを体現している」という一点についてのみ、ひろゆきさんに興味があった。


 リトアニアのビザで、ヨーロッパに住むことを実現してるのか。投資家のビザかな。


 つまらない闘争と距離を置いてるのも面白いと感じていた。不毛な言い争い合戦の掲示板管理者。もちろん今は歴史となったが、「必死に生きる」ことばかりが価値があるわけじゃない。「アウトサイダー」・「アナーキスト」として、自問自答の不毛の鬱に陥らない、孤独の中に死にそうにならないというのは、学ぶことが多い。金の奴隷にもなってないし。


 裁判で負け、差し押さえをしようとひろゆきさんちに行ったが、差し押さえできる資産が見えるところに何もなかったというのも笑える。何事にもとらわれないというのが。びいにはあまり読ませたくないのは、ぶっちゃけが多すぎるから。びいのお母さんも言ってたが、びいにあまり男の裏側を知らせるのは良くない。ただでさえ、男をある種「信用できない」と思ってる節があるから。


 女性の前では「紳士」でいるのが実のところ基本。でも俺が話してると、びいがひっそり聞いてることもあり、結構、慌てる。そういう意味で不便が大きい。びいはひろゆきさんに会わない方がいいと思う。男同士の普段の会話なんて聞かない方がいいよ。結構、身も蓋もない。


 ひろゆきさんがいると聞いたので、俺の中で「パリもまだ面白いかもしれない」という気持ちが戻ってきていた。ファッションとか芸術文化とか、そういう何だろう、スノッブさを崇めるみたいな、そんなの糞食らえと思いながら住んでたから。


 パリならアメリカにいた時のように身の危険に一瞬一瞬、そこまで気をつけなくていいし。本当は平野さんがいた時とかでも、出会いがあれば面白かったが、案外と出会わない。


 どの人とも面識はない。でもすごいね、ネットは。身近に感じる。


 その日本のアマチュアの会のアーティストの話に戻るが、俺はあんまり会うのはポジティブじゃなかった。というのも、これくらいの年代の人と俺が会うと、妙な感じになって照れくさいから。話してるのはびいでない、俺だとバラす前に「会いましょう!」という話になったんだが、断った。それで断る口実として、実は俺はびいじゃないから、と言うしかなかった。


 俺、この間もそうだけど、もうびいの友人と会うのは断ろうと考えていた。でないと、いろいろややこしくなりすぎる。


 そんなことは意外だったが、まさかと思うが、俺は年上に弱いんだろうか。年が上過ぎるぞ。


 びいの身体を使っているのに、妙な雰囲気になっても気まずい。何よりびいが「何考えてるの、岬くん!!」と激怒するからな。


 遥ちゃんはびいのこと知らないが、それでも俺が遥ちゃんと出会って、まずい空気になりかけた時、びいが「頼むからこれ以上ややこしい事態にしないで……」と言っていた。俺も確かに、遥ちゃんと一緒に住んだら、まずいなとは思った。でも、ピアノをもうちょっとで調達してしまうところだった。


 遥ちゃんって俺のこと、「実はちょうどいい」と思ったらしかったからな。


 結婚前の女だから、一緒に住むのが男だとお嫁にいけなくなる、同居人が女なら助かる、ということらしかった。いやはや。


「岬さん、これでメイクして、女の人の格好をしていたらすごい美人さんと思います……わたしにはわかる、美人って、骨格から違うんです……普通のメイクしたところ見てみたいなあ……」


 俺はその時、思いました。


「あれ……もしかしてこの子、レズなの?」と。


びいが「やめてやめてやめて!!ありえない、自分はノーマル、女の子と何かあったとか、岬くんそれ、本当に困るから!!」と。


 いやはや。ややこしいことにならずにすんで助かった。


 で、俺にとって何にもいいことがないので、さっさと自分の世界に帰りたいな、と。もはやこの世界でびいの身体を使って、自分個人として他の人と関わるとか、ほぼ興味がなかった。ややこしすぎる。相手は俺の中身を見てくれてるのかと思ったら「ビアン」としての俺を見て「目がハートマーク」かよ。


 馬鹿馬鹿しい。


 働くにあたって、俺にできそうなことって、バーテンダーとか、コンビニとか、夜間の警備員とか、塾講師とかしか思い浮かばなかった。そういう仕事をしてて、出会う人は仕方ないが、結局「岬」と自己紹介する羽目になるに決まってる。正直、びいを働くところまで引き上げるのは無理な気がして、そうすると、俺がなんとかするしかないからな。


 戦記の人のところのバイトは、びいがなんとか自分で頑張ってたから……。でも戦記の人も「使えん」と思って、びいを切ったんだろう。俺はため息をついた。


 その中で出会う人は「俺」が出会わないと、「びい」と相手が思ってしゃべってるのに、俺が受け答え始めると、辻褄合わない。びいはすぐ途中で消えるからな。

 やっと何とか、びいが出てきてくれるようになったと安心もつかの間、疲れるとすぐいなくなる。結局、俺が何とかしてやらないといけなくなる。もし放っておいたらどうなるんだろうか。家にいる時みたいに、廊下の途中で突っ立ったまま、動かなくなるんだろうか。これってやっぱり病気状態だよな。俺がいないと身体抜け殻になる時あるって、まずいよ。


 統合失調症の閉鎖病棟がそういう感じになるけどな……。


 ため息をついた。脳の機能障害? 俺にできることって、せいぜい水を飲ませることくらいじゃないか……。タンパク質が足りてない、ビタミンが足りてない……。運動が足りてない……。



 とにかく履歴書が必要な仕事はしたくないし、できれば俺は、この同じ身体を共有したままにびいを助けることには限界を感じていた。



 なぜなら、はっきり説明したら、昨日みたいに「あなた病気よ、それ」ということになるから。解離性同一性障害とかな。双極性障害の二型か?


 俺はびいじゃない。それは信じてもらえない。だったら、この身体はやはりびいに使ってもらい、俺は外からびいに働きかけるしかない。これをあんまりやると、今度は「統合失調症」という病名がついてしまうしな。


 俺とびいが会話しているところを見られたら、そうなる。


 俺が女の子と付き合えば、性同一性障害?


 俺が「戦記の人に連絡とってみなよ。俺、あの人の体なら、入れる気がするんだ」そう言った時、一年以上前だが、本当に今は後悔してる。俺がそう言わなきゃ、戦記の人が救急車で病院に運ばれた直後だったなんて、びいは知りえなかった。


 俺はため息をついた。今はとても、戦記の人の身体に入れるとは思わないが。知人だった状態でびいは前世を覚えていたが、今回は絶対にもう出会わないと誓っていたのに……死にたいくらいに戦記の人が弱ってると知って、いてもたってもいられなくなって、びいは……。


 あの人……


 俺は苦笑した。


 そこまでしてびいを助けなくて良いんじゃないの? 岬くん、尽くす人だねえ……


 戦記の人がそう言っていたのは、もう一年以上も前だ。


 俺は、出喰わしたトラブルは解決させてあげたい暇人だからな。


 人生で成し遂げない大きな目標って、特に持ってないし。


 今になんの不満もないし、俺自身、どんな人生でも「だから何?」としか思わない。俺を罵倒して来る人なんて「は?」と、むしろ受けて立つ方だからな。


 人との争いは馬鹿らしいと思うが、殴りかかってきたら、反射的に避けて、それ以上でもそれ以下でもない。


 兄貴にワイン瓶……振り上げられた時は慌てたな。びいが怖がるから。俺を追い出すためにびいに暴力振るわれたら困る。


 俺は人を激昂させやすいみたいだからな……びいの身体を使うと。


 俺が俺自身の身体を使っていた時と全く違う。誰もそこまで好戦的じゃなかった。


 それはとても不思議だったが、女のくせに生意気だ、と思われるんだろう。俺、女じゃないけど、それ気づく人いない。


 不便だよなあ。今の状態から、打てる手、ってなんだろう。びいが元気になってくれて、元のように活発になってくれて、明るく……生きることに希望を見出してくれて、しっかりしてくれるようになってくれたら……。


 びいのお母さんはしんどそうだった。俺が「何かこっちに頼んでくれたら、やるから……電話してよ」と言うと「電話する余裕もないの」と言った。


 本当に申し訳ない……。


 これがジリ貧という状態だな……。今日やったことで、自分を褒められることって何があるの?


 俺はため息をついた。ゴミ出しして朝日を浴びたが、また寝た。朝、一応、洗濯をした。1日一食でも食べた。7分だけヨガした。


 なんか前よりできること減ってる。花は枯らして、植木鉢も枯らして。1日かけてサイトを作ったのは一昨日。それも収入にはならない。


 まあ、簡単なHPでも、自分で作れるようになったのは進歩なんだろうが……。びいは長い間、「HPを自分でつくれるようになりたい」とは日記帳に書いてたからな。


 語学を忘れないように、そろそろ勉強しないと真面目に忘れるぞ。


 タロット占いはいくらやっても、カードの解釈が定まらないし……。求職情報はどれをみても、これだというものがなく、クライアントさんも数日前に一人会ったきりだ……。


 絵も描けてない……。専門書も読めてない……。筋トレも途切れがちで、自転車も乗れてない……。


 マイナス面ばっかりあげても仕方ない。びいが泣かなくなったということだけ、少しマシだと思おう。びいは泣き疲れたのか、あまり出てこない。時々思い出したように、出てきてぼんやりしている。


 そして俺が、例の女性アーティストに3時間も長電話したことについて、ものすごく嫌がってた。わたしのこと、誰にも話さないでよ、と。


 びいは昔から、自分の多面性をうまくコントロールしてきたのかもしれなかった。出かける相手によって、選ぶ服が本当に多種多様だった。保守的な会で俺が話すなんていう事態になったら、収集つかない、と。


 びいの多面性というのは、全く深刻じゃなかったのに、俺が関わったことによって、一気に病気扱いだ。俺はびいとは別人だと言っても、霊能者じゃない限りは信じてもらえない。


 逆に言えば、俺は外部の存在だということについて、霊感のある人にはすぐにわかる。びいが「岬くんを祓わないで」と言っていたが、まあ、俺は別にそんな悪霊とかじゃないから、ふつーの坊さんのふつーのお経なんて、痛くも痒くもない。


 むしろ、俺を祓えるレベルの人は、びいでさえも危ない。


 この状態から、なんとかリカバリーする方法を俺は考え続けていた。




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