油絵の会のアーティストにバラす

 昨日、頼まれもしていないが、油絵の会のHPを作ってあげた件で、50歳過ぎた女性のアーティストと話したばかりだった。グループ展の会場費を、こんな時だしコロナ関連で助成金を取ろうよ?という働きかけを、その人がしていたから。アマチュアの会に俺たちが入ったのは、本当にたまたまだった。


 びいも俺も、最も「会」のような集まりからは遠い人間なんだけどね。仕方ない。


 俺たちもなんかアクティビティが必要だから。びいは絵を描きたがらないが、展覧会があるなら。結局、また俺が描くのかもしれないが、何もしないよりはずっとましだろう。


 びいはHPの制作も最初から俺に丸投げで、岬くんお願い〜という感じだった。俺、式神扱いだよ、と本当に苦笑する。これ、説明する時にびいが「式神にやらせてます」と言えば、もしかして丸く収まるんじゃねーのか。


 正直、びいが巫女だから仕方ないと言えば、当たり前だけど、それでもう説明不要なのでは。本体は留守ですが、俺が対応しています。


 自分で言いながら吹き出しそうになってきた。まさにそうかもしれん。


 これって、裸踊りして、楽しそうに酒盛りし、岩戸の中に引きこもって出てこなくなった神を外に呼び出そうとかいう神話に似てなくもない?


 そんなことに例えるのは、大変おこがましいが、どこか似てる。


 俺は電話の途中でびいの振りがめんどくさくなり、「実は俺は岬と言います……」と、自己紹介をした。ロクな結果にならないことを知っていたが、とにかく誤魔化すのが面倒になるから。俺はびいの意向を常に言わねばならず、かと言って「びいがそう言ってますんで」ともはっきり言えない。面倒くせえ!


 それでついつい、びいはこう言ってますが、俺はこう思います、もうこれでいきましょう、と言ってしまうのだ。実のところ、びいは矛盾を飲み込めずに苦しんできた。俺は……びいほどではない。建前じゃ解決できない時、とりあえず解決するやり方を取らないと、いつまでたっても問題解決しないから。


 俺はびいの建前について、よくわかってるつもりだった。びいが何に苦しんでいるのか。正直だからな。びいの自信のなさは、正直さゆえというのもあった。


 俺だったら、多少難しくても「できますよ、やります」と言い切ってしまうがな。できないことを責められても「やってみましたが、ここまでしかできなかったですね、すいません」で済ませてしまえるが、びいはそうじゃない。


 そもそも、何が100パーセントなんて、人それぞれだからな。俺の100パーセントが、向こうの75パーセントでも知ったこっちゃない。人の感覚まで責任取れないから「足りてない」と万が一言われたら、これが自分に今できるベストでした、と言えばいいんだよ。手も足も出なくなるのは「無駄な完璧主義のせい」だよ。そんなこと言ってたら、何もかもやはりヤメておくのが無難ということになってしまう。


 アマチュアがほとんどの会で、そのアーティストはギャラリーと契約して、作品を売っていた。そういう意味で俺たちよりずっと、真面目だ。


 俺たちは絵画や平面のアートをしてこなかった。自分たちがずっと追っていたコンセプトのアートなんて、売る方法がない。それどころかそもそも、俺たちのアートは、「池に小石を投げ込むだけのアート」に近いからな。


 真面目な芸術論に興味があり、自分の正体をバラしたが、さあ、どうなるかな。俺は期待してなかった。説明が面倒で、ぶっちゃけて言いたかったから、正体をバラしただけだ。そのアーティストは「会のみんなにはこのこと、言わないほうがいいわ」と言った。当たり前じゃん。俺は「びいが病気」と扱われても困るから、このアーティストが本当に口が固ければ助かる、とは思っていた。


 「それって病気じゃない……聞いたことはあるけど、本当に出会ったのは初めて」と言っていた。俺もだよ。基礎知識ゼロだよ。びいも俺も、解離性同一性障害は不気味で気持ち悪いという認識があり、だから本など読んだことは一度もないし、ドラマも見たことがない。そもそも、日本にいなかったというのもあったが、びいは怖いのが嫌い、俺は、必要ない知識だと思い込んでいた。


 「他にもいるの?」


 俺はさくらちゃんのことはあまり説明しなかった。実のところ、さくらちゃんはほとんど出てこない。静かにどこか家ででも、本を読んで過ごしているのだろう。さくらちゃんは戦記の人のことが好きだが、もう醜く追いかけるのは、と、四月ごろから、ほとんど会ったことない。手紙にさりげなく署名を入れてくれたり、短いメールを書いてくれたりするくらいだった。さくらちゃんはプライドが高いから、死にたいくらいに好きな人が相手でも、もう会いに行ったりすることもないと思う。俺はさくらちゃんは苦手というか、むしろ、さくらちゃんの気持ちを思うと、俺の方がまるで匕首を喉元に当てられたような、絶望的な悲しさのようなものに胸が詰まるね。


 俺はびいに対しては「またか」としか思わないけど、さくらちゃんのことについては、こんなふうに平静に感じることはできない。だから苦手なんだろう。さくらちゃんを助けるなど、おこがましいし、さくらちゃんが俺に助けを求めるとか想像つかない。


 まあ……戦記の人が好きなのはさくらちゃんだと思うけどね。どっちにせよこの恋はもう終わってるね。


 俺はさくらちゃんのことは「滅多に出てこない、しっかりした女性がいますが、しばらく会ってないし、理想的なくらいにまともな人でこれからもあまり関わりがないと思う」と答えた。びいがあんな人なら、あっさり自殺しているか、それとも、もう2度と戦記の人のことは口に出さないか。


 俺は暗澹たる気持ちに襲われた。まだジタバタしているびいの方が助けやすい。さくらちゃんの日々は、着物を着て、読書や短歌など、本当に浮世離れしているが、見ていなくとも、きっちりした生活してそうだよな。ある種、びいのお母さんもびいがさくらちゃんのようであれば、と思ってるのかもしれない。


 俺は古いびいのアルバムを見て驚いたが、そこにはさくらちゃんの写真があった。どこからどう見ても、これはびいじゃなくて、さくらちゃんだ……。



 うーん。


 俺は思わずびいのお母さんに「びいってさ、さくらちゃんみたいにすっごいまともな人の時もあったの? しっかりしてた感じの……」


 びいのおかあさんは、あった、と言っていた。へーえ。


 わけわからんな……同一人物には見えない。俺の知ってるびいと全く違う。どうなってるんだ……。俺の知ってる大人のびいは1996年以降だからな……。




 

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