第374話 運命、侍の精神


 俺はぼんやりとしていた。


俺は、悪魔の前から、付き合いきれない、と去ったんじゃなかったのか。


俺は自分のに呆れていた。



 女神が天から落ちたことを俺は知っていて、女神はなぜ悪魔を愛した?という想いは長くあった。


わざわざ好んで闇を見なくとも良い、と。


 だが、もう乗りかかった船だった。俺は多少呆れていても、どちらにせよ、俺は、この人生の責任を、どこかできっちりカタをつける必要があった。



 俺は、女神の愛した悪魔を抱いたまま、光に変えてやる、と宣言した。


 俺は自分の最期がどうなるのかわからないと思ったが、どうせ人はいつか死ぬ。



 最期に役に立てる運命の日を待つしかない。


 悪魔は邪悪だから、俺の純真な魂に今、爪を立てていることを、小躍りして喜んでいるんだろうか。


 馬鹿みたいに素直な俺だ。悪魔は、ちょっと可哀想なふりをして、俺の同情を引き出して、思わぬ地獄への土産ができたと、機嫌が良いだろうか。



 俺はきっちりと、側に寄る人も、同時に光に変える成仏をさせるくらいの力を蓄えねばならない、と考えて、今のままでは、とてもじゃないが足りないと、自分の人生をもっとちゃんと律して、その日に備えることができるように、日々修行が必要だと改めて、心を入れ替えた。



 自分個人の、悲しい、辛かった経験に囚われてしまえば、そこから出ることはできない。永遠に地獄のような苦しい中を歩くことになる。


 もちろんそれでも構わないが、俺には使命があった。きっちりと抱いているものを光の矢で貫くように、自分のエネルギーを最大限にまで高めておく必要があった。


 自分の体を労らないと、そんなことはできない。俺は、感情的になりすぎていることを反省した。いつもいつもこんなに簡単に喜怒哀楽を出し、エネルギーを無駄に使っていたら、肝心な時に空っぽになる。


 自分を律するというのはそういうことだ。誰のためでもない。自分のためだ。外から規制されるようなことでない。


 俺はこれまで、自由が制限されてきて、苦しいと訴え続けてきたが、それは間違っていた。俺には果てしない自由がある。だが、当たり前に責任を取らねばならないし、外から制限されようが、されまいが、自分がいつでもそれくらいの力を持つことができるように、無駄な欲に心を動かされては、いけない。


 いつも戦場にいて、すぐ死ぬような気持ちで生きろというような、侍の精神は、こういうところにあったんだ。


 俺は忘れていた。今すぐ死んでもいいように、潔く生きる、この感覚を。


 最悪でも相打ちにしないと、自分が死んだ後、残される大切にしている人を危険に晒すことになるのだから、強くないとダメだ。


 俺は全ての理由が繋がって、わかったような気がした。俺が汚れなき魂を守りたいと思う理由、武器を手に、強くいたいと願う気持ち、それから、結局、生き死にに常に立ち会う以上、愛を心の芯にしていないと、自分自身が邪悪な餓鬼や死霊と同化してしまうこと。


 人を信じないと言いながら、事実はそうじゃなく、常に自分の芯としての愛を大事に抱きしめて、誰にも悟られないように生きてきた俺は、自分を最期、生かして死にたいと、こうやって「伝える作業」に入って。


 人間というのは振り子のように、いろんな場所を行き来する。


 俺がいつも、「一本筋の通った男」でいられるように、俺は手のひらに鋭いガラスの破片を握りしめた。


 この痛みが、もし俺が全てを忘れるなら、また蘇る……蘇って、俺に忘れた、忘れたことを思い出させるように。


 俺は自分に暗示をかけた。背中の傷、身体中の痛み。



 ここしばらく続いていた「痛み」は、そういうことだったのか、と俺はループの中で考えた。俺は強くなる。今度こそ、最期、きっちりカタをつけて、行く。


 どんな運命が待ち受けているのか知らないが、俺はきっちりと、カタをつける。背負っている全てのものを、周りのことを、光の矢で貫く準備に生きる。

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