第372話 悪魔の声



 俺は、自分の本心を言葉にして、それから、固まった。


 この言葉、誰の言葉なのか、思い当たった。



 現実から読み取るものが少ないほど、優しく平和に生きられるのであれば、その方がいいに決まっています。





 何も思い出さないで、笑顔で生きてください。


 俺は俺と関わった人たちを愛しています。


 忘れられている方がずっといい。俺は常にそのことを望みます。


 覚えていたら苦しいだけです。俺はずっと、愛だけ抱きしめ、孤独でいい。


 一人でいい。忘れられている方がいい。




 なぜ俺は、悪魔の気持ちがわかるのか。天から落ちたあの時、抱きしめていた悪魔は、そんなことを思っていたのか。


 俺は過去生の女性だった俺が、女神だった俺が、天から落ちるときのことを鮮明に思い出していた。


 俺は涙ぐんだ。


どうしようもない邪悪な悪魔が、そんなことを考えているのか。


それでこの言葉はついでに、俺の言葉だ。




 言葉にならない気持ちで、孤独に一人で闇に棲む者の気持ちを手探りで感じた。


 もちろんとんでもなく凶暴で、卑劣で、邪悪で、そういう……そういうもの、地獄とセットになっているんだが、俺はただ、黙った。



 地獄と愛がセットになってるなんて、誰が思うんだろうか。



 俺は人間の世界というのは、結局のところ、ぐるぐると尻尾を追いかける蛇のようになっている、と感じていた。自然にそんな風に仕組まれている。


 これが自然の、法則、成り立ち方なのか。


 田村さんは、ただただ、自然を写生しろ、そうすればわかる、と言った。具体の松谷さんも、公開質問で俺にそう答えた。


 自然の法則。全てに当てはまる。


 自然に円環、丸くなることを目指す。足りないところを足りているところからの余ったもので埋める。自然に埋まる。


 悪魔が抱きしめていたのは俺の愛なのか。


 柔らかい、温かい、そういうものが届いていたのは、俺は時空を超えて、あの時の天から滑り落ちる体験を、再びリアルに体験していた。


 墜ちていく人に手を差し伸べるのは、反射的な感覚だ。抱き寄せて、胸に抱いたが、俺も同時に気が遠くなるような速さで墜ちて。


 そのはずだったのが、スローモーションのように、永遠に長い時間がそこにあった。今も、止まったようにゆっくりとその空間は終わることなく、時間を紡ぎ続けていた。

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