第334話 統合するべきもの


 俺はさ、父さんの本棚を子どもの頃から漁って、よく知っていた。


もっと精神的な世界に、もともと父さんが生きていたことを。


 俺は、父方の家系の血を強く弾いていたから、母さんといると、それが封じ込められる感覚だった。


 でもさ、俺がそのことに気づいたのは、父さんが死んでからだった。あっという間の過労死だった。


 俺は、本人らしく生きてないから、そうなってもおかしくないと今は分析している。結果的に、現実的は波長を持つ母さんが、精神的な世界を基調とした波長を持つ父さんを凌駕した形になった。


 こんな残酷なこと、本人に言えるわけがない。


 いや、父さんは幸せだったよ。世界で一番、愛している母さん、美しく、完璧な存在だった母さんを手に入れて、死ぬまで、深く愛していた。


 俺はそのことを痛いほど知っていた。俺たちなんておまけで、母さんさえいれば、何も要らなかった父さん。


 今でも胸が痛い。死んでしまったとしても、自分の世界がすっかり変わってしまっても、そんなことは関係なく、ただ好きな人と、一緒に居たかったんだろう。どれだけ幸せだっただろう。俺は父さんが100パーセントで母さんを愛して居たのを、子どもの頃から、ずっと見ながら育ったんだ。


 俺たちなんかよりも、とにかく、二人で居られるのだから、どんな環境でも本当に父さんは、幸せだったし、何よりとても男らしかった。


 祖父、父にとっての父だが、とても……この話はしたことあるかもしれない。祖父が新婚の父に、家をプレゼントした時も、父さんは母さんに「この家はもらった家で、自分たちの家ではないから、僕は自分の力で稼いだお金で、あなたと別の場所に住もうと思います」と言ったらしかったから。


 祖父の力は絶対だったから、そこから、手の届かない場所に母さんを避難させたかったんだろう。祖父はすごくワンマンな人だったから。


 母さんが、すっごい大きな水槽に、金魚が沢山泳いでいたわ、と言った。プレゼントされた家、金魚の水槽があったらしい。


 それ、俺がたまたま「ねえ、母さん、こっちで金魚を飼うことにしたんだ。もしかして、飼ったことない?」と尋ねてわかったことだった。


 母さんは飼っては居たが、世話の仕方を知らない、と言った。家に金魚の世話をする人が来て居たから、と。


 俺は、父さんの血の分を、バランスが取れるように、母さん側、父さん側、ちょうど釣り合うように、統合しないといけない使命を感じていた。


 もっと早く気づいていたら、父さんがこんなに早く死ぬこともなかったと俺は後悔した。なぜ気づかなかったんだろう。


 父さんは無茶苦茶に無理をしていた。大企業に勤めながら、祖父の会社にも、土日に出勤し、そうすると休みはゼロだ。そんなふうに生きている人だった。


 俺と同じように、必ず夜中まで起きていて、2時より前に寝ることはなかった。俺は、父を見て育ったせいで、仕事しかしない男を普通に思っていた。父さんは本当に、仕事ばっかりしていて、俺が見た父さんは、たまに趣味のゴルフをするだけだった。それ以外は、ずっと家でも仕事で、俺は父さんの仕事道具をよく覚えている。


 父さんは大企業で設計の仕事をしていたから、歯車や油圧の本がぎっしり家の書斎にあった。俺ね、やっぱり実はずっと、父さんのことが好きだったんだよ。俺が今の俺で、よくわかっていたなら、父さんがこんなに早く死んでしまわないように、もっとどうにかできた、そのことをすごく後悔してる。


 自分を殺して働きすぎることは、命を縮めてしまう。俺はこんなふうにまるでどうしようもない大人のような生活をフラフラとして、まるでそれは、プラマイのバランスを父さんと取ってしまうようだった。


 母さん。母さんの今の苦労にはさ、理由があるんだよ。全てはさ、結局全体で釣り合いを自然に取るように流れていくんだ。


 その法則に気付かない限り、必ず後で反動がきて、埋め合わせしなきゃいけなくなるんだ。俺の存在は、二つの異なる波長を調和させるためだったんだ。そのために、父さんと母さんの元を選んで生まれた。



 今も、続いてるが、苦しみのすべての理由というのは、自然に統合されるべきものが時に起こるんだ。統合の苦しみだよ。


 俺は、父さん側の血を強く持ったままバランスを取るしかないんだ。俺は母さんのことは、子どもの頃から大好きで、むしろ母さんのことだけが好きだった。父さんなんていなくても関係ないと思ってた。


 それが大人になって、ここまでいろんなことがわかったんだ。二人の出会った意味、俺がここに来た意味。


 母さんもBも、Yさんも、俺のいうことなんて、絶対に信じないし、Bは機能「お前、ミソマニアック」と言い放った。


 お前が信じてるその思いつき、周りの人に言って、それを信じてもらおうとするなよ、頭おかしいと思われるだけだから。


Bは珍しく、強い口調でそう言った。体裁を気にするBは、俺が公共の場で、はっきりと言ったこと、それがとても嫌だったようだった。


 頭のおかしい奴と一緒にいると思われる。Bの中で、俺がBに言う分には構わなくとも、それを公で堂々と言われたら、とても具合が悪い。


 だいたい輪廻自体が、西洋ではありえない。


 俺は必ず「そんな気がするだけです」と言わねばならないのだ。今までそれで良かったんだが、たまたま、はっきり言ってしまっただけだ。自分が感動したから。


 ただね、俺は知ってるよ。これは悪魔が見せたものである、と。


 これね、普通の人に言うのは疲れる。説明が。本当に、なんと言うかな、裏と表はパタリパタリと、まるでオセロのようになっているからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る