第335話 悪魔が見せる前世
この話をすると長くなる。あまり、したくないんだ。
なぜなら、俺は自分がすごく美しい、か弱い女性だった頃についてあまり語りたくない。苦しいんだ。可哀想だから。
俺がいたら、助けてあげられるのに、それができないんだ。いや、できるんだけど、そのことを説明したら、また話が長くなる。
かいつまんで言うと、今、俺が生きている次元、ここで何かすれば、苦しんでいる別次元の美しい女性の俺にも影響するんだ。
その仕組み、ぱっと聞いて理解できるだろうか。だから、今の俺が、まともに強く生きることには大きな意味がある。連動する全てのパラレルがそちらに引っ張られるから。
それでも俺は、俺の前世の女性たちについて、思い出すことが苦しい。本当に苦しく感じるんだ。切ないから。だからあんまり話したくない。さっと結論を言えば、俺が一番最初に思い出した美しい女性は、明るい乾いた大地に住む、女神だったんだよ。本当に美しかったな。俺、でもさ、また同じパターンだけど恋愛感情はないよ。なぜかな。金髪でウェーブのかかった長い髪で、綺麗な胸をしていた。俺、今の俺で出会ったら、恋愛感情なくても思わず触れてしまうようなすごい魅惑的なタイプだった。恋愛感情とか関係ないよ。思わず引き寄せられるような、そういうなんだろうな、背中の奥から匂い立つような、誘惑ではない、男を引き寄せてしまう何かがあるような。俺の前世の女性達って、タイプ的にそういう人が多いんだ。もう、誘蛾灯とか、何かフェロモン的な、素材的な魅力なんだ。上から加工して得た何かじゃなく、素材として、芯がそういうものなんだよ。良い香りのする花のような感じで。
それはいいとして、なんとこの女神は、よりにもよって、暗い悪魔と深い恋に落ちた。俺ね、今も背筋がゾッとするから、話したくないんだわ。俺が一番初めに思い出した前世がこれだったんだよ。俺は今も、鳥肌が立つ。これは条件反射だ。だから、話したくないんだ。俺、当時見えたものを、デッサンした。俺、デッサンなんてしたことないけど、とにかく実際にあるものとして手に取ってみたかった。下手な絵だったが、俺は他にも何枚か書いた。手に取って、よくよく、どう考えても悪魔だが、俺は考え込んだ。
女神にしてみたら、なんてかわいそうなんだ、と思ったようだ。自然にしていて、
助けられないと思っても自分の命を引き換えにして、ゼロまで持って行ったというのは、客観的に見てすごいことだと俺は感じた。実際、生まれ変わった俺は、そこまでのことなんて、今はとてもできない現実的なパターンの波長を伴ってこの「今」を生きていた。俺は知っていても、そこまで自分の波長を引き上げることができなくなっている。
話そうと思えばいくらでも話せるが、俺はでも、当時の場所にとても戻りたくはない。戻ってしまえば、同じことになるだろう。
その時期、俺は自分の顔を鏡で見て、驚いた。まずい。俺、死相が出てる。決定的な感じに、何度も鏡の中の自分の顔を触った。これが悪魔に魅入られるというやつなのか。
俺はその時、死ぬのは早すぎると思い、何とかしないとダメだと思っていた。俺の能力はどんどん開花して、今よりもずっと、俺は混乱状態で、怖くて仕方がなかった。死んだ人なんかを見ること、場所に残ってるこびりついた他の人に見えない「強い感情」なんかも、俺を狂わせた。触れられたら飛び上がってしまいそうな、そういう研ぎ澄まされた感覚だ。外に出るのが怖い。俺は、「ここが変だ」「通常の波長とは違う」とすぐに感じるから、出会う人、出会う場所、全ての重なり合った歴史を勝手に読んでしまう気分になって、だいたい強い思念というのは、穏やかで綺麗というのとは真逆だから、俺は結局、会社を辞めてしまった。その会社にいる限り、俺、絶対、無理だった。
「会社のあそこに最近、何かいるよね?」
綺麗にラインストーンのネイルを仕上げている女性の独身の先輩が、デスクで指先を眺めながらそう言うと、当然のように「そうだね」と俺の上司が彼女に書類を手渡した。上司はウサギを飼ってるような人で、銀行員の奥さんがいた。それから俺。俺ね、この職場はダメだと強くアラートが出た。能力がある人が、いつもそんなふうに仲良く顔を付き合わせるせいで、俺は、どんどん感化されて、それでそういう自分の前世を突然に思い出したわけだった。絶対的な力だよ。
おかしいと思ったんだが、その独身の女性の先輩、おかっぱ頭の骸骨のような雰囲気で、あまり綺麗な人ではないが、俺は勝手にその人のことも読んでいた。トライアングルのような磁力が生まれるのは、俺、その女性の先輩、上司と、力が拮抗するような3人が、同じ場所にいるせいだ。俺の能力がどんどん上がるのがわかる。
俺は、上司の顔が大きくクローズアップで見える映像を見た。真っ暗な中でほのかにくらい緑に光っている。
待て。この人、俺、何度も出会ってる。
戦場だ。戦場。俺……
会話さえ思い出した。俺は幼女だった。この上司、本当に優しい。俺が怪我しないように、上手に優しく追い払おうとして。来ているものから、風景から、全てを詳細に思い出し始めた。俺……俺の家、あいつ。あいつもいるじゃないか。
あいつも、同じ時代にいる。俺は、ずんずん歩いて、家に戻り、記憶を詳細に思い出したが、頭を振った。キリがないじゃないか。俺は、この上司と何度も縁があったらしいが、とにかく、離れるしかないと思った。このままだと、どんどん思い出す。俺の現実がおかしなことになる。
俺はこんな能力欲しくない。昔「へ〜……前世とかあるんだ」と興味本位程度に思っていたのが、決定的にはっきり見えちゃうと混乱する。ほのかに信じてるくらいが日本人で普通であって、「はっきり見える、わかる」なんてなったら、おかしな人だよ。俺は、テレビに出てる霊能者はどこかおかしいと常に見てた。いや、本当におかしいよ、その理由は言わない。とにかくね、前世というのは悪魔が見せるもの、それははっきり言うよ。
俺が見てるものは全て幻影、イリュージョンであり、悪魔が見せている。
今も自覚がある。だから、本気にするのは愚の骨頂なんだが、でも存在はしている、ある次元でな!
ここが重要なんだ、次元の層があることが。
「とどまる」から、おかしなことになる。本当にあるんだが、「そこだけしか見てない」ことになったら、他の人とコミュニケーション不可になるから。
俺の言うことを信じなくていい、と言う意味がわかったか。
別次元の話なんだよ。俺が見てるそのイリュージョンは悪魔が見せていて、包括するべきものではあっても、世界はそこだけじゃないから。
そこだけしかないと思ってしまったら、悪魔の罠にかかったことになってしまう。俺が前世を見ていても、さらに上の次元に上がることを考えるのは当たり前だ。
あいつの声が聞こえた。
「岬、囚われるな」
上の次元では、前世など取るに足らない幻影で終わるんだ。ここまで言ったら、理解できるだろうか。
BやYさん、母さんは、前世などない、ただの創造だと思ってる。もしかしてあるかもしれないが、そんなのわからない、と。
いや、あるにはあるんだ。悪魔が見せる幻想世界という意味だ。俺たちは現実をバーチャルリアリティで生きているが、感情、それから幻想、ごっちゃ混ぜにして生きている。
BやYさん、母さんは現実的だから、俺のファンタジーだと、子どものようなことを主張しておかしい、と言うさ。ちゃんとした大人は、そんな世界は創作だと考える。
創作ではない、悪魔が見せる幻想世界なんだが、そこにハマる霊能者や能力者は後を絶たない
自分は特別な能力がある、と思い込む罠だ。
俺はそんな罠にはかからない。見えてそれが事実でも、悪魔が見せたイリュージョンだと知り、その先を行く。
わかってた。
この男、この上司が、俺と激しく過去に恋に落ちた、悪魔だったんだ。
俺はクラクラした。今の俺には、上司と俺の、過去生の姿がはっきり見えているんだ。上司にそれ、言ったっけ。忘れたな。忘れた。多分、言わなかったんじゃないか。
一つだけ言った覚えがある。
「
上司は言った。
「
上司はゾッとするような端正な横顔で言った。色が白く、驚くほど細く、背が高く、すぐ近所とは思うが、毎日大きなバイクで通勤していた。更衣室があるから、そこで着替える。その美しさというのは悪魔の美しさなんだよ。俺とは全く違う。優しい人であったが、なぜ俺は読み取ってしまったのか、今でもわからない。何も言わない、何もしないのに、深い闇が見えた。職場の誰も知らない。
俺は、ダメだ、この上司のこと、仕事ぶりは尊敬するし、好きだが、波長という問題で、俺はここにいられない、と。
言っておく。上司は何も悪いこともしていないし、横暴でもないし、意地悪でもない。むしろ、良い上司だった。
俺が問題にしているのは、俺が嗅ぎとる波長なんだ。この波長は俺の能力のドアを勝手に開けていく。俺は、そこの場所にいるだけで、俺がどんどん変わっていくことについて、驚愕していた。
それこそ昨日のように、俺は何もないのに「ぎゃっ!」と叫ぶのは、何か見たとか、そんなじゃない。
俺の芯のようなものを、突然掴まれて声が出るような感じなんだよ。それは本当に不思議だが、エネルギー的なものだ。声が出るような場所を目がけて、小突かれるような感じというか。
ほら、体育会で、歯を食いしばれ、と言って竹刀で殴られるような感じ。そこまで強くないが、何もない時に、突然、腹を小突かれたら驚くだろ。
俺はアメリカに行くために休みを取り、アメリカから帰ってすぐ、辞表を提出した。使っていた俺の部屋に、白いCDコンポを寄付した。俺の部屋、バイバイ。
上司のことは好きだったから、それを見るたびに、多分、俺のことを思い出してくれるんじゃないか。
そうだ、もう一つ質問した。最後の日。
「なぜ、闇に住むんですか」
決定的な、脈絡のない質問に、上司は顔色ひとつ、変えずに言った。
「それが俺にとって自然だからさ」
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