第319話 パン屋の女の子・写真・撮影周り談義


 俺は明るい光の中、それでもパン屋に寄るのはやめようかな、と考えながら歩いていた。


 あの子に会ったら、頼まれたアクセサリー、まだ作りかけなんだ、と言わなきゃいけない。そんなこと言わずとも、もう赤い雫のガラスは作ってた。あの子には赤。イメージが赤しか見えないから他の色は要らない。


 俺はごちゃごちゃした複雑な形状が好きだが、そういうものはもうやめていた。何と言っても壊れやすく、扱いにくく、良い点がない。


 シンプルなものは、俺自体の感覚には合わなくとも、実用性という意味で、間違いないから、そうするしかなかった。


 問題は鎖。俺なら、シルバーか18k以外はあり得ないが、彼女はゴールド色じゃないとダメだろうな。


 そういえば前回、調子が悪いと言っていた。俺が「いつから?」と聞くと、「5日前から」と言った。えらく長い。風邪か?


 よくわからないけど、かゆい、赤くなる、頭痛いと彼女は言った、ほら、と顔の薔薇色を見せた。なんかすごく痒くて赤い、と言う。


「もしかしてそれ、腹にも出てるか?昨日、最近、何食った?」


 彼女はサーモン、と答えた。待てよ、5日前から?


 彼女は「毎日魚を食べているの」と言った。


 俺は「それだよ、一切サーモンや魚を絶って」


 「魚食べちゃダメなの?」彼女は驚いた声をあげた。


 この国で毎日、魚を食べる人はいない。それにサーモンやツナのような大型の魚は、かなりの金属を溜め込む。俺は時々、サーモンを食べ、これはダメだ、と思うものがあった。味じゃない。俺も同じだからわかる。


 まあノルウェーの養殖物は抗生物質に注意だし、スコットランド・アイルランド、スリーマイル島の事故、アラスカのサーモンは例の事故の可能性だ。


 別に食べてもいいが、4回食べたら、一度くらいの割合で、金属をため込んだ魚に俺は当たる。俺はノルウェーのものしか買わないが天然だと馬鹿高い、それにあまり売ってない。


 抗生物質入りの飼料があまりに多くの魚・肉に含まれるせいで、俺はどれを選ぶのか常に迷った。外からわかることは少ないからな。


 「採血して調べればわかる。その症状、金属アレルギーだ。だから魚はしばらく絶って。そうしたら俺の言うこと、よくわかるはず」



 これが前回の会話。採血して背中一面に貼るパッチテストしないとわからないが、シルバーにアレルギーのケースは少ないから、ニッケルや他の混ぜ物が危ない。そうするとやはり、考えないとダメだろう。あの予算じゃ厳しいなあ。俺は、もうあげちゃえば、と思ったが、そんなことするから、売らないほうがマシと言うことになる。俺は細かい作業は好きだが、売るのは嫌いなんだ。誰かが代わりに売ってくれたら。でも面白いことに、俺に仕事を振ってくるという窓口がつい最近取り付いたくらいだから、そのうち、彼女が俺の代わりに売ってあげるとも言いだしかねない。俺に似てお節介だ。あ、逆なのか。


「岬くん、書きなさい!私に入ってきた仕事、振ってあげるから」

俺はとことん、人に迷惑かけちゃうよな、苦笑した。


 日本にいた頃、母さんが俺の作っていたものを勝手に売ったが、最悪なことにクオリティとか価値がわからないから、値付けが、ある種めちゃくちゃになってたようだ。値段なんて実はあるようでない。俺は一応、他のアーティストの手前、価格を計算しながら作ることもあったが、そういうのは嫌いで、それも今のような状況に陥る原因だった。


 それでも店に納品する以上、計算していたが、苦痛で仕方なかった。当たり前のことができないのは、単純なものでなかったからなんだが、今や複雑なものは壊れる頻度が高すぎることを知っていたから、俺は試しに使って、何年の耐用年数があるか、密かに調べていた。言ったか忘れたが、石を使った彫金のムーンストーンのすごく気に入ったブレスは一瞬で落ちた。形状に問題があったが、実は女性ものを男性がつけるというのはかなり無理がある。俺や王子くんなら実際はできるが、大抵の女性もののアクセサリー・洋服というものは、「女性であるが故の形状」になっているものだ。自分では試すことができない以上、俺的に「使ってどうか不明」という気持ちがあって、やめてしまったというのはある。書いたと思うが、女の裸体に渡す宝飾品としての鎖などは、撮影用なら実用性要らないからさ。俺はそういう凝ったものが好きだが、俺の技術だけでは実は難しい。アトリエに出入りしていれば簡単なんだが、俺には運がない。以前のアトリエは満席でどうしても入ることができないままでいた。


 もっとちゃんとしたクリエイターと組んで、ちゃんとしたもの作って、フォトグラファーも外から入れて、ヘアメイクさん入れた上で、「しっかりコンセプトを組んだものを撮る」というのが俺の理想だった。俺のパートって、コンセプトの部分なんだよ。実のところ。かと言って、ストーリー性のある広告写真に金を突っ込むクライアントのいる時代はとっくに終わってた。俺、どこに使い出がある人間だろうね?広告は金と直結だから、そのコンセプトが金を生み出すサイクルの元にならなきゃいけないわけで、その条件、俺にクリアできるの?そういう話になるよね。世界観の表現、俺にちゃんとできるってどこでどうやってアピールする?難しいだろ。だから今のようになってる。


 俺は全部自分でやろうとして、こういう道を来たが、俺の世界など、たかが知れている。すぐ金に行き詰まって、そのままだった。



 別に王子くんは被写体にしたことないよ。でも、王子くんが黒い羽をまとった姿は実は圧巻だった。あれほど羽が似合う男もいない。俺もファーや羽根は似合うが、日本ならともかく、海外でそこまで目立ったら危なすぎる。俺は海外に来て、好きな色、好きな服は全て着られないと感じていた。綺麗で派手な色、変わった服を着ると、ゲイだと思われる。それでもBなんか気にせずピンクや花柄を時に着ていたが、俺がそれを着ると、まさにターゲットにされてしまう。歩くだけで掘られそうで怖い。いや冗談じゃないよ、真面目に。むしろ好きな服が着られないストレスというのは、逆に海外の方があった。俺は案外、羽なんかも時に好きだったんだよ。俺のキーホルダー、秋冬は羽だったよ。ダチョウみたいな羽でふわふわ動くやつが、細いジーパンの腰についてたら、それはそれは、ふわふわして綺麗だったが、まあ、夜のネオンの街なら、誰も驚かない。別に俺は新宿にいるわけじゃないから、日本では身の危険はなかった。一度、街でスカウトされたことある。でも、芸能関係はダークと知ってる。俺はそっち関連は興味ない。俺はモデルじゃない。興味あるのは撮る方だ。


 モデルがいない時、被写体になったことはある。でも、出来上がってきた写真は綺麗だったが、Bがこれは出すな、と言った。肌が出過ぎだ、と。まあ俺は全裸で撮影だったから、さっさと脱いだら、カメラ渡された友人が「え、ほんとにいいの?」という顔をしていた。当たり前だろう。俺は体に線つかないよう、ちゃんとしばらくゆるゆるの服しか着ずに風呂に長い間浸かって、ここに直に来てるから、大丈夫なはずだ。脱ぐって知らなかったのか?


 黒い革張りのソファなんかで逆向きになる俺、無理あった。が、よく考えると、Bでなく女を入れてればよかったんだ。女に裸のモデルを頼むのはかなり厳しい。だいたい脱いでも良い綺麗な女を見つけるのが難しいから。そもそも、モデルいないから、俺自身が脱ぐしかなかったんだよ、綺麗に撮ってくれ、使えるように。


 出せないような場所は撮るなと言わずとも、わかってるだろう。あとでトリミングでカットすればいいと思ったのか、まあ、でも上手に撮ってあった。まずい写真は一枚もないな。俺より年上のさすがプロ。無料で撮ってくれてありがとう。その代わり着衣の彼の作品のモデルになってあげた。結局ボツったらしいけど。それは世界観すごくうまく出てた。俺のは小道具が間に合ってないから。やっぱり時間かけて練らないとダメだね。


 いつか使おうとして、「なんでこれ、ダメなんだ?使っちゃダメって撮った意味ないじゃん」とBに聞いたが、Bは半裸だったからか? これだと「この二人って、なんかあるの?」とまともなBが心配するのも無理はない。俺だけのもダメなわけ? Bがとにかくダメだというから、結局お蔵入りになった。よく考えたら、俺ストーカーされるの嫌なんだわ。だから出さなくて正解。俺、考え浅い。


 そういや、着衣のモデル経験もあるよ。絵画モデルも。でもどれも、まあ、バイト程度だね。相手がどれくらいうまいのか、お手並み拝見しようと思ったが、やはり本当に上手い人は当たり前だが、アマチュアにもプロにも、そう多くないんじゃないかという気がする。やはり写真は才能だね。機材じゃない。本当にそう思う。アマチュアで上手い人はいないね。本当に上手いならプロになってるから、そこそこかなという人ばかり。俺?俺は全く上手くないね。だからプロを目指してないじゃないか。絵画のモデルは着衣だよ。二人の画家が描いたのは、向こうの都合だね。モデル代を割り勘にするため。俺はこの時に油絵の匂いは耐えられないなと思った。それ以外は平気。俺はじっとしてるの苦手じゃないから。





 俺は、彼女に会いたくないなあ、とパン屋のドアを開けたが、彼女は働いていた。


「あ〜〜〜!よく来たね〜〜!!」


 彼女は大胆に俺の頬をカウンター越しに両手でムギュ〜〜と思い切り掴んだ。こんなことされるのは、中学の時以来だな。痛い。真面目にすごい握力でつねってる。なぜ?


 俺は苦笑したが、こういう子と付き合うのは、案外、楽なのかもしれない。現地の子より、シリアやアルジェリアの子はちょっとちがう。オリエンタルな黒髪。ぱっちりした丸い目を縁取る長いまつ毛に、綺麗な唇。濃い化粧。微妙に褐色の肌。脱げば多分、すごい巨乳だ。俺はそういうこと考える自分って、パン屋にはいないんだけど、書いていてそう思う。絶対、良い体してるから、もっとちゃんと気をつけた食生活をして肌を綺麗にしたら、本当はすごい美貌の女なのに、勿体無いことだ。肌が汚いのは致命的だが、魚はかなり怪しい。


 彼女はメイクもおざなりで、俺がやってやる方がずっとうまい。俺、バカだよな。実はメイクの学校のパンフレットを取り寄せたことある。大学卒業してなんで専門学校に夜間で行きたいの?と母さんに言われるのがわかってて、体験コース受けて諦めた。ヘアメイクさんって技術だけじゃない。俺は特殊メイクのコースは無理と思ってたから、普通のコースを考えたが、癒しの空気を持つ人じゃないと務まらない。それを知って、俺には無理と諦めた。


 でも、もし学校に行ってたら、今、ヘアメイクさん撮影に要らない、俺ができるってことになるよな。そうやってなんでも自分でやるのは良くないんだよ。可能性が狭まるから。今でもできるよ。本人のメイク道具はいるかもしれないけど基本のブラシなどベーシックなものはある。メイクはできるけどプロにはかなわないだろう。まあでも立体造形物の化粧と同じだからね。基本は。


 生身の人間だから、やはり素材を見てどういう色が似合うとか、下地なんかを整えるのは難しいと思う。あれはプロの技。そういや大学の時、後輩の女の子にメイクをしてあげたことがある。彼女の部屋で。俺、別に、その子とのこと好きだったわけじゃない。綺麗な子だったのに、ちょっと田舎風だから、俺がやってあげただけ。なんだろね、俺はなんでも凝り性だから、一番最初は俺が6歳の時に、弟を女装させたのが最初だよ。俺、得意なんだよ、変身させるの。意味不明だけど、女の子より可愛い弟が、これでゲイになったらまずいな、と俺は子供心にそう思い、それ以後一度もやったことはない。弟がまともに男になって本当に良かった。道を踏み外したら、俺のせいってことになると、俺は出来栄えを見て、子ども心にそう思った。化粧はしてないよ、幼児だから。


 でもやはり自分以外の何か別の才能を持つ人とコラボしないと、世界が限定されすぎる。俺ワールドだけじゃ本当につまらないから。それがやはり大きな問題点としていつも俺の眼の前に出てくる。


 このパン屋の女の子のメイクの何が悪いのか、使っているブラシやチップが安物すぎる。色や粒子を見てもそうだ。もうちょっと高級なものを使わないと。あまりに大雑把だ。もっと繊細にやらないと。


 俺はメイク見ただけでそんなこと考える男だから、本当になんというか細かい。日本人の女と喋ってもそこまで感じないのは、メイド・イン・ジャパンの力だ。日本にはそこまで質の悪い道具やコスメはあまりない。


 メイクに普通の付属のパフを使うか、自分のブラシやパフを使うか、ちょっとしたことで全く変わるんだが、撮影でもない限り、そこまでの完璧さは、まあ、あまり要らないな。俺はヘアメイクさんの仕事もじっと見るから、なんでも知ってるよ。コレクションの舞台のメイクさん、人によって仕事のやり方が様々で、俺はさすがにデコラティブなヘアとかは無理だね。アイロンで巻き髪というのは、あれはもう、俺はやろうと思ったことはないね。Bがロングだった時、Bの同僚がくれたが、あれほどウチに要らないものはない。俺はBがロング、似合わねーと思ってたから。ロングの髪型はね、似合う男、似合わない男がはっきり分かれる。だからね、似合わない男はやらないほうがいいよ。俺は似合う、王子くんも似合うけどBには似合わない。Jさんも無理だね、やめたほうがいい。ロングが似合う男って、骨格とか顔の形とかはっきりしてるから。Bの場合、俺、毎日、その髪型、まじ似合わねー!と言い続ける羽目になった。ロングって言っても、くくれるか、くくれないかくらい。Bふわふわの天使ヘアだったが、似合わねえ!女たらしにしか見えない。あのブラジル人の変な女の影響だとすぐにわかる髪型、俺は、軟派なBはキャラじゃないと毎日、「クールじゃねえ、髪を切れ」と言い続けた。男の長髪は似合う似合わない、絶対ある。


 女性のメイクなんて、男にキスされたら、すぐに禿げてなくなるようなものだからさ、撮影以外はむしろなくていいと俺は思う。素顔が実は一番大切。俺が好きな子は、実はみんなノーメイクでパーフェクトに綺麗なんだ。俺がわざわざ化粧してあげたいなんて、絶対に思わないから。俺、矛盾してて、喋ってると嫌になるね。本当に不思議。


 とにかく、俺はこの彼女と会うと、風呂に入れて、髪を洗ってやって、一から全部綺麗にしてやりたい気持ちに駆られる。そういうこと思わせる女というのは少ないが、いないことはない。全部ぎゅうぎゅう、ゴシゴシ洗ってやるイメージしかこない。でも、家の風呂じゃ狭いから、広大な風呂じゃないとダメだな。300人か、もっとかくらい平気で入れるような。俺、行ったことあるよ。また行きたい。でもあの風呂、水着着用だったのかな。東欧のある国。俺、風呂に入るためだけにあの国にもう一回行きたいくらい好き。


 素材がいいのに、全くダメな外見になっている女というのは、あまり多くないが、俺は、昔、女の子の変身写真も一眼レフでよく撮ってあげた。大学とかのときかな。俺が写真を始めたのは中学だから。父さんは高校写真部だから、俺のこういう感じは実は父さん譲りなんだろう。大学でポートレートを公式で撮っていたが、個人で変身写真も撮ってあげていた。それは、コスプレではないが、まあ、コスプレ写真と系統は似ている。最近のコスプレ写真は、本当に進化しているから、俺は足元にも及ばないわけだが。あんなに作り込めるセットで撮るのはエキサイティングだろうね。もはや文化だね。そういう点では俺がいない間に日本が進化してると本当に思う。そういえば、クライアントさんにはそういう系統の人も来るね。俺何でも知ってるから、いろんなクライアントさんが来る。


 まだできてないって言わなきゃいけないから、パン屋の彼女と気まずいかな、と思ったけど、全くそうじゃなかった。「ごめん、でもパーツは作ったよ、もうちょっと待ってね」とにこやかに彼女に言った。実は今、偶然、カバンに持ってたが、見せても仕方ない。彼女は「本当!?」と嬉しそうだが、俺は黙った。話しかけたら、切ったパンが落ちる。ガタゴトとパンが切れたものを袋に入れるのに、彼女は一度何枚か落っことして「ああ!やっちゃった……」という時があったんだ。そして落としちゃった!やり直し!と珍しく切れていた。俺に心を許してきたのか、すごく生身の感じだ。俺はこういう「本物の感情」なんかを時に出す人が好きだ。もしもうちにいたら、いいじゃんそんなの、落としとけ……と言うな。俺があんまり相手を好きじゃないなら、むしろ俺は、うまく付き合える。これくらいの感じの子なら、俺だって普通に余裕持って付き合えちゃうんだよなあ。でも、残念。そんな気は無いよ。


 彼女は上手にテープを巻く。やっと慣れたらしい。針金で止めていたパンの袋は、経費削減で二ヶ月くらい前からテープになり、彼女はいつも失敗していた。案外不器用だが、毎日やってたらさすがにうまくなれる。


 俺は彼女に「どこに住んでるの」と聞こうとしたら、次の客が来たから、黙ってお釣りを受け取った。「またね」彼女は派手に手のひらを振った。大学に戻ることができて、ここで働く必要なくなったら、こういう笑顔を友達に向けられる。今はそうじゃないから、かわいそうだ。こんな風に客とのやりとりの狭い世界が彼女の世界で。こっちの大学に入るには何が邪魔してるんだろう。やはり滞在のステイタスか。前に話した時、大学生のはずだったのに。よく分からない。国にいて大学生してて、国から出てここに身を寄せてるんじゃないのか。でも親戚ではない。うーん。



 俺は駅に向かって歩きながら、でも、さっきよりは悲しくない自分に驚いた。もちろん俺は、実際に住んでるところを聞いたからって、いきなり女の子をお風呂に入れることはしない。当たり前だけど。


 でも王子くんと俺が出会った日、俺、王子くんから出会った三秒後に銭湯に誘われたって話、それ言ったよな。アテナイじゃないけど書いた記憶がある。


 前世でよく知る人は、そういうのでも全く違和感なく、当然のごとくに起こるから不思議だが、俺はもちろんこの子と付き合う気はないのだから、半端なことはできない。裸にしてしまうと、やはり気持ち的な距離が縮まって、いろんなことが変化してしまう。まあ、そうでないパターンはプロだけだ。


 プロなら、脱ぐのなんて当然だから、そこに全く感情とか入らない。どこがどう丸見えだろうが、羞恥とかない。大概は。


 こっちもなんとも思わない。俺はカメラ持ってる時、被写体をそんな目で絶対見ない。それにモデルには手を出さないから、被写体になった女と付き合うとかない。いくら裸を撮ろうが、全く関係ない。


 好きな女にモデルを頼んだ時?


 あの時は実はがっかりした。実物の彼女の方が、ずっと生き生きして綺麗だった。ああ、この子は被写体に向かない、ということがショックだった。でもだからと言って嫌いになるとかないよ。俺がもっと上手けりゃ、何か違ったか、あと衣装が合わなかった。


 時々いるんだよ、ファインダー越しは全くダメって人が。でも俺の力不足だった。なぜなら、普段着で、他の人といる時、彼女だけを狙って撮った写真は綺麗に撮れたから。まあその話はいい。


 でも俺はウェブ経由で女の子を撮ることは絶対に引き受けないだろう。窓口は俺じゃないし、俺は絶対にクライアントには会わないで仕事する。めちゃくちゃにインスパイアされる女と街で出会えば声をかけるが、数年に一度も出会わない。これだけの国際的な大都市でも、それだけ綺麗な女は少ないということだ。


 これまで出会った人はもれなく声をかけた。中には本当のモデルがいて、契約上、必ずエージェンシー通さないとダメなの、と断られたこともある。もう一人はオーディションにこれから向かう会場入りの前で、今から行く、と言っていた。一人は素人。すごく綺麗で撮影して使わせてもらったがピアスが多少、邪魔な位置にあった。もう一人は俳優。やはりプロの容姿は人目引くというのがわかるね。俺はプロにはなれない容姿だが、これ以上目立たなくていい。彼らに共通してるのはやはり、生きるのが大変そう、ということだった。これはもはや、ハンデに近いね。実際に、どうしようもない男に引っかかるモデルは結構普通で、これは美しすぎる容姿が関係している。他の男は気後れするから、ロクでもない男が、とんでもない無茶をモデルの女に強いていて、モデルの女も自分のそばにいてくれる人はまずいないから、言うこと聞いてしまう。矛盾してるだろ。美しいと生きるのが苦痛になるというのを知ってる人は本当に少ないが、同性からは疎まれ、異性からは追いかけ回され、まともな人は遠くから見守るだけで決して、近づいては来ない。あまりに人に常に取り囲まれているから、誰もそれをかき分け、助けてあげようなんて、土台無理なんだよな。群がってくるやつらは、ハイエナのようなやつしか近づいては来ないから、ここまで聞いたら、美しい容姿なんて、要らないと思わないか。俺が出会った美しい人たちは皆それで苦しんでいた。俺以上にもっともっと。

 




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