第325話 ついに探し当てた俺


 日曜日。俺たちは朝、いつもの軽いトレーニングのクラスの後、午後から、特殊なワークショップを取ることになっていた。別に一般の人に公開されている。


 いいな、あの筋肉。


 俺は呟いた。あの年できっちりした筋肉。俺は筋肉バカじゃないが、俺が弱く感じるのは、背筋が落ちてるからだ。そろそろ元気になって来た俺は、また体を鍛えるような毎日のリズムに戻した方がいいと思ったのに、現実は、朝から晩まで座りっぱなしで仕事していた。俺、座りすぎの筋肉痛になるくらい、微動だにせず、作業して、動かないのに筋肉痛はおかしいと思いながら、あまりに同じ姿勢をきっかり続けるとそうなるのか、と不思議な思いだった。


 午後から受けるのはチャクラの調律ができるような特殊な音のバイブレーションのクラスだった。一年前に受けた時、効果がすごかったので、俺は期待していた。何か新しい発見があるかもしれない。


 クラスはギリギリになって、やっとドアが開き、先生たちが前にいた。先生たちも期待してる感じ。自由な姿勢良しということで、俺はあぐらをかいたが、そのうち、人々はシャバサナの姿勢で、毛布にくるまり横たわる。


 いつもリラックスする俺が、全然ダメだ。俺は頭を抱えた。何か、最近こういう感じが多い。何かを思い出しそうな予兆に頭を抑える。咄嗟にそうなる。なんだろう、よく分からない。


 俺は昨日、ショッピングモールをピリピリしながら歩いていた時に、自分の中にある芯のようなものを強く感じていた。俺は軟弱な時間を長く過ごしたが、やっとまともになってきた感じがする、と。そして、長い導入の後、音楽の演奏が始まった。導入は、瞑想に誘うインナートリップの序章だったが、俺にとってラッキーなことに、英語で、現地語の通訳がついていた。


 俺はその聞き取りにくいささやき声に集中して、瞑想はやらないが、旅行に入りつつあった。すごい音が聞こえる。それは俺の中の音で、もっともっと小さくなって……というディレクションに従って、俺はいくつもトンネルを越える。すごい勢いで流れるトンネルの中が青に何度も闇から通り過ぎる。


 そのうち音のない場所に行き着いた。さすがにちゃんと道先案内があると安心だ。俺は危険という理由で、瞑想することはなかった。小さくなり、何もない静かな虚空に行き着くと、そこから音楽に切り替わった。


 一体どんな音楽か、形容がしにくい。俺はこのワークショップ二度目なんだが、その時の方がよく理解できた気がする。ちゃんと手順を引いて、チャクラに働きかける音は、今どこのためか、俺にははっきりわかった。


 いつの間にか俺は静かに立ち上がり、一人だけ先導者に対峙していた。すごく挑戦的なんだが、それが自然で、俺は、ここは中東の国、と俺の前世を思い出していた。


 俺は足を踏みしめて、そこにいた。乾いた砂埃が舞う埃っぽい石造りの街で、俺は大人の男だった。美しい赤い唇をした整った顔の男。俺はこの男を嫌という程、覚えていて知っていた。白い肌に、黒目がちな大きな瞳、軽くウェーブのかかった髪。白いといっても女のような白さではない。


 俺は驚いた。俺が何度も俺の前世、女性で生まれていた時に、恋い焦がれ、待っていた男。美しく、自分を助けに来てくれる王子様。そいつがそこにいた。


 俺はいつも女に生まれ、どうすることもできない人生に、誰かが奇跡のように現れて、自分を救ってくれるのを待っていた。


 ある時は、この男、女性だった俺を一人で死なせないため、毒杯を口にした俺と一緒に死んだ。俺はその記憶を思い出し、そこから、俺がなぜ、毒殺されることにこれほど神経質なのか、腑に落ちた気がした。男は、俺の唇に残った毒で、一緒に死んだ。



 俺は女性に生まれ、いつもいつも、この男に恋い焦がれて、迎えに来ない時も、想いながら死んだ。


 この男……



 俺は、音楽を体全体に受けて立っていたが、突然に思い出した。



 この男……




 俺だ。

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