第312話 不動産屋と罠


 ゲートを開けると、二人の爽やかな男が立っていた。いや、爽やかなのは一人だけ。もう一人はなんだろ、誰?


 にーちゃんは英語でまくしたてた。なに、すごい流暢じゃん。俺はやりとりの最後の方で、ふと気づいた。英語ってことはこの国の人じゃないの?


 にーちゃんは俺を見て、現地語でなく最初から英語で喋ってたらしかった。俺は、ゲートを後ろで閉めた。爺さんに知られたらウザい。


 俺はすごい、マックスに恥ずかしかったが、まだパジャマで仕事してた。こんな時間だよ、昼下がりとっくに過ぎてるのに。仕方ねえ。



 にいちゃん達は不動産屋だが、エージャンシーが自宅。外に店舗がない。ふーん。手数料はその割に安くないが、俺は、ぜひこの家の今の価格が知りたくて、にーちゃんと話したかった。


 で、家見ないとわからない、と。そうだろうよ。


 俺は、売りに出して良い値段つくなら、売っぱらった方がいいんじゃないかと思い始めていたところだった。一昨日、爺さんに挨拶したのは、たまたま、庭師と庭の剪定でゲートのすぐ近くに座ってたからだ。


 で、俺をできるだけ見ない明後日の方に顔を背けた爺さんに俺は話しかけた。


 実は俺、Jさんからもらった時計型のアラーム、この爺さんに貸してやっていた。時計だが、鳴らすとものすごい大音量が鳴る。一度、爺さん、庭でこけて、俺が助けに行った時に、爺さんに渡した。呼ばって、誰も来ないかもしれないから、これをいつもポケットにいつも入れておけばいい、と。爺さんは携帯電話をポケットに入れないから、これなら軽いからいつでも持ち歩ける、と。


 俺は一応、Jさんに悪いな、と思ったんだが、俺だったら別にそんなもん使う用途が限られている防犯アラーム。音で相手を失神させるくらいの大音量のものなら、武器として有効でも、普通のアラームじゃ持ってても、仕方ないから。


 いや、Jさん、要らないから爺さんにあげたわけじゃねえよ。爺さんが庭で死んでたら困るだろ。だからだよ。


 で、新しい使用人がもうずっと爺さんの側にいるんだから、必要ないだろ。それで俺は、Jさんの手前もあって、返してもらっとこう、と。Jさん、爺さんのこと本当に嫌いだから。殺意を持って「俺、最初からあの爺さんはそういう悪〜い奴だと思って見てた」と言う。いや、多分そこまでは悪くないだろうと思うが、ま、わかんないね。


 俺は、Bがいない時に邪魔な俺を使いをよこして殺すとか、そういうこともあるかもな、とは一応は考えていた。食べ物に何か入れるとか。


 わかんないが、俺は常に、最悪の事態に備えるから、もしこの家に侵入者が入ってきたら、反撃していい?とは、Bには聞いていたが、Bは相手を殺してしまうくらいの反撃は過剰だ、と言っていた。まあそれもそうだろう。


 俺だったら、決定的なダメージのトラップを組んでしまいそうだが、失敗したら今度は自分やBが決定的な怪我や取り返しのつかないことになるから、子供みたいにそういう馬鹿な真似はしてはいけない、と気をつけていた。俺だって、自爆したくない。気を抜いている家でそんな事態になったら、馬鹿以外の何物でもないから。だから絶対にやらない。でも、仕掛けって魅力あるだろ。俺はそういうの考えるの子供の頃から大好きだったんだよ。建物の中でも外でも。思いがけないことになってるようなものを作るのは誰だって夢だろ?


 俺は実際の大工仕事なんかには、残念ながらすごく疎い。それは中学の時にすぐにわかった。学校で兄貴の作ってくるものと自分の作るものの出来の差を見たら、一目瞭然で俺は、ああ、俺にはこの道は向いてない、と思ったものだった。木でも金属でも、加工のレベルが兄貴の方が常に上。兄貴は、お前は発想力があるだろ、俺はコピーしたり、磨き倒すとかそういう系統のことしか得意じゃない、と言ったが、案外、発想力なんて使えない。だいたい実用的なジャンルに、余分な発想力を発揮すると、使いにくいものしかできない。デザインと機能性を同時に満たすものを作るとなると、俺はダメな方だった。俺の場合、機能性があって使える用途に成立させるのが不可能な方向にすぐ行ってしまうから。


 いや、いくら身の危険があったとしても、そういう事故を招きそうな罠を張るとかは、たとえ自分の家の中や敷地内でも、この平和な世の中にいる限り、絶対やっちゃいけないから。わかってるよ、十分わかっています。それはね、当然に。この世界に生きてるのは俺だけじゃないし。


 俺は、呪文のようにそんなこと絶対にやりません、と唱えたが、心の中では「反撃しないとヤられる」と思っていた。Jさんなんかは容赦ない。だって、自分がやられるじゃん、とJさんなら言う。やっぱり、Jさんとじゃないと話が合わない、といつも思うが、俺が敵になったら、Jさんどうするんだろうね。容赦なくヤラレるんだろうか。それはわからないね。聞いたことない。さすがのJさんでも、俺を殺すのは無理という感じはする。Jさんはそこまでクールに冷静に、なれないんじゃないかな。


 感覚的なことだからわからないが、同士討ちのような感じくらいまでしか無理な気がした。俺だってそうだ。俺、そこまでして生き残りたくない気がした。相手がJさんだったら、もう仕方ない。そこで諦める気がする。それはJさんも知ってる気がした。いつか、出会ってすぐの時に、そういう話になったことがある気がする。「もしも、本当にもうダメだという時は、俺がとどめを刺してやる」Jさんはそういうふうに俺を見ている。むしろ、地獄のように長く苦しむより、その方が楽なことを知ってる。


 Bに、せめてさ、Jさんとこと同じくらいに、うちもカメラやアラームつけようぜ、そんなの常識だし、と言った。現にこの家は、買った当初、ちゃんとアラームがついていて、それ、俺初めて来た頃、朝にうっかり破っちゃって、馬鹿みたいに警備の会社の人が来ちゃった。


 Bが「Jさんとこは過剰すぎておかしいから」と言った。俺はBを説得するのは無理、と思った。


 この狭い家の中で、たとえ大きな庭の剪定バサミでも振り回すと、むしろ家がすごいダメージ。俺は、めんどくせえ、もう引っ越したい、と思い始めていた。俺は無駄に広い空間が好きだったから、息がつまる。


 で、その不動産屋の男に、この家の見積もりに来てもらうことにした。本当は、買った不動産屋に頼みたいんだが、買った不動産屋は、俺たちがこの家を売るということについて、あまり賛成していない。ものすごく良い値段で買ったことを知っていて、同じような値段で、もっと良いところが買えるわけがないことを良く知ってるから。


 俺は価格を引き上げたかったが、Bはあまりに非常識な値段はダメだ、と言う。だったら、一体いくらが常識的な値段なのか、知るべきだ。


 爺さんは顔を背けて、最後まで俺を見なかったが、俺が辛抱強く、B出張でいないし、使ってないなら、アラーム返してください、と言った。


 俺ねえ、自分のものだったら、あげちゃえばいいんだけど、やっぱりJさんからもらったものだからね、何となく気まずい。最初から他のアラームが見つかれば、それあげてればよかったんだけど、俺はアラームは2、3個持ってたはずなのに、一つも見つからなかった。


 トラップ張るのに便利だから持ってたんだけど、どこやったっけ。


 一個は昔、馬鹿な泥棒がアラームに驚いてそのまま逃げたんだよな。あの時、結局、被害あったのかどうかは忘れたが。握ったまま逃げたんだな、多分、金とアラームの留め金。


 俺は、こういうね、防犯って、そういうことすら起こらないようにしとくのが本筋、と思ったね。言葉通り「罠」の状態だからね。罠の仕掛けを作らないとダメな状況自体を避けないと。罠張ったら、やっぱりかかったか、と思う前に、そういう状況を避けるのが賢明だし、普通だよな。泥棒をおびき寄せる状態になるわけだから。


 まあいいや。とにかく、この鬱陶しい家をさっさと売るという手もあるわけだ。でも当たり前だが、一億も利益出るわけじゃない。

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