第301話 Yさんと。


 遡れば、そういやYさんと二人だけで夜ご飯を食べた。たまたまBが出張でいなかったんだよ。デートじゃねえ。


 俺はウキウキしてた。だって、Yさんはさ、フライトアテンダントだよ。なんでも知ってる大人の女だから。年齢はかなり上だけど、俺、とても気軽なまるで息子気分で楽しく晩御飯食べた。


 で、俺は余計なことを口滑らかす。


 実は俺ね、コンテストに応募しようと思って、本気で小説書こうと決めて、ほとんど草稿あげましたよ。


 俺がサラダを頬張りながら言った。別にサラダじゃなくてもいいんだけど、俺ね、やっぱり焼肉とか嫌なんだわ。アジアンとか。だからおしゃれな健康的なカフェで酒の出ない店を選んだ。


 Yさんはいつも俺のこと応援してくれて心配してくれていたから「えーーすごいじゃない〜」と言ってくれて、「読ませて読ませて!」と言った。


 俺は「ヤですよ、すごい激しいセックスシーン書いたから、表現の自由についてのガイドラインを調べてるとこです」と答えた。


 Yさんは「え〜」と言ったが、「そう言わず、どこかに書いてないの?」と聞く。俺は実はネットで書いてるけど、誰にも言ってませんよ、と答えた。


 Yさんはハンドルやどこで書いてるのかすごく聞いてきたが、俺はもちろん絶対に話す気はない。俺は常に書いてきたが、一度も人に言ったことはないくらいに秘密を守っているのだから。


 ストーカーのように追いかけられたことも何度もあった。相手の人がすごく素敵で、会いたいなと思っても、俺は絶対に身分を明かすことを100パーセントしないできた。たまたま実際に知っている人だった時は仕方がないが、ビンゴで当ててきたような人は……俺の知らない人では、いた。俺よりリサーチ力が上の人ばかりだ。今、何をしているのかわからないが、ネットはすごい怖い世界だ。俺が消した、学生時代のサイトを見せられたことがあり、マジかよと思う。ウェブに痕跡が残ってないものを引っ張ってこれる人というのは、本当にすごい。どうやって調べて、どうやって出してきたのか。あの人、日本人じゃなかったが、今どこで何をしてるんだろう。そしてこの文は俺の文だと流石に気づかないだろ。そういうのが分析できるソフトとかあったら、勝手に自動抽出で見つけられてしまうな。今の顔認証みたいに。


 まあそんなわけで俺はたくさん素敵な人と知り合っても、それを現実の何かに繋げることはしないので、もったいなかった。今でも時々連絡がある。俺はメアドも実は捨てアドで滅多に見ないために、連絡来てもわからないが、勘で、あの人が俺のことを考えてる、と気づいた時は現れることにしていた。そうは言っても、そのうちに、二ヶ月も三ヶ月も経ったりする。すごく申し訳ないが、きっと生まれ変わったら会えるよ。


 なんというか、この世のつながりというのは儚い。毎日、何年も話していたような人でも、そんなふうに疎遠になるのだから。


 次回にYさんに会った時、俺たちはカフェで一緒に朝ごはんを食べた。Bも一緒だった。俺、そこのウェイトレスの子、本当に嫌いなの。頭が悪くて、高い方の注文を進めて、可愛くなくて、日本語で「お前、そんなじゃモテねーだろ」と呟いて、Yさんから「こらっ」と怒られた。


 俺ね、Yさんの前ではチンピラみたいなのが出てしまう。だってよくわかんないけど、一緒にいるとそうなる人っていない?Bもそうなんだけど、俺、Bといると俺のキャラ、またそういう感じで、だから俺、Bといると本当に頼りない弟系になる。これね、長く続けると悪影響。俺がダメになったの、絶対Bと一緒にいるせい。B、俺のこと甘やかしすぎるよ。Bが荒れてた時、俺は大人しくしてたけど、また普通のBに戻ったら、俺もまた、普通の俺に戻って、Yさんから「何ジャレてるの?」と言われた。Yさんは俺が真剣に「いや、もうBと一緒にいるの限界です」と蒼い顔をして、胃が痛い、と言っていたのを知っているだけに、多分今も心配してくれている。それなのに俺は、そんなことすっかり忘れて、持っているパンでBを殴ったりするから。俺とBがチャンバラしたり、キックしながら歩いてるのを見たら、こいつら一体何なの?ときっと思うと思う。俺、そういう中高生時代送ってないから。俺んとこの中学は荒れててそれどころじゃなかったし、高校はすごい進学校で、廊下を走る人とかいないから。


 俺とYさんがつい日本語で話し込むから、Bが退屈そうにする、Yさんが現地語に切り替え、俺たちは現地語で会話したが、Yさんと俺はBがクリーニングを取りに行った隙に、また延々と話し込んだ。



 その後どう?エロ小説の方は?


 Yさんはそう言って、笑った。俺は「え?」とダイレクトな表現に笑ったが、やはり、ペンネームを教えろとYさんはしつこい。



「いや、俺は絶対言いませんよ」


 俺は笑った。本当に言うつもりなどないから。俺、そういや、Yさんに自分のこと何も言ってない。俺はいつもそうだけど聞かれても絶対に答えない。それ、みんなに平等だから。


 帰り際にYさんがまたあまりに聞くから俺は「Yさん、俺、結構うまいから、じゃちょっと試してみますか?」と軽く冗談を言った。そうしたら案外な反応で、俺はちょっと驚いた。


「嫌。私に関わらないで」


 あまりに真面目な反応だから、俺は「冗談に決まってるじゃないですか」と言えなかった。しまった。


 俺はYさんが離婚したばかりと言うのを考慮してないし、何より、友人の俺がそういう冗談はまずいだろう。何より、俺にそんな気は1パーセントもない。


 軽い大人の冗談のつもりが、真面目な反応にこっちがショックを受ける。


 俺そんな魅力ない?


 こういう反応は初めてだな。



 年上、難しいなあ。


 俺は、母さんと同じ年代くらいの人に、まずいジョークを言ってしまった高校生のような気分になった。いや流石にまずいだろ。



「岬、なんてこと言うの!」


100パーセント母さんなら激怒。


 俺ねえ、まずい地雷踏んだと一瞬思ったわ。だってYさんが俺のセックス描写に興味あるって言ったんだよ?


 エロってキーワード出すからさ、俺、口滑った。馬鹿だね〜。


 俺は気まずいなあ、と思いながら、携帯メッセを送り、謝ったわけでないが、末尾に俺のペンネームを添えた。これだけじゃ検索しきれないのは知ってる。

いや無理だよ。それにね、どうせ出てきても、膨大すぎて読むの無理と思う。


 俺が他のペンネームで書いてるやつは探すのは土台無理だし、同じ作者とわかるわけもない。向こうを熱心に読んでいる読者なら、ピンとくるか。多分、無理だ。更新もしてないし、もう時効だろう。


 Yさんが確認するメールしてくる。これがペンネームなの?と。


そうです。


 俺は、渋々バレても仕方ないと思って送ったが、それは、Yさんの同僚が有名な作家さんの妹だと知っていたからだ。Yさんも本をよく読み込んでるから、俺の文章についてきっと、「なんなのこれ?ダメじゃん」と言ってくるだろう。


 性描写はネットには書けないですから。俺は実はそういや、うーん、俺上手いな、と思って埋もれさせたデータがどこ言ったか思い出そうとして、わあ、クラッシュしたPCの中で成仏してる、と思い出した。


俺ね、ネットに載せとくべきだったの?絶対どこにも残ってないことになるんじゃね?プリントアウトして残しているものは別として、普通、プリントアウトなんてあんまりしねーじゃん。特に性描写。


 惜しいのかな?と俺は考えたが、惜しくないね。どうせいくらでも時間さえあったら無限に書けるのだから。こんなの全然自慢になんねー。やっぱり売らなきゃ意味ないんだろうが、人生セックスだけじゃないから、きっと飽きるんじゃないかな。俺は、相手の女に寄る、とは思ったが、俺は誰かと深い関係をずっと持って付き合うとか、どう考えても無理な気がした。息苦しい。電話に女が出て、その声を聞いただけで、ダメな時もある。鬱陶しいんだよ、無理。


 それは不思議だったが、俺、よほどの人じゃないと無理らしく、だから好きになるという感覚は、もうほんと怖いくらいにはっきりしてた。好きな人は、もうはっきりしてる引力の差のようなものが圧倒的だから、そういう意味で俺、動物的なんだね。


 俺は苦笑した。いやでも絶対に見つけられないと思う。暇な人じゃないと検索して探すの無理。


それにたとえ見つけても、俺はお前なんなの、って言うくらい実は過去からたくさん書いているから、ネットにある文だけでも全てを読むなんてまず不可能。こんなに長い文を1日で書けるって、一体どれくらいの時間がここに費やされてるの?と聞かれることが結構あった。長すぎて読めない、と。


 俺、生きてる時間を全部書くのに使って、ボイスレコーダーまで使って、両手が使えない時も書こうというくらいの人だから。ボイスレコーダーから、文字が漢字間違いなく変換されたら便利なんだけど、漢字の間違いを治すことを思うと、自分でタイピングする方が結局早いんだよね。間違いが少ないから。


 それが全部、趣味の駄文でバカだね〜。


 俺は音声入力に切り替えるのを検討していたが、それはキーボードを見るのがもう辛いからだ。目が痛い。


 そこまでして書かなきゃいけないほど重要なこと書いてない。


 Yさんはペンネームのことだけ聞いたら返事一切返してこなくなった。そんなに興味あるなら「お姉さんが教えてあげる」とか言えそうなものなのに。



 でも俺は気まずいと思った。Yさんは俺のこと結構心配してる。俺、ボロボロで朝ごはん食べてたし、実のところ、空港まで好きな人追いかけたり、他の女の子にいきなり恋に落ちて、衝動的になりそうになったり、今かなりやばい。



 いやほんと、これ、真面目にまずいと思ったのは、目の前に好みの子がすぐ近くに立った時だったね。危ないです。


 目を開けてるとまずいと感じて目をつぶった。あまりに綺麗だから、目開けてるとまずい。ドキドキするから。


 そんなことを思って信号待ちしていると、窓の外に葉桜になりかけた美しい桜が見えた。今年はほんと、あらゆるところで咲いている気がする。



 俺が助手席でぼんやり立て看板の前の散る直前の見事な桜を見るともなしに見ていたら、運転していたBが、いきなり俺の腹を突いた。


「お前、痛ってー!いきなり何すんだよ!」


俺がそう言うと、Bは「だってお前、今、目が死んでたよ」と笑った。



 俺が思わず笑うと「お前、時々最近そういう顔してるからさ」と言った。



 Bは仕事のせいなのか、最近優しい。俺はこれが本来のBなんだよ、と思った。俺、Bがやばいと心配して追い込まれてた頃が嘘みたい、とホッとした。


 B、俺が何考えてるのか本当に驚くほど当ててくる。俺が悲しいと思ったら、Bが俺の顔をさっと見て、お前、今悲しいんだろ、と言わなくてもそういう目で俺を見る。


 俺さあ、永遠の中学生みたいな立ち位置になるのは、絶対Bのせいだから。俺のせいじゃない。Bといると、学校の寮で生活してるみたいなんだよな、ほんとに。


 BにはYさんとちょっと気まずくなった、とBに言わなかった。俺ね、Yさんをそんな目で見るわけないでしょ。ただ思ったんだけど「絶対にそんなのありえない」とお互いが100パーセント思ってるのってね、それはそれでアレなんだわ。


 いや、色気がない関係だね。そこがお互いに、何か、なんだろう、すっごい気まずい空気流れた原因みたいな気がした。


 いやあ、やっぱりありえないから。




 

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