第169話 俺が死んだらBはどうなる?他。


 Bと俺というのは、運命共同体だ。俺がこの家の頭金を出したから。実家に借りて、俺がその金を返してる。Bがローン払って、俺が食費や車のガソリン代を出して。


 まあ、Bも女がいるよな。俺さ……


 俺がもし癌でさ、三〜四ヶ月の余命なら、お前、誰か女探して来て、ここに一緒に住めよ。


 その女が性格良ければ、まあちょっとの間くらい、俺と同居でもいいだろ?そうすると、お前、食いっぱぐれず飯が食える。


 俺が死んでもだな、その女が飯を作ってくれて、ちょうどバトンタッチ。


 俺が家のこと一切するから、三人分飯作るし、フルタイムで働いてしっかり収入ある女を捕まえてこいよ。一件落着する。


 夕飯のサラダを平和に食っていたBは「ぶほッ!」とサラダを吹き出した。


 こんな漫画みたいな表現が本当に実在するところ、俺は初めて見た。


「岬、お前……ヌヌー(乳母)がお前にいるから、そんなこと言ってるんだろ?」



 Bは笑いながらそう言った。鋭すぎて今度は俺が爆笑。



「あはははは……!そっか、俺、乳母が必要なのか!」


 俺は、Bが飯困る期間ができないように、と思ったが、三人だと何かと安心と思ったのかもしれない。実際俺ら、昔、シェアで6人で住んでたことあるから。


 俺、結局、なんか知らないけど、家にいる料理する・掃除する人になるんだよな。意味不明。決して料理・掃除など好きなわけじゃないが。



 ああ、でもBの恋愛は書いたかもしれんが不毛だ。


 B、お前ロクな恋愛しないな。



〜〜〜ここから先、**話とうまく挿入できなかったので、独立させてません。読みにくくてすまん。ずっと何話分か、つらつらアップしてます。


 〜劇場へ行った〜


 俺たちが金曜に劇場に行った話はしたっけ?一応、女優だというから、期待していた俺。


 劇場に行く道でばったり友人に会うB。会社の同僚らしい。えらくおばさんだな?何歳の人?


 俺は驚いた。その人がBの友達の女優だと。も……もうちょっと写真の写りは良くなかったか?


 あまり人の容姿について言いたくないが、可愛い子豚ちゃんみたいなおばさんだった。俺は脱力する。



 死に物狂いで出かけてきた俺、なんでしょうか?死にそうにしんどいのに、「女優」に釣られ、無理して出てきた俺って何?



 俺は、ビールなど飲まん、と学校の机のような場所に座り込みBを待つ。混雑のバーは古い映画のセットの駅のようだ。


 俺はボケー……とでBを待つ。


 今日はなんなんだ、おじいちゃんに金を毟り取られるように無理やり奢らされるし。この話書かない。俺は怒っていた、詐欺師じゃねーか。あのグリーンのスーツの金持ちの爺さん、俺に奢らせやがった。こんなやつと一緒にいたら、カジノでスッたと際限なく奢らされかねない。俺は老人には優しいが、詐欺も一度しか通用しねえ。また会いたいと爺さんは俺の手を握って言ったが「は? 俺、失業中で金ないから無理です」と答えた。盛んに俺を賭け事に俺を誘っていた理由が見えた。この爺さん、「人の金で遊ぶ常習犯」らしい。やっぱね、その辺で知り合う人には要注意だね。俺は「ネズミの剥製のウィンドー」に気を取られて立ち止まってたんだ。そしたら話しかけられて。ちょうど暇だったから、何となく相手してやったのが大きな間違い。それって先週のことだった。


 爺さんしつけーから、翌週、どうしても俺に会いたいと、駅に来やがった。俺ねえ、時々、信じられないくらい優しすぎるんじゃね?と言われることがある。まあそうかも知んねーが、一応、毒舌っぽいだろ?まあでも、実は実際は言わねえ。「書くだけ」なんだよ。だから俺、もしかして天使みたいに見えるんじゃねーかな。


 俺の手を引いて、よくわからん知人のケバブ屋に連れ込もうとするから、ちょっと待て、と俺は、仕方なくその辺のファミレスを選んだ。わけわからん店より、ファミレスの方がまだマシと思ったら、それは大きな間違いだった。レンジでチンでも、どうやったらこんなにまずい飯になるの?って、料理が出て来た。人が食えるギリギリの状態。俺ねえ、冷たいポーチドエッグがいつ作られたのか聞くのが怖かった。まさか腐ってはいないようだが、一応腐ってないということらしい、と思いながら食べた。幸いねえ、俺、それしか注文せず。アスパラとポーチドエッグ。何をどう考えて、アスパラと冷たい卵を食うんだよ。アスパラにはバターだから、冷やすなよ。適当に「作り置き可能」だけを考えたメニューだろ。


 おまけに爺さん、自分一人ならこんなところに入ることはまずない、と言い、(俺だって、そうだよ!)、勘定の時に、自分の手に握った金を離さない。何だよ、その見せ金は。自分の食った分、払うつもりねーのか。払うフリだけかよ。何で見も知らぬ俺が爺さんの分まで払わないといけないんだ。おまけに、お腹空いてないと言いながら、爺さんが頼んだのはステーキ定食。まずいまずいと言いながら、俺よりしっかり食う爺さん。俺にちょっと食わねえ?と聞いたが、要らん。俺ねえ、マズい飯は食わねえ主義。さっきも、おしゃれな女の子が働くオーガニックカフェに連れて行ったのに、爺さんは、こんなメッシュの椅子は痛くて座れない、とぬかしやがった。痛いって言っても、ちゃんとカーブしてる形状。確かにクッションぐらいあってもいい。俺は仕方なく、道を渡ろうとして、爺さんがヨロヨロ過ぎるのを見て、ファーストフードのハンバーガー屋に入ろうとした。そしたら俺自身、フライドポテトの油の匂いに、ウッときた。俺ねえ、体調不良なの。この油の匂い、俺が無理。


 仕方なくその隣のステーキ系のファミレスへ。静かで席は普通だったが、カトラリーに洗い残しがある。ちゃんと客に出す前にチェックしろよ。食事時なのに、田舎者っぽい外国人観光客、一組以外は誰もいない理由がよくわかった。人が食えるものを出してない。わらじのような不恰好なステーキは、咀嚼不可能に固いだけでなく、冷たい。潰れろ、こんな店。


 次は自分が払うからさ、と爺さんは言ったが、ふざけんな、と俺は呆れて、また今度、とその場を去った。よほど着信禁止にしておこうかと思ったが、棺桶に片足突っ込んだ爺さんだから、そこまでしない。かかってきても取らねば済むことだ。電話したのになぜ取らない、と言ってたが、知ったこっちゃねえ。


 せめてもうちょっとマシな飯なら良かったんだが、まだ五百メートルも歩いてないのに、爺さん「疲れて歩けねえ」とか言いやがって。やはり家で寝とけよ。俺が手を引いて歩かないと、車に轢かれて「のしイカ」になりそうなヨロヨロの爺さん、俺ほんとね、大丈夫かよとできるだけ近い店に入った。何なんだよ。どうやってここまで来たんだよ。爺さんは、斜め前に座った小太りの若い女性の背中をジロジロ見ていた。だらしなく開いたオフショルダー。あのねえ、ジロジロ見るにも限度があるだろ、爺さん。完全に上の空で、この爺さんの下品さに俺は、なんでこんな爺さんと俺が付き合わなきゃなんねえ?と、ただ暇に任せて「爺さんの健康の秘訣」をリサーチするのも面白いと思った俺が大間違いだった。もうちょっとまともかと思ってたが、上品なスーツにすっかり騙されたな、俺。


 俺は、そこまでお人好しじゃないから、すんごく怒っていた。見知らぬ死にかけの爺さんだと思って、ちょっと親切にしてあげたら、図に乗って。おまけにカジノ?カジノに一緒に行かないかなんて、バカも休み休みに言えよ。俺はそこまで穀潰しじゃねえ。酒も飲まねえし、賭け事もやらない。興味ない。女遊びもしないし、ここまで真面目でも、仕事で稼げないというだけで「穀潰し」と呼ばれるのに、ふざけんなよ。


 爺さん、俺の見た目の良さを利用して、俺に詐欺の片棒を担がせようというつもりらしかった。俺に自分の分のごはん奢らせるくらいならともかく、他の人はそこまで寛大じゃないぞ。寸借詐欺の犯罪者だぞ、爺さん。何するかわかんねーようなやつとツルむほど、俺も馬鹿じゃねえが、こういう時、なぜカッと怒って威嚇できないのか、俺は、「ああ、もう、爺さん弱者だから仕方ねえ!」とただ腹を立てていた。


 俺だから、詐欺も成立したが、死にたくないなら、気をつけないと知らんぞ。そう言われれば、前に最初にお茶した日も、見せ金をいつも手に握っていたが、お前、その金出せよ。爺さんは「これはツレに返す金だから」と俺の財布を探り、もっと入ってないのか、と言った。俺は現金は持ち歩かないから、カードで払ったが、爺さんな、殴られてもおかしくないぞ。人の財布に手を突っ込むなよ。ここで俺は確信した。財布から何かスリ取られても、おかしくないから。この爺さん常習犯だ。



 Bがウキウキでビールを持ってやってきて「何お前、燃え尽きてんの?」と言う。俺は、こんなバカなことが今日あったと言ったら、真性のバカと思われると、テーブルに突っ伏していた。俺は外でアルコールはできるだけ飲まねー。万が一の大事の時に酔ってたらアウトだから。


「いやB、お前さ、なんか、女の好みに問題ある」


 俺はさっきの子豚ちゃんを思い出しながら言った。いいよ、優しそうだよ、癒されるかもしれないよ、でもな……


 女優に釣られた自分も痛い。


 俺は突っ伏したまま、そう呻きながら、やたら嬉しそうに女の首を触ったBを思い出す。





 あれ……


 もしかしてB、お前、首フェチ?そんなのあるのか?




 そういや、Bは家の冷蔵庫でも、ビールを取りに行く時、必ず俺の首をあんなふうに触る。


 さっきあの子豚な女優の首をベタベタさわってたB。なんなの、あのおばさん、Bの好みなの? あの白豚みたいなキュートなおばさんが。



 確かに、生まれたばかりの子豚みたいな感じは可愛いが、俺にはキツイ。子豚にしか見えないぞ。


 どうしたらいい。


 もしかして、三人で住むって案も、子豚みたいなの連れてくる?



 俺は、でも、まあいい、と思った。あんまり綺麗すぎるメンヘラとか、自意識過剰とか、変な男連れ込む女とか、そういう変わったのより、子豚の方が害がない。



 もうちょっと……こう、もうちょっとな、ごくごくごくごく、普通の女はいないのか……



 Bはすごいイケメンというわけではないが、フツメンというわけでもない。そのお前が、女の好みがおかしいぞ。


 Bは決してフツメンではない。基準が厳しい俺の中では、イケメンというには微妙だが、まあ、イケメンな方だ。


 俺が凍りつくイケメンというのは、モデルか俳優業ができるレベルの男だけだから、まあ、基準が厳しすぎるのはわかってる。


 兄貴もイケメンだが、弟もイケメン、従兄弟たちもイケメン、俺ら、正直イケメンばっかりだから、元々の基準が上過ぎるのかもしれない。


 B、お前もうちょっと、昔はイケてたよな。出会った頃は。


 お前、女でダメになるタイプなのか。お前の選ぶ女、ことごとく地雷みたいなメンヘラが多かったが……。


 俺とはの趣味で、俺が高嶺の花しか興味なく、告白するまでもなく自爆するのに比べると、Bの場合、全部、ばかりだった。


 Bが好きになる女というのは、必ずと言っていいほど、他に相手がいる。その他の相手がいる女を遠くから応援するのがBの恋。なんだよ、お前、意味不明だぞ。


 ちなみに子豚ちゃんは、後から聞いたが、再々再婚をしている。嘘だろ。何回配偶者、乗り換えてんだ。子豚フェロモン、恐るべし。



〜〜〜


 劇場で俺は、睡魔と戦った。


 結構、面白いコメディなんだが、脚本がまるでこっちの「飲み会」を再現しているダケのようなコメディだ。


 これ、普通に「友人宅の飲み会パーティ」に参加してるのと何ら変わりない。もうちょっと練ろうよ。


 パートナーいるのに、別の女を口説く男。口説かれる女。果ては別れたレズの恋人の再会に。可愛い子豚ちゃんとおかまみたいな主人公のおばさん。パーティに踏み込んでくるサディスティックな警察官。



 ……この主人公……俺がカツラかぶってスカート履いたら、再現できるぞ。


 俺は疲れでウトウトしながら、悪いが寝させてもらう、と半分は省エネモードで鑑賞した。舞台から丸見えだろうが仕方ない。現地語がわからない、と後から何とでも言える。……すいません。俺はできるだけ目を開けて寝た。



 俺が帰り際に、Bにそう言ってみたところ、Bは言った。


「俺もそう思ってた。最後のシーン、特にポリスに追いすがるところ、お前、できるだろ!」


 大げさに髪を振り乱し、身振り手振りで舞台で大仰なセリフを言う。


 俺、ああいう演技ならできるよ。映画やドラマなら不自然すぎるが、舞台なら、「大根」でもなんとかなる。


 Bが「お前も仲間に入れてもらえば?アマチュア劇団だけど」と笑った。Bは遊んでると機嫌がいい。無理してついて来てよかった。


 「いや、俺はいいよ、オカマ役でコメディ舞台デビューとか、俺、やれば絶対できるだろうけど、それはお断りしたい」


 俺は、むしろあのおばさんよりも綺麗になってしまって、おかまに見えなくなっても困る、と思った。


 Bが「お前、普段から人の気を引きすぎる派手な振る舞いなんだよ」と言い、お前、静かにしてないといけない場面で「ドタドタ」目立つだろ、と言った。


 俺は静かにしていても目立つ。別にドタドタなどしてないが、とにかくちっちゃい愛玩動物のように、可愛がられる。Bが酒に酔ったりして、ぎゅーと抱きしめてくると、俺は本気で思わず肘鉄を喰らわしたくなる。手加減するが、とにかく俺の周りは常に鬱陶しかった。子どもの頃からだ。


 年取ったおばさんとかからは、まあかわいい!とほっぺにチューとか、うざったいこと、この上なかった。俺はペットじゃねえ。


〜〜


 俺は、さっさと劇場から一番に出た。


 実は俺、小劇場には慣れている。大きなホールの会場の裏や控え室にも子供の頃から詳しい俺は、劇場に入った時、ここでテロあったらアウトだろ俺たち死ぬしかないだろ、とゾッとしていた。


 なんと作り付けの椅子が片方しか通路がない並びになっていた。一番奥の席は壁にくっついてる。ありえん。奥になったら、トイレにさえ行けねえ、ってことはだな、俺とBは一番端に座ってるから、何か起これば、高確率で、逃げ遅れる可能性大。


 俺は入口、非常出口を確認して、なんでこんな場所選ぶんだよ、死にたいのかB、と小声で罵った。


 Bはうるせえ、滅多なことなどない、と言ったが、銃撃戦のテロのあったライブ会場、あの日、俺らはすぐ近くのカフェにいた。


 いやまじ、冗談じゃないし。


 俺は、前から3列目、2列目が空席で、なにかあったらそこを飛び越え、逃げたら早い、と思って、退場する時はそこはひょいと飛び越えた。だからBよりずっと早くさっさと劇場を出ることができた。幸い、なんというか安物の椅子なんだろう。低い。ひょいひょい飛び越えた。


 ああいう劇場で最も怖いのは火事。電気系統や照明のセロファン発熱で発火したら、狭いところに人数詰め込んでいて、素早く逃げられない。俺は、天井を見上げ、落ちてきたら直撃するかもしれない場所に照明取り付けてあるから、2列目に座るのはパスしよう、と考えて大人しく神に祈った。


(……神様、何事もありませんように)


 で、もしもテロリストが撃ち込んできたらどうする?


 俺はこの段階で、テロリストが観客に紛れてないかチェックした。


狭い劇場にぎっしり、ざっと見渡しても、それらしき奴らはいなさそうだ。


 この劇場の立地が怖い。ユダヤのシナゴーグの隣なんだよ、嫌だなあ。


 俺は閉所恐怖症気味でもあるから、今から暗い狭い中、大勢と共にここに閉じ込められる状態になるということに(うあああ!忘れてた……)と、とにかく何も起こらないことを祈った。


 俺は保育園の段階で、そこいらの女を差し置いて、親指姫の候補に上がるほど可愛かったので、実際の親指姫は女に負けたが(当たり前か)、実は軽く演技の勉強はしたことがあった。


 俺、涙が止まらなくて困って、そういう感情移入しやすいタイプはむしろ危ない、向いてない、と注意されたことがある。俺、その直前に、カモメの死に立ち会ってて、交通事故にあったカモメの片割れが、その片割れの側で心配そうに旋回していて、どうしたらいいかわからなくて。


 それで学校には遅刻して、その日はフリーで即興の演技をグループで組み立ててやる日だったんだが、悲しい演技に涙止まらず。


 なんだなんだ、ということになり、俺、本当に困りました。


 恋人を亡くしたカモメの気持ちが乗り移った俺。俺、涙、自動化することある。こんなに涙流してるのに、ちゃんと撮れよ。俺は、仕上がりのラッシュ見て、俺の流した涙、無駄かよ、とガッカリしたことがある。涙の粒、撮ってないと、嘘泣きにしか見えねえ。


演出に問題アリと、表現というのは難しいな、と感じた。泣けと言われて、カメラの前ですぐ泣けるような女は俺の友人にはいない。やはり、女優やモデルとはなかなか出会わないし、やつらは付き合いにくい人種。舞台は別にせよ、俺は酒も飲まないし、すっかり仙人と化していた。酒飲むとかって、重要なんだよな。営業。


 俺は芸能の世界には本当に向かないと悟った。映画ならなんとかなったかもしれねーが、俺を使いたいというような奇特な監督に出会わず。まー、大根だからしょうがねえ。エキストラでも目立ちすぎて、すぐにハケさせられる始末。



〜〜〜


 コメディの舞台は楽しかった、と言うまでもなく、俺らは先を急いだ。


 何と言ってもこのエリアの治安はそうそう、前からやってくるやつらを倒してクリアしながら駅に向かわないといけないようなエリア。


 案の定、喧嘩や、怪しいやつらと出会い、俺らは黙々と前に進む。


 ちょ……B、道変えようぜ。



 俺が一瞬、怒声にまずい、喧嘩してる奴らが道の先にいる、とBを見たが、無視して直進のB。



 俺、嫌だ、わざわざ危険に自分からつっこむB、強ければいいけど、お前、見掛け倒して頼りにならない。Jさんなら違うが、お前と組むのは嫌。


 俺は、うわあ、最悪、と思ったが大したことはなかった。


 叫んでいたのは女で、酔っ払い、彼氏の男と痴話喧嘩、彼氏が暴力振るう一歩手前。


 彼氏はバツが悪いのか酔ってるのか、Bにタバコの火持ってない?と近寄ってくる。Bは丁寧に、すいません、俺タバコ吸わないです、と答える。


こういう時、相手の気に触ると殴りかかってこられる。Bの態度、正解。


 あ、そう、と離れていく酔っ払い、女が罵声を浴びせながら男を追い、まだ揉めてる。先を急ぐ俺ら。



 車が止まり、窓から黒人の男。誘拐か?


 俺、そうやって止まってる車のやつらにいきなりカバンをひったくられたことがあるので、この状況、相手がクリミナルなやつらだともう終わりです。至近距離すぎる。


 幸い、何もなく足早に車の側を抜ける。だいたいね、深夜に外にいる方が、犯罪者ホイホイ。襲ってくれと言わんばかりです。



 俺は、何かあっても自己責任のこの状態、タクシー拾うか?とBに行ったが、Bは大丈夫と言う。まあ、Bが言うなら大丈夫。たとえBでもね、この時間のこんなエリアじゃ、何があってもおかしくない。見かけが優男な俺なんて、なおさら。海外じゃ、男でもマワされるかもしれない恐怖ある。みんなそんなの知らねーんだろうが、変なエリアに行かないように。屈強な男たちに囲まれたら、男でもアウトだぞ。


 地下鉄に乗る。ここでも怖い。Yaku中かなというようなレゲエのおばあちゃんみたいなおばさんがフラフラ金を恵んでくれ、とやってくる。恵んでくれ、じゃないな、金をくれ、だな。


 俺は被っていたハットをさりげに下ろす。このハット目立ちすぎてターゲットになる。オシャレすぎてこれのせいで、おじいちゃんに目をつけられた。それなりに高かったから仕方ないな。俺は安物の服は嫌いなんだが、着ている服で危険を呼ぶというのは嫌というほど経験している。だからユニクロも着る。兄貴も同じだ。あんまりいい服って、人目引きすぎて。あんまり目立たない服が安全。着古した服とか、風呂に入ってないとかだと、人混みに紛れられる。俺ねえ、今日はシャワー無し、で出かけることがある。考えられないんだが、ちょっとでも目立たない工夫。髪洗ってないのに、ハットかぶるのすんごい抵抗ある。ハットって洗濯できないじゃん。俺、鼻がいいから、実は他人の匂いが我慢できない。エレベーターとか車とか、人の匂いが苦手。逆に綺麗な女性のフェロモンだと、本人がいなくとも、そこに誰かいたのがわかるよ。五メートル以上離れてても、その先にいる女の匂いが流れてきているのがわかることもある。匂いで「服の下も綺麗な女」を嗅ぎ分けられるよ。あんまり使えねえ、この能力。


 俺は、失敗したなあ、このハット、気に入ってるけどと、心の中で舌打ちした。パナマ帽のようなよくできたハット。



 俺失敗した。白いジャケットもここじゃ派手すぎる。俺ねえ、時々、気を抜くと、とんでもなく派手になりすぎる。ゲイじゃないから、あんまりおしゃれだと間違われる。


 俺は電車に乗って、前の黒人の奴に話しかけられ、すいません現地語わかりません、と神妙な顔で答えた。


 やつは、携帯の電源が切れ、俺のチャージしてるUSBケーブル貸してくれない?と言ってきたんだが、携帯を奪われてはたまらない俺は、知らないフリ突き通す。


 うっかり渡したら高い確率でそのまま強奪。当たり前に危険すぎてとても人を信じられない。なんせ終電車。郊外まで無事にしがみついて乗っとくしかない。


トラブルあったら、もう電車はない。自分の駅まで絶対にこの電車に乗ってないとダメ。


 Bは遠くに乗ってる。なぜ離れてるかってBが馬鹿なんだよ。


 俺がわざわざ、安全そうな女のたくさんいる場所を選んで座ったにもかかわらず、BはBなりに、もっと見渡せるところがいい、というから。


 俺は仕方なくBが見えるボックス席に移動したが、そこにやってきたのはブツブツ電話で怒鳴る黒人。やめてくれよ、おい。


 すぐに移動すると因縁をつけられ、殴られるかもしれないので、俺は仕方なくそこに座ったまま、おいやばい、とBにメールだけ送る。


 その黒人は、俺が言葉わかりません、と返事したにも関わらずまだ、中国人か?と呟いてくるが、俺は完全に無視。


だって言葉わからないんだもんな。返事しないわかんないフリ。



 電車がもうすぐ着く。降りるため前へ移動するふりして、さっと他の安全そうな一般の女性のいる席へ。


 俺はハットをとって、白いジャケットをカバンにしまう。シワになるけど仕方ない。


 ジーンズ系の生地のワイシャツを代わりに出してきて羽織ってボタンも留める。これで、ぱっと見、俺だとわかんない。


アジア人はみんな同じ顔に見えるだろうからな。



 俺は、安物のシャツ持っててよかったわ、とほっとした。派手なトップスが地味になったら、たいていの奴は見落とす。追いかけてきた奴を上手に巻くのに、俺はそういうふうにさっと着替えることが多い。尾行とかだと、この国ではアジア系は目立つからダメだとJさんに言われた。逆にJさんはアジア圏じゃ目立つ。


 尾行で人を追う時は、靴をチェックしろというんだよ。靴を履き替えるのは通常難しいから。


 Jさんはさすが本職、こういうのに詳しい。一度、Jさんに尾行の仕方を教えてくれよ、と聞いたら、日本とそう変わらない方法を取っていた。チームで尾行、結構気付かれにくいというか、Jさんの女装は本当に笑ってしまった。


 日本だとここまで心配しなくていいよなあ。こっちだといきなり殴られて、財布や携帯られても、それで日常茶飯事の普通だもんなあ。


 ああそう、ってレベル。




〜〜〜


〜 尾行、女装。〜


 Jさんの女装は、なんというか原始的で、だが、確かにこういうおばさんいるわ! と叫びたくなるくらいに、ハマっていた。


いやJさん、結構、綺麗ですよ、今度からそれで行きますか?


 Jさんは嫌だ嫌だ嫌だ、恥ずかしいから、早く行こうぜ、と言った。


 胸や首などは隠す必要があるが、尾行は大抵車なので、この程度でいいのだとJさんは言った。


 いやあ、ホンモノのおばさんに見えるな、Jさん、意外にイケるんじゃないすか?恥ずかしがらずとも、絶対バレないです。


 実は俺は、俺だったらもっと綺麗になれる自信はあった。当たり前だ。年齢が違う。俺はヒゲが薄い。伸ばしても濃くならない。しかし、ある意味よくできた女装だな。案外、誰も気づかない、Jさん、完璧なおばさんになりきってる。


 Jさんは裏返った声で「ほほほほほ」と笑った。不気味。


 さすがに声を出せばバレるだろうな。Jさんはとにかく止まりたくない。車そんなに飛ばさないで!止まりたくなくても、止まらないとダメだし。信号赤ですから!


 信号待ちで人から、顔を見られるのが耐えられないJさん。いや、その挙動不審な態度、むしろ目立つから。


 こんな原始的なカツラでいけちゃうんですね。尾行の女装って。


だいたい変装というのは、虚をついたふうにするので、意外に気づかれない。


だが、近親者、身内にはやはり通用しない。見破られる。


 心理学的に、パッと見て、引っ掛かる場所を作ってはいけない。だから実は女装というのは、相手が自分をよく知らない場合にだけ有効な手だと思う。病院でマスクしていても不自然じゃないし、工事現場で作業着は普通だよな。その場所に溶け込む変装の方がバレにくい。よく似た人がいるな、と気づかれて、じっと見られたらアウトになってしまうから、よく似ている人がいると気づかれないことがまず先決。


 じっと見られたら、持ち物からバレるから、全ての持ち物を必ずターゲットが見たことない、知らないもので揃えないといけない。似ていると思われたら、どこか自分の知ってる小物を持ってないか、注視されてしまうから。


 相手が自分のことを知っていて、かつ尾行しないといけない時は、ほぼ、諦めて尾行を他の人に任せる方がいい。


 なんでこんなこと知ってるの、俺?


〜〜〜


〜探偵ごっこ〜


 俺が小学生の頃、なりたかった職業は探偵だった。大人になり、探偵の仕事のほとんどは浮気調査だと知り、それは興味ないなあ、と思った俺。


 でもJさんが、俺たちそういう調査なら、コンビ組んでできるよな、と言った。余技で。


でも、何時間も車で寒い中待つとか、Jさんもう年でしょ?無理でしょ?と言うと、そうなんだよなあ、と言った。


 実はこの国にもラブホテルはあるらしい。なんで俺がそんなこと知ってるかといえば、歩いていておばあちゃんに、日本人の人?と話しかけられたからだ。


 はい、そうです、と言うと話が弾み、おばあちゃんは、うちの息子ね、日本のラブホテルを輸入してきて、この国で経営してるの!と言った。


 へええええええええええ


 俺は、へーそうですか、と言うしかないが、すごいね。儲かってますか?


 おばあちゃんは、需要がある、2軒目出す、みたいなことを言っていた。いいですねえ、景気良くて。


 本当に需要があるんですか?この国で?


 日本と同じような理由で需要があるらしい。


 この話をBにしたところ、Bはもともと、住んでた業界がリゾート系ホテルなので、まあ、需要あるだろうね、と言った。



 実はBたちはよく躾けられていて、絶対に顧客のプライバシーを守るという意味で、何があっても顧客に電話したりしない。例えば、カメラやタブレットを客室に置き忘れてチェックアウトしていても。


 一緒に泊まっていた人が家族以外だったら困るからだという。ホテル側は忘れ物を一定期間保管するが、その期間を過ぎてしまえば、処分する。ホテルに寄るだろうが、見つけた従業員が引き取ることもあるらしい。


 同じ理由で、常連のお客さんに挨拶もしない。この間は、とか、いつもありがとうございます、とか。絶対に言わない。





 ここの利用が初めてじゃないというのがお連れにわかるとまずいかもしれない、という理由だ。


 ほう。この国でもホテルというのはそういうことに使われるんですね。まあ、当たり前か。


 実はJさんは密かにそういうバイトしてたこともあるらしい。掛け持ち仕事するのはJさんらしい。みんなやってたよ、と言う。この話、書いたっけ?


 なんかすごい偉い人を護衛したりすると、そういう話が回ってくる。オフにVIPの警備バイトしない?的な。


 俺がJさんに、会社たててくださいよ、俺を雇ってくださいよと言うと、Jさんが「俺はもう年だからダメだよ、徹夜で寒い車の中で張り込みとか、死んじゃうよ」と言った。それに、バイクとかとチームじゃないとダメだから、人数足りないからダメ。





















  

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