第168話 畳み掛けてくる困難

 

そんなことが続き、俺の疲労はピークだった。実はその上、同時期に窓の工事で、室内のものを徹夜で動かし、完全徹夜なのに、そのまま、次の日も家具を動かし続けなければいけなかった。俺は、もう死ぬな、と思ったが、Bはキチガイみたいにテンパって出かけたし、珍しいことに、工事の人も同じく一日中テンパってた。その人はかなりのイケメンだったが、イケメンで機嫌の悪い奴は結構多い。


 俺は、普通の顔でいいから、機嫌いいやつと仕事したい、とその時、本当にそのイケメンに「死ねや!」と思わず心の中で罵声を浴びせたくらい、俺は疲れ切っていた。俺自身が死ぬ。


 気がついたらなぜか俺は泣いていた。泣きながら家具を動かす俺。イケメンは見て見ぬ振りしていたが、俺はに部屋がなるだろうが、こらあ!と怒鳴りたかった。


 土足で歩くなよ、と言いたかったんだが、重いものを運ぶ時は仕方ない。正直、本当にこのイケメンと俺は相性最悪で、こいつが機嫌悪く、2日間家にいただけで、俺は本当に精神をやられた。


 イケメンでなくていい、普通の、普通のおとなしいやつが作業していたら、俺のメンタルはここまで悪化していない。


 そいつはすぐに「ちぇッ」とか「くそっ」というようなことを呟き、ついでに舌打ちをしながら仕事するので、俺もイライラし、一緒にいるのが苦痛で仕方なかった。しかも、基本的な説明を俺が求めると、本当にウザそうに答える。


 俺に権限があれば、もういい、お前帰れよ、もういらん、と言いたいところだが、そういうわけにもいかない。実はこの工事は半分国からの助成金がおりる。業者と工事法の選定が誤りだ、B。こいつ、見積もりの時も、微妙だったが、まだ愛想していた方だったのか。俺は、こいつは仕事できる、英語も通じるとその時思ったが、何のことはない、現地語しか話せずとも、機嫌よく鼻歌でも歌いながら、気持ちよく仕事してくれるおっちゃんの方がまだマシ。本当に最悪だ。


 俺はこの工事、ほぼ意味がないぞ、と見ていて思い、本当にこれを俺に無断で決めたBについて、あいつ馬鹿なのか?と思った。


「金がない奴が余計に貧乏になる、その顕著な例がここにあるこれです、みなさん!」


というケーススタディができそうだ。意味ねえ。


 B、お前、日曜大工できないのに、俺に内緒で物事進めるの、やめろ。


 俺は、Bに本当にそう口を酸っぱくして言いたいが、Bは言うことを聞かない。俺のことを舐めているから。



 俺は、不器用だが、日曜大工のイロハは知っている。Bのように、電球の交換も大げさな、日曜大工ができない男はダメだ。


 俺はBのことを悪く言いたくないが、男は日曜大工だ。特に海外じゃな。



 俺の父さんも兄貴も弟も、なんでも作れるぞ、B。兄貴は車のシートを手縫いで手作りするような男。車に乗せている巨大なスピーカーも手作りする兄貴は、ちょっと待て、装飾しすぎでは? というくらい、車の中をLEDライトを使い、イルミネーションのデコで飾っていた。ワンボックスカーで女でも落とすつもりか。ヤンキーじゃあるまいし、男一人で乗ってるには豪華すぎるぞ。まあ、兄貴は俺と違い完全な100%の硬派だから、女の影など皆無な男だったが。俺ら、工作好きだから、というか、兄貴がすごい。


 俺も兄貴も、物を作るという意味で、空気吸うみたいにそれが普通の環境で育って、Bのように、棚の組み立てにまごつくとか、ちょっと意味不明と思ってしまう。


 そういう意味で、俺たちは人種が違う。うちの父さんは、日曜大工どころか、編み物までしていたぞ。数学的だと言って。弟は電気回路のシステムを作り、LEDを自由自在な色と感覚で点灯させていたし、兄貴はソーラー車椅子を設計し試作していた。俺が一番何もできないくらいだ。


 ここでそんなこと言っても仕方ないんだが、B頼む、勝手に決めないでくれ。


 この工事に意味ない、この男に問題がある、俺は、金がかかっても、窓枠は全部取替えるべきだったと思う。どうせこの方法だと、木枠にカビが生えるだけだ。窓にぴったりもう一枚窓ガラスを貼り付けたところで、木枠の隙間から入る風は全く変わらねえ。変えるべきはこの木枠。サッシにしてしまえば、多少隙間風がマシになるに決まってるのに、それをせず、こんな意味ない工事、金をドブに捨てることになるのか。Bはなんと、サッシごと取り替えてこの値段だと勘違いしていたらしかった。おい、ちょっとちゃんと確認しろよ。俺がクレームすると、いや、Bさんは安い方を選んだので、これです、と。工事の男はイケメンだけに、隙のない顔で、金額の安い方はこれ、この金額でサッシまで新調なんて常識的にありえない、と言いたげで、俺はちゃんと確認しない世間知らずなBを呪った。


 俺は、そういうことがあった5月、とても消耗していた。もちろんそれだけじゃない。俺の困難はそれだけじゃなかった。



〜〜〜


 もう一個の困難は、実家の不振だった。


先に書いたが、自社の鉄筋の建物を取り壊すことになった。


それに伴い、併設されている事務所も。



 なのに、土地は買わねばならない。離れにある場所の会社の土地に通じる道路が私道しかないことがわかり。このままでは入る道がない土地の所有者となり、奥の土地が売れない。だから、買わねばならないのだと。えっと、壊すために買う? 何だよ、その大いなる無駄は。


 母さんは、岬、あなたを切るしかないわ、と言った。これ以上かばいきれない、あとは自分でなんとかしてね、と。


 長い間、勝手にしてくれたらいい、そうしてと言っていたが、会社がほぼ事実上、事業転換に近いとなると、俺は不安になった。


 何より、若くして、ぽっかり時間が空くことになる兄貴は大丈夫だろうか。


 俺は、もしかして希望を持てず酒浸りとかにならないか、ちょっとゾッとしていた。


 社長からの転落は、社会人経験が自社しか経験のない兄貴には痛い。


 俺は他社で何社か正社員でなくとも働いたことあるし、実はしようと思えばなんでもできる。ネットではコミュ障か?と言われたが、実際の俺は、見た目も人当たりも、決してコミュ障には見えない。むしろ、モテてモテて困るから、引きこもってしまったくらいだった。


 特に日本に帰れば仕事には困らない。昔取った杵柄で何とかなるだろう。だが、兄貴はそうじゃない。


 まずいな、大丈夫か。


 それに兄貴は離婚していた。子供と離れ離れ。子煩悩な兄貴には大きな痛手だった。兄貴自身が妻との生活に耐えられず、別れを選択している。


 俺は、「離婚はやめたほうがいいんじゃないか」と言ったが、兄貴はメンタル的に耐えられない、一緒にいるの無理、と俺に打ち明けた。俺はその話を聞いて、俺でもちょっと無理かも、と思い、兄貴の決断は致し方なし、と思った。やはり何事も信頼関係。万が一でも、自分が毒殺されるかも、と疑うような相手と一緒には住めない。


 それは気のせい、杞憂、ノイローゼでは?と俺は言ったが、兄貴は違う、怖い、と言った。


 証拠を集めろと言ったが、兄貴は、真実を知るのが怖く、捨ててしまった、という。


 まあ俺たちの住んでる世界って変だと思う。普通は、妻に毒殺される?と疑わなきゃならないことなんてないだろうから。


 実は俺の親戚の中に、殺人にあった人がいる。結局、誰に殺されたのかわからない。この話は書いたかもしれない。


 金持ちで、お金をたくさん貸していた。だから、誰に殺されたのか、わからず、結局、この事件はお蔵入りになった。


 ほんと、俺はその親戚のことを詳しくは知らないが、俺たちの周りって本当に血なまぐさい。


 良かれと思ってしてあげたことが、そんな報いを受ける。別に高利貸しというわけでなかったろうに。


 兄貴の立場でも、兄貴は俺なんかよりもっといろいろ経験している。


 何度も警察に来てもらい、相談もしている。妻のことじゃなく、会社のこと。


 そんなふうに、常にストレスが絶えなかったが、今回俺は、本当にアウト、俺もアウトだな、と。


 Bのこともあった。



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