第167話 絵画教室の展覧会に便乗する

 

 俺は、こういう営業は本当に俺の流儀じゃない、と思ったが、その場にいた年配女性たちは、みんな喜んでいた。


 もっとたくさんあるので、よければまた機会を作りますから、ぜひ携帯番号を教えてください、と言うと、たくさん集まった。


 俺、こういう地道な努力続けるべきだったんだよな。


 日本の学生時代は、俺もちゃんとこういう方法をとっていた。


 海外に出て、ギャラリーを相手にするようになってからは、こういう泥臭い営業はもう卒業だと思って、手を出してこなかった。


 それはスノッブだと言われたが、俺は少ない労力で最大限の結果というモットーの男。まあでもそれは間違いだった。



 今回、Bとの共有名義で手に入れた家は瀟洒な住宅地にある。車の往来は激しいが、実のところ優雅な場所だ。


 この場所を使って何かするというのはある意味、悲願に近くなった。自宅で何かするなんて、本当に簡単そうなのに、なぜ苦労しているのか。まあ、埃や虫の原因はそうそう直せるような簡単なものじゃなく、微妙に開いている隙間や木枠の窓、屋根や壁の修繕を地道に続けるしかなかった。それだけでこんなに時間を費やしていたが、その希望、野望が、大きく絶望に失墜しそうになったのは、ついこの一ヶ月のことだ。


まあそれがおそらく、この痛みの引き金にもなった。すごいストレスだ。




 この家はもともと、歴史的建造物に近い扱いを受けられるかもしれないということで、売りに出た時、市が買取を検討していた。


もし日本にあれば、完全に異人館レベルだ。美術館、歴史的な建造物として、博物館登録などして、一般公開されるような。


 ここの売主は隣に住んでいるムッシューだが、元々はアンティーク・ディーラーということは書いたっけ?


 この小さな家をまるでマリーアントワネットのプチトリアノンよろしく、飾り付けた内装を施した。


 びっくりするほど実は狭い、だが、大きな壁紙は、美術館が所蔵してもおかしくない年代物で、ネットで見つけると、これだけで美術館行き。


 あらゆるものがそうであるために、住むのが忍びない。どうしても住んでしまえば傷む。


俺は、自分が死んだら一般公開すればいい、と考えていた。Bはどうなる? 困るな。でも、B自身が、この場所を気に入り、できるだけ保全したいとは考えている。


 俺は、隣の家屋を買い取り、この家のメンテナンスを楽にしたらどうか、と実は思っていたんだが、そこに来て問題があった。まあ、どうせ高すぎて買えない夢物語だったわけだが、問題はそんなに簡単ではなかった。



 庭を共有しているムッシューと反対側の隣の家屋は、古くて小さかったが、実は敷地が広大だった。小さいといえど、うちよりはでかい。


 俺らが無人になって長い隣の家がこれからどうなるのか、そのことを知ったのは一ヶ月前。俺の痛みの引き金の一つだった。


 なんと隣に37戸建の大きなマンションが建つかもしれない、と隣の売主が知らせて来たのだ。


 隣といっても、うちの敷地と庭を共有している売主の方は西、マンションを建てる隣家は東にあたり、うちは東に窓もなく、こちらからは一切全く見えないから、普段、気にしてなかったが、聞き捨てならないことだった。お隣が森林状態だから、ハリネズミもおかげでうちの庭に遊びに来れるというのに?ムッシューに反対運動の署名をして欲しい、と言われたことは何度も書いた。


 あの性格の良い隣人が、そんなことをするとは。俺は驚いたし、落胆したが、まあ、金のためだから仕方ないんだろう。なんせ広大な土地だから。できるだけ利益を取りたいというのも自然だしな。長年誰も住んでいないんだし。デベロッパーに売っても、土地の権利は全部は手放さず、建てられたマンションから継続した家賃収入か。なるほどな。隣人たちからは恨まれそうだが、よく考えられてる。自分たちだけでマンションを建てるより、簡単そうだ。


 で、もちろん俺たちは反対の側に回るわけだが、その当の問題の隣の敷地から突き破ってくる竹のせいで、地下室がどうも水濡れしているらしい、とわかった。


 アパートが建つかもというだけで内心穏やかでないのに、今度は竹の問題か。竹というのはかなり厄介らしい。俺はわざわざうちの壁側にびっしりと竹を植えた隣家は戦略的な嫌がらせをしていたのかもしれないと勘ぐるほどだった。


 そうこうしていると庭に薔薇を植えようとして、Bが自動の散水システムを壊してしまった。


 溢れる水、庭の共有の売主のムッシューはカンカンだ。水を止めるというが、そうしたら今まで水撒きは自動だった負担が大きく、水道代の負担も上がると、俺は厳しい気分になった。


 そして、そのせいなのかどうなのか、台所からも、浸水して来た。水攻めだ。俺が二日間、バケツを使ってふらふらになりながら庭の水をなんとか組み上げた努力も無駄だったか。


 おそらくその下にあった、水の雨樋の水溜め場が泥かなんかで詰まったんだろう。俺はだから言わんこっちゃない、とBを恨んだ。


 薔薇を植えて欲しいと言ったのは俺だが、Bは力任せにツルハシを振るいすぎ。


 そしてあろうことかBは修理すると言って、小さな5ミリほどの穴の状態を、パイプ切断しちゃうんだから馬鹿だ。傷口広げてどうする。おまけに隣のパイプも切ってしまった。こっちも止めるから、と。


 そうすると2倍の水が漏れることになる。今はムッシューに話、散水システムは止めてもらっているが、もし万が一動いたら大変な水漏れになるだろう。


 そのチューブをきっかり水漏れしないように止めるのは無理かもしれない。水道屋が、俺は専門じゃないから知らない、と言って帰っていった。


 そうこうしながら、俺は痛みに耐えきれず医者へかかり、ムッシューは煙のように消えた。えっと、これね、まさか事件じゃないよな?


 地上げを巡って、反対派のムッシューが消されたかもしれない、と、俺はゾゾゾっとしていた。次は俺たちじゃないか。俺たちが最も反対する立場。俺らの家の壁が、マンションになるんだからな。我慢できないが、消されるのも嫌だ。


 真面目に地上げ屋というヤクザはこの国にいないのか、Bに何度も確認したが、そんなのいないの一点張り。いや、日本にはいるぞ、ムッシューも消されたんじゃないかと、俺は、より具合が悪くなった。


制作とか、サロンどころじゃないぞ。俺はにこにこ営業しながら、自分で作って売るような余裕はむしろないかもしれない、と感じていた。お金というのは、追えば逃げるものだが、売ろうにも、売るものがない。余裕が全くない。



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