第153話 JさんとBとでペンキ塗り



 俺はJさんに「耐えられません、あいつどうにかしてください」と頼んだが、Jさんは「うーん、それくらいのことを知らないって、常識がなさすぎるが、俺からはそんなこと、口が裂けてもBには言えない。俺だって立場があるから、そんなに仲良くないBに失礼になるから言えないよ」


 結局、俺がJさんに頼んで、家のペンキ塗りのやりかたをBに教えてもらった。


 あいつ、何するかわかりません。Jさん、俺の言うことじゃ聞かないんで、あいつと一緒に作業して、ペンキ塗る時は、まずこうしないとダメ、ってセオリーをわからせてやってください。


 Jさんはよしわかった、と、ペンキ塗りに参加してくれた。


 Bは、ほんとあいつ、何もできない知らないくせに、すぐに仕切りたがりやがって。


 あんなだと会社でも、何も知らないくせに上に立とうとするんじゃないか?


 俺は、Bがなんであんなに鈍いのか、頭を捻る。


 Bは物作りを一切やらない、やってきてない、興味ない。


 逆に俺らは、自分でなんでも作っていかないといけないような立場。ぜんぜん違う。


 2回ほどJさんと作業し、やっとBはペンキ塗りとはどういう作業なのか、理解したらしかった。


 下地準備なしではじめるBは、本当に何も考えてないから、俺が慌てて新聞紙を床に敷こうとすると怒鳴ったりで、Jさんがいないと、本当に俺だけでは、どうすることもできなかった。お前な、床がペンキだらけになったのを、また自分で掃除するんだぞ、わかってんのかよ。アセトンで、ギャーと拭くBを見てると、最初から新聞紙敷いとけよ、無駄な手間だろが、と俺は、自分がさっと下準備をやろうとすると、Bが怒鳴りつけるため、まるきり下準備できないことについて、こいつ、頭おかしいんじゃねーか、いや、絶対おかしくなってる、と思った。


 Bは、自分が何も知らないことを認めたくない、そしてそのことを暗にであったとしても、指摘されるのが我慢できない。


 あのな、ペンキ塗りの前に、床には新聞敷きましょうね、というのの、どこが問題なんだよ。意味不明だよ。うるせい、そんなもの邪魔だ、要らない、お前、女みたいに細かしいんだよ、後からじゃじゃ、と掃除すりゃすむだろ!


 Bの理論はこうなのだが、Bは作業したことないから。お前な、作業の前の細心を払った下準備がないと、下手すると、怪我したり、死ぬぞ。


 俺は、Bが梯子一つ、ちゃんとかけられないことにゾッとしてた。床に凸凹などないか、まっすぐに動かない角度にかかっているか確認しないことについて、いつか落ちて死ぬな、と見ていて、うんざりした。なぜ、ごく基本的なことを知らない?


 しかも、俺が穏やかに指摘しようとしても、怒り狂う。自分が知らないことが恥ずかしいのか、いつも女たちに、Bさん、それは違う、と細かなダメ出し受けるせいで、Bはイライラ棒が敏感になってるらしく、危なくても放っておかないと、怒り狂って暴力的になる。俺は、こいつ病院に連れて行ったほうがいい、と真剣に悩み始めていた。絶対に普通じゃないぞ、これは。何か事故とかあって、頭とか打って、俺が責められるんだろうなあ。俺は、こんな初心者と本当に作業したくない、と逃げ出したかった。


 安全確認できない素人が、梯子をかけ、2階建ての屋根の上まで登るだと。


 我慢できない。俺でさえ、集中力と体力の落ちた今は、梯子の上の作業は無理と考えている。足を滑らしたら一貫の終わりになる。俺は体調が悪くなって長かったが、梯子だけは最初から慎重だった。頭から落ちたら死ぬからな。


 Bは俺の指示を一切聞かない。俺が何もできないと思い込んでいて、俺の言うことを信じない。



 俺は、Bなしでなんとかする可能性を模索し始めていた。Bがいると、むしろ何もできないというより、俺の中で、Bがアレルゲンになってきつつあったのだ。


 Bが出ていけ、と怒鳴った時、俺は冷静になり、Jさんに電話した。俺も確かにハサミを振り上げ、そのハサミは人の上半身くらいデカいから、冗談にならないが、このままでは殺し合いになってしまう。俺は突然に冷静になった。半分、殺しあってるような状態に既に近いんだから。子供じゃなく、大の大人同士が。


 JさんがBに変われというから電話を変わって、急にBの声色が普通になる。


 Bというのはそういうところがあり、第三者の前では、さっきまであんなに激昂して、俺を殺しかねないと思っていたのに、けろっと普通になる。


 Bが受話器を俺によこしてきた。


 Jさんが言うには、とにかくホテルに泊まらせず、今日はここにいていいとBは言ってるとりあえず良かったな、と。


 正直出てけと言われたって、俺だって頭金払った半分、俺の家。名義も半分。


 出て行きたいなら、Bが出てけばいい、とは思ったが、確かにローンを払っているのはB。


 俺はそれ以外の食費、雑費などすべて受け持ってるが、Bの計算では、ほとんどをBが払うことになるのだから、ということで。


 もちろん俺は、将来的にそれでは済まないだろうと思っていたが、今の俺の収入は不労所得以外は、ほぼゼロに近い。それで母さんから借りた分を返済中なのだ。だから、今すぐはどうすることもできない。


 名義的には完全に半分。そのうちなんとか金を工面せねばなるまいが、俺的には、ここで何かして、それが軌道に乗ればなんとかなるだろう、と甘い計算をしていた。


 こんなふうに揉めに揉めつつ、Bはある日、真夜中、話しかけた俺にこう言った。






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