第152話 Bの野望とこの屋敷



 ある時、努力が報われた、とBが上機嫌で帰ってきた。

かなり上のボスに認められたらしい。誉めれて、やっとこれで苦労が報われることになった、とBは言った。


 これからは上司を飛ばして、勝ちのゲームに進んでいくぞ、俺の努力、計算、根回し、やっと結果が出る、と。


 Bはめちゃくちゃに機嫌悪く、俺はもう限界を感じていたので、それを聞いてホッとしたが、それでもまだ、Bのアップダウンは続いた。


 一度俺は、蔦の件で揉めて、Bから出て行け、と言われている。

虫の件でノイローゼになり、隣の庭師が蔦を切っている時に、頼むからもっと切ってくれ、と大きなハサミを持ったまま庭で叫んだため、Bを激怒させた。


 庭師はヨアキンという黒人で、53歳だと言ったが、どう見ても38歳くらいにしか見えなかった。若い。いつもハンチング帽をかぶっていて、若者のように屈んで作業していると、ほんの少し腰回りが見えた。こういう洋服の着方をするのは、ティーンエイジに多いから、若く見えるのかもしれない。


 俺は馬鹿でっかい大きなハサミを振り上げて「蔦を持って切ってくれよ!!気持ち悪い虫が我慢できない!!」と叫んでいたから、こいつヤバい、ときっと思われた。


 梯子の下で「もっと切れ!もっと!」と叫ぶ俺は、完全に切れていた。俺はこの蔦を嫌悪していた。自分でむしろうにも、気管支の悪い俺は、蔦を下手に触ると咳き込むのだ。案外、大きな道路に近いから、ものすごい砂埃なのか、俺は蔦を引き剥がそうと、Jさんと格闘し、Jさんはサクサクむしってくれたのだが、Bがすっかり蔦が禿げた入り口を見て、激怒した。Bは蔦がオシャレだと思い込んでいる。


 あのなあ、家の外壁が全くダメになるだろ。馬鹿なんじゃねえのか。蔦をおしゃれに這わすには、ちゃんと計算して、這う部分をきっちり管理しないと、家が蔦に飲み込まれる。Bにはそういう、細かなことはわからないから、俺とJさんに激怒して、Jさんは、次からは絶対、Bの許可がないと手伝えないよ、としおらしく言った。Jさん、すいません。何でもBの言うこと聞いてたら、酷い目に遭わされますから。


 Jさんにしてみたら、Bも喜ぶだろう、と綺麗にしてくれたのに、Bの美学というのは、ついていけない。日本だと蔦は、壁に蛇が出るから最悪なんだよ。お化けが出そうな洋館が、蔦に覆われてる!


 それで俺は、蔦を自分でむしろうとして、その度に砂埃を頭からかぶり、咳が出て、不快極まりなかった。マスクをしてやっても、頭から砂みたいなものをかぶると、なんか知らないけどかゆい。俺はそこまで軟弱じゃないが、1953年から触ってないのだから、恐ろしい物質が壁面にくっついてそうだ。チェルノブイリ・フォールアウトの汚染物質がまだそのままに古い蔦の間に残ってるんじゃないか?目に見えるすごい土埃のようなものが、蔦を剥がす度に舞い散る。俺は痒くて仕方なくなり、どうにかしてくれよ、これ!と、梯子が必要なところは、剥がせずにいた。俺ね、梯子からは落ちそうだから無理なの。俺の嫌な予感って当たるんだよなあ。絶対、落ちる気がするから使わない。


 俺はガイガーカウンターを持ってるので知ってるが、あんまり古いものというのは、本当に体に悪いのだ。確実に線量は普通のものとは違う。まあ、飛び上がるほど高い数値はさすがに見ないが。


 例えば普通の床が毎時0.07マイクロシーベルトなら、古いいつの時代だ?というようなカーペットは毎時0.13マイクロシーベルトとか。これが、万が一毎時0.2〜0.3マイクロシーベルトだと、捨てたほうがいい。


 毎時1〜3マイクロシーベルトのものは見たことがないが、日本には今あるだろう。普通にベンチとして座ったりしているが、測定して知っとくほうがいい。子供が生まれなくなるぞ。有名なのは、原子力系の男子学生は結婚して子供を持っても、女の子しか生まれないし、早く子作りしてないとダメだという話。一番下の弟が大学で原子力に行こうか迷ったが、父母、俺、家族全員が反対した。


 とにかく、俺はこの粉塵の降ってくる蔦の作業、我慢できなくて、頼むからこの鬱陶しい蔦を選定するなら、もっとバッサリ切れ、と下から叫んだ。


 伸びたところを、チョチョっとカットするくらいじゃ、正直ダメなんだよ。バッサリ切ってしまえ。ほぼ「百害あって一利なしだぞ!」

「隣のムッシューに、俺の雇い主に行ってくださいよ」と庭師は困ったように言って、逃げた。


 俺はほんともう、虫のせいで全く寝られない日が続いていて、真夜中に虫と格闘し、タランチュラみたいな毒グモに恐怖でおかしくなってた。普通のクモじゃないぞ。7センチくらいで、体が3センチくらいある。でかすぎて、普通は、毒グモだと思うだろ?この話はしたよな?俺、砂漠で野営してるんじゃないぞ。家の中だぞ。我慢できない。


 俺は女郎蜘蛛ぐらいなら驚かない。砂漠で見かけるタランチュラか?と思う大きさだから引いたんだ。こんなデカい蜘蛛、ありえない。俺は、天井にいる蜘蛛くらいなら放っておくこともあるんだが、こんな物騒なクモ、捕まえるしかない、と紙袋に捕まえ、ゴミ箱へ。


 それが2度ほどあったが、2度目は慌てなかった。とりあえず毒はない。この国の中で最大の大きさの蜘蛛なんだが、毒はない。セアカドクグモみたいなやつだとどうなることかと思ったが、助かった。


 Bはこの家を、自慢したくて買ったようだったが、田舎なので誰も遊びに来ない。


そして俺の私物が多すぎて、BはBで、俺にうんざりしているようだった。


 俺はアパートを買って、出て行けるものなら、出て行きたい、と真剣に思い始めていた。


 ここに住むのは条件が悪すぎる。狭くてもいいから普通のアパート、綺麗な場所に住みたい。


 俺はホコリや虫、カビ、水と格闘するのは疲れ切っていた。地下室に水がジャブジャブだった時、あろうことかBは、待てお前、感電するぞ!というようなことを平気でやった。この話も確か、したよなあ、ほんとね、俺はもう、終わった、と思い、何度目をつぶったか。俺、Bの葬式で何て説明すんの?


 他の人に言うと、え?常識ないのか?と言ったが、「Bには常識がない」と、本当によくわかった。


 Bは理系じゃない。理系の頭脳でも、文系で、しかも何も勉強しないまま大学に行き、院は一応今行ってるが、まだ途中のままだった。お前な、死にたいのか?


 俺は、文系の俺でも、そんなことくらい常識で知ってる、というようなことを平気でやってしまうBについて、本当に疲れ切っていた。


 Bは日曜大工できない男と知っていたが、あまりに酷すぎる。


 Bがサンダーを買ってきた時、俺はゾッとした。この話もしたか。俺ねえ、本当に参っちゃってて、つい口からBの愚痴が出ちゃう。


 お前な、そんな粉塵出るもの、絶対マスクとゴーグルしろよ。


 Bはうるさいな、と言い、地下室をあろうことかサンダーの木屑の粉塵だらけにしてしまった。


 お前……道具使ったことないなら使うなよ、バカが。


 椅子の塗料を剥がそうとしてBは、地下室にあるものすべてを木屑まみれに。信じられないな、お前。外でやれよ、外で!


 Bは気にしてないかもしれないが、もう2度と元に戻らない。大げさかもしれないが、布に木屑がついたら、洗えないものだと、捨てるしかない。庭のガーデンベンチのクッションとか、とにかく地下室にあるもの全ては木屑まみれ。


 俺は気管支が弱いので、ココアパウダーのかかったケーキでも食いたくないくらいだから、Bと一緒にいるのは限界に感じ始めていた。まじ、我慢できねえ。


 俺は自分がとても神経質だという自覚はあるが、Bぐらいダメな男も珍しい。日曜大工ダメな男はな、男の価値が半分だ!







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