第151話 お化け屋敷、虫との格闘

 俺は、Bの言うことを聞いていると、めちゃめちゃな損をさせられると思い、俺らはこの家を購入してからというもの、揉めに揉めた。



 蔦の時もそうだった。家の壁全部、側面も含め、びっしり蔦が生えているせいで、虫が多い。俺はJさんと組んで、前面の蔦だけは全部外した。そうでないとすごいことになる。正直、。どこからどんな虫が入ってくるのか、わかりやしない。テーブルのランチョンマットをどけたらムカデ!みたいな場所で食事したくない。


 日本のムカデとはちょっと違い、あまり噛まなさそうなやつだったのは幸いだが、それでも気持ち悪い。


 トイレに紙虫、食料買い出しの保冷バッグの中にゴキブリ。リビングにゲジゲジ。部屋を飛び回る蛾やクモは我慢できるが、俺はカシミヤのコートを早速食われ、ブチ切れた。食べてくださいと言わんばかりの量の虫。前のムッシューの落ち葉のすごい大木が生産地なので、どうすることもできない。


 俺は網戸を提案したが、Bが、景観がカッコ悪くなる、と聞かない。


 ……お前な、お前自身が虫に喰われろ! 俺はもう知らん。


 俺は、本当にBの美学にはうんざりした。やつは、古くなるとすぐ捨てる文化の落とし子。携帯を何度落として割ったか?やつはモノを大事にしない。俺はとてもマニアックな男だから、汚い手でPCや本を触るやつは許せない。お前な、俺のものは触るなよ。トイレで本を読むな。


 虫に汚染されたら、紙や布類のものは、どうしようもない。洗えるものならいいが、壁が布なんて、誰が考えたんだ。


 俺は息するのも気を使うこの埃っぽい家と格闘したが、なんと二階は電気がちゃんとないから、俺が困り果てていると、さっとJさんが延長コードをプレゼントしてくれた。俺だってさっと動けばいいんだが、車ない、金ない、体力ない、時間だけあるという状態だと、本当にできることが限られる。Jさん、ありがとう。


 やっと息できる程度に片付けも可能に。押入れが気持ち悪い。何が飛んで出てくるかわからない押入れに、拭きもせずに荷を入れるな、Bよ。


 Jさんが真っ先にやってきて「岬お前、棚に何か入れて片付けようにも、これだけ汚れてると気持ち悪いだろ」そう言いながら、さっさとペンキ持参で、リビングにあった食器棚、小物整理棚の中のペンキを塗ってくれた。俺は、Jさんが布張りの棚板まで、持って帰ってちゃんと棚に収まるように切って、また同じように布を張って持ってきてくれたのを見た時に、ちょっと感動してしまった。Jさんはマシンでカットしたらしいが、Jさんのワークショップは俺が以前日本で持っていたアトリエとちょっと似ていた。ごく普通の素人でも、これくらいするんだよな。俺はあんまりマシンで木材を切ったりはしなかったから。


 Bは密かにJさんの真似をして、結構簡単なマシンを買い始めた。お前な、気をつけてくれよ。安全に興味ないやつが使うようなもんじゃないから。俺は、嫌だなあと思って見ていた。言う事聞かないから始末に悪い。頼むからゴーグルやマスクや、巻き込み防止を考えた衣服を身につけてくれよ。素足むき出しの短パンのサンダル姿で作業するBが目に見えて、俺は、誰かこいつが死ぬ前にちゃんと教育してやってください、と祈るような気分になった。馬鹿はこれだから。なんでちゃんと「念のため」を考えないんだろう。


 俺は、持ち物が汚れることに耐えられず、Bみたいなやつは、高級なモノ持つ資格なし、とこの埃っぽい屋敷に来てから、頻繁にブチ切れた。精密機械はホコリに弱い。衝撃に弱い。洗うことはできない。俺は絶対に触るな、と書いておいたのにもかかわらず、Bは何でもかんでも、地下室に運びやがった。湿気と虫と後に、水ジャブジャブのプールになるような地下室に。


 カメラやガイガーカウンターのような精密機械を乱暴に扱うな。俺はものすごく注意深く梱包していたが、Bのやつ、勝手に梱包を解いて、中身を開けたりするから。俺は水ジャブジャブの予感がし、一瞬でいくつも階上に運び上げたが、Bがあまりにもずさんであることについて、本当にこれはダメだ、我慢できないと、さすがの俺も何度もこの屋敷について、ドロップして一人暮らしを考えた。


 虫が出てくるから、夜は寝られないし、追い詰められて発狂しそうになった。俺は大切なものを扱うのに白いグローブを持ち歩いているような男。触るな、汚らしい。指の皮脂は錆を呼ぶ。女でも、髪を洗ってない女なんて論外。俺は西洋人の女を受け付けないのは、髪を毎日洗わないから。我慢できない。ちゃんときたならしい。風呂くらい入れよ。


 こっちはシャワーの文化だから、なんか汚く感じてしまう。俺はごく普通だと思うんだが、汚いのは我慢できない。こっちの人は「髪を毎日洗うと髪に悪い」と信じてる。それはそうでも、汚れたら洗うのは普通だろ?気持ち悪くないのか?油でギトギトの髪がむしろ、綺麗と思ってる節があって、俺は、とても嗅覚に優れているため、すれ違う匂いに辟易する。だから人混みにはいかない。逆にすごく良い匂いのフェロモンの女にも出会う。香水じゃない。俺はそういうのを嗅ぎ分けるので、まるでフルーツの食べごろを知るみたいに匂いを嗅ぎ分け、エレベーターで前に乗っていた女の匂いもすぐわかる。


 B、お前、車に女や男、乗せたりすると俺はすぐわかるぞ。


 Bが今日、誰といたかとかもわかるな。女か男か複数か。こっちはビズの文化だから、女だとBに匂いが残る。男だと服に匂いが残る。


 俺って、こういう性質だから、むしろゴキブリに近い。アンテナが昆虫的で、こういう性質を生かした何かはできないか、何もできないんだよな。時々、死にそうな人を引き戻してくれ、とは言われるが、死にそうな死の淵にいる人は死にたがってるケースが多い。そうなると本人の意思だから、無理なんだよ。死にたがってて、肉体から離れようとする人を引き止めるのはほぼ無理だから。健康体の単なる幽体離脱状態なら、いざ知らず。


 俺は虫は大丈夫な方でも、これら不快害虫はさすがに我慢できず、見つけ次第、殺しまくるしかなかった。この時期、引っ越したのは真夏だったが、正直言って俺は、かなりおかしくなってた。寝られない、あらゆるところに虫、気が休まる暇もなく。埃だらけに汚い落ち着かない場所に。


 特にゴキブリ。俺がこの国に来たのは、ゴキブリがいないからだ。なのに。


 まさかちゃんと生息しているとはな。ほぼ初めてみた。


 日本よりも小さい、パタパタした羽虫レベルで、黒くも茶色くもなく、むしろラブリーで可愛いものでも、「お ま え ゴキブリと仲間だろ」と思ってしまい、俺は我慢できない。庭にいるゴキブリの一種だ。


 が ま ん な ら な い


 ノイローゼになりながら、真夜中、2時3時、俺はキッチンで見つけ次第、箒で殺傷を繰り返した。待ち伏せし、出てきてそうな時に、さっと行き、殺すを真夜中に繰り返した。大丈夫なのか、俺。


 もうそれは本当に、親の仇というぐらいの勢いで、毎晩、毎晩、俺は待ち伏せた。全滅させてやる。


 どっから入ってくるのか通路を全て塞ぐため、テープで目張りし、Bに怒られた。


 Bはな、ゴキブリ一匹殺せないんだよ、実は。見てるだけなんだよ。信じられない、お前、チキンかよ!


 俺は、とにかくみつけしだいる、とノイローゼになり、血眼血眼になって、ほうきを振り回し、それこそ調度品を壊しかねない勢いで、俺自身のモードが「コロス!コロス!コロス!」となってしまい、自分でも正直怖かった。キッチンに主に出るから、俺は朝までまんじりともせず、隣室にいて、さっとキッチンに行って電気つける。いた!


 人間ってあんまり追い詰められると危ない。


 見たらコロス!



 俺は、虫を殺したのは初めての経験だったが、正直やむを得ない。


 寝てる時に襲うみたいに出てこられたら、我慢できない、耐えられない。


明け方まで毎日格闘する。俺、結構、執念深い。絶対、通り道がある。思い当たるところは全て塞いだが、どうも電気の傘と天井の隙間が怪しいなど、本当にわかりにくいのだ。外から入ってくる以上、キリがない。蔦がゴキブリの生産地だ!


 昼間の陽光が燦々と輝く中、びっくりすることに、ゴキブリが日向ぼっこしていた。ちょっと待て。ゴキブリは夜行性だろう?どうもゴキブリにそっくりな小さな虫らしいが、いやそっくりだから。昆虫に詳しい俺が言うんだから、間違いない。そっくりなんだよ。小さくて色が違うだけで。


 Bは何か薬剤を置いたが、あまり効果はない。というか、効果が出るまで時間がかかる。何より、前のジャングルは、日本兵が潜んでそうな真っ黒具合に広がってて、大きな窓前面に、夜になるとびっしりの虫が張り付き、うごめく。普通は、まじまじとそんなの見なくていいんだが、至近距離で洗い物したり、料理する役割の俺は、虫の腹の詳細を見ながら料理しなきゃいけなくなり、我慢できなかった。


 俺は虫は苦手じゃないぞ。こんなにたくさんだと流石に気持ち悪いだろ。


 畳1畳半くらいの大きな窓に、びっしりと虫だ。どうなってるんだろう。東南アジアかここは?


 今は、ゴキブリはまあ出ないが、ゲジゲジはまあ、出る。


 ゲジゲジは益虫らしい。前は殺していたが、5年程度しか生存せず、ゴキブリを捕まえるらしいから、見逃すことにした。5年の付き合い、もうええ。許す。仕方ない。働け。


 ゲジゲジは派手なエイリアンみたいだから、見たらBでさえ、ひゃ!となるが、ゲジゲジは人間を噛まないらしい。だったらもう、ゴキブリ退治のために飼っとくしかない。お前、あんまり目立つように出てきたら、成敗するから、目立つな。俺はゲジゲジにそう宣言すると、ゲジゲジは控えめになった。共存の道を選択したらしい。よしよし、お前らだって殺されたくはないよな。


 人間というのは恐ろしいもので、あんなにノイローゼになるくらい、虫が気持ち悪かったのに、出てくる場所がわかるようになると、「またいるな」程度にしか思わなくなる。ゲジゲジ程度だと、大きさで、何年くらい生きているものなのか、考えるようになった。


 ハサミムシも大嫌いだったが、庭にはたくさんいる。


 あれはツガイで行動し、子育てもする珍しい虫だ。


 俺は最初見た時、戸口に近すぎて気持ち悪いと思ったが、慣れてしまうと、一匹いるともう一匹がカップルでいるんだと思うと、一匹だけ行方不明になると、残された方が悲劇だろうと思い、平気になって今に至っている。どうもバラの花が好きらしいが、ツルバラがあまりに伸びすぎて、雨樋を壊す勢いなので、綺麗に剪定し、ごく短くしたら、出なくなった。


 まあ、殺生は良くないな、うん。





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