第133話 俺の使い道


 ムッとしたお姉さんの顔を見て、俺は思った。


 商品のこと、何にも知らないで適当なことを言いながら作家物の作品紹介するブースにいるというのはどうなのか。俺なら、最低限、作家に聞いて、どうやって作ったか、素材と技法ぐらい確認するぞ。


 俺はさっき作品と言わず、商品と言ったが、まあ微妙だ。本業の漆の方がきっといいだろうな。中途半端なもの作るくらいなら、伝統的なものの方がずっとましだぞ。


 俺がバイヤーだったら、この裏はなんだ、と絶対言うね。ありえない。

見て気にならないのか?手作りの一点物なんだから。


 俺はそう言うことは一切口にせずに、黙って器を見ていた。勿体無い。


 表から見ると結構、綺麗だ。


 お姉さんは、今朝来て急に、ここに配置になったんだろうが、お姉さんが「これね、ガラスとガラスで、漆をサンドイッチしてるんですよ」なんて、大嘘こかなきゃ、俺は突っ込んでない。立ち止まってない。明らかな大嘘だとわかったから。


 平らでないガラスを、熱もかけずにガラス同士で接着する例など、聞いたことないわ。接着面が完璧に平らで、二つのガラスがぴったりと合うサイズなら、可能だが。スランピングしたガラスを二つきっちりに接着剤で接着するには、設置面が完璧に合わないといけないから、この形状では神でも不可能。片側……


あ、待て、形状を変えたら可能か?


 どんな形状なら可能になるか、後で考えてみる。そういえば、例の人のアトリエで、不思議なものを見たな。もちろん、「内緒……ふふふ」と言われたが。


 うーん、あの例の人は、設計事務所に勤めてたか何かで、結局、理系の頭の人だ。表現の世界でも、「論理的志向のものづくり」しないと売れない。


 俺は技法に精通している方だと思うが、もちろん……当たり前だが、俺がいくら考えても「わからないやり方」というのもある。滅多にないが、まあ、タネだな。それを明かすとみんなが真似するから、作家はもちろん秘密にするわけだが。あまりに広まってくると、むしろ公開して、ワークショップなどして、講師ができる。例の人は時に人に教えてたが、それで食ってるわけじゃないのは、作品がしっかりしてるから。そして尋ねても、教えない時は教えない。まあ、当たり前だな。作品の肝であるわけで。「門外不出」ってやつ。


 まあ、大抵のケースは逆で、ガラスでも陶器でも作品だけじゃ食えなくて、教える。教室したりする。俺がを尊敬しているのは、作品で食える作家だからだ。そんなに簡単じゃないよ〜と蚊の泣くような声で言っていたが、俺が知っている中で、成功している人は少なく、それはやはり戦略が重要というのもある。成功している人は、漏れなく美術館にも食い込むから。大学とかな。


 教室だけやって成功しても、成功とはいえない。カルチャーの先生とか。まあ、例外もある。先生は実のところ、掃いて捨てるほどいるし、結構、誰でもなれる。俺の友人でも、作家の活動はせずに、教えている立場の人はいっぱいいた。それって、作家じゃ、やっぱり食えないから。それに、覚悟がいる。武士は食わねど、高楊枝と何度も書いたが、干上がって廃業した人も知ってる。


 例の人は、そのジャンルでこの国で一番くらいだから、やはり違う。一番になるというのは、やはり並大抵じゃない。この国のあのジャンルの作り手の中でもトップというのは、やはりすごいことだ。日本人の強みを生かした。日本人は手先が器用。そしてそれだけじゃないセンス。色の組み合わせがその地味な容姿のカラーとマッチしたチョイスで、これは渋い。まるで全く派手じゃない着物で、思わず感嘆するようなそういう感覚にいつも陥った。


 若さやポップさ、軽薄さ、そういうのと真逆の世界というか、とにかく渋い。


 可愛らしい色も使ったが、どこか「地味な女が持つ妖艶さ」のようなものを作品が体現している。かわいい、人目をひく、いかにも万人ウケする美少女とかは、すぐに飽きてしまう。いっぱいいる。作品が、なんというかすごく……特殊な綺麗な色形の昆虫を想起させ、集めたくなる。おそらく俺と同じように、集めたくなる人はいるだろう。眺めて飽きない。


 まあ、そういうものに比べれば、これは「商品」だな。売るために作られたものだ。それにしても、販売するときに必要な「作り方」ぐらい聞いておけ。



 実は俺、イベント経験は結構あるが、企画もデザインも主催も参加もやって、どんなに面倒で大変で、意外と金にならないかを知ってる。世界は全て金。俺がもうちょっと金儲けを視野に入れて動けたらいいんだろうが、そんなの考えたことないからな。俺、最悪だな。ほんと、金使う資格のない人。


 俺はイベント会場で軽くため息をついた。主催がどこか知らないが、こんなイベントなら、ちゃんと予算をもらえてるだろうに。個人のイベントじゃない。


 俺に決定的に欠けているのは「何かする」ことで、たとえ「利益」を上げずとも、「経費」など全て、せめて「トントンに」持ってくという考え方だった。俺の場合、やればやるほど文字通り「火の車」になるので、結局、何もしないほうがマシになってしまう。なんだろうな、わかった、曽祖父が道楽のせいで、経営していた老舗の旅館を潰してしまったらしいが、それだな、きっと。うわ、今、初めて気づいた。最悪な遺伝子だ……。


 家族に「頼むからもうやめて」と懇願され、今があるからな……。ほんと、採算度外視なんていう言葉を超えて、「ボランティア」だからな。俺は、これからどうするべきなのか。


 金切り声で、そんなこと言ってないで、もうなんでもいいから働きなさいよッ!という声が聞こえてくる。俺はそんなふうに言われたら、ますます意固地になり、「道楽」に金を突っ込んでしまう悪循環に陥っていた。ギャンブルみたいなものだな。いつか取り返す、と突っ込んでしまう。アテもないのに。


 曽祖父の話は、実は聞かされてなくて、祖母が亡くなるちょっと前に、俺と二人だけの時に、いろいろ話してくれた。母さんには言うな、というような話ばかりだ。母さんの出生の秘密を聞いてしまった俺は、ものすごく納得した。今までの子供の頃からの疑問。祖母も苦労したんだな。


 俺は落ち着いている母さんが、どこか、心もとない顔つきをすることについて、子どもの頃から敏感だった。その理由がわかった気がする。


 そして、俺も、母さんと同じく、自分に誇りを持つのに、外側からの何かが必要で。だからこんな文章を書いてしまうんだろう。負け犬の遠吠えだな。


 母さんは負け犬じゃなく、ちゃんと外付けの権威を手に入れているからな。俺とは違う。俺はそんな「外付けの権威」なんてクソ食らえと思い、こんなふうに海外に出たが、今やただの引きニート状態。厳しい。ここから巻き返すには、と呪文のように唱えながら、どうしてもこの壁を突き破るエネルギーが足りてない。


 イマドキはたとえボランティア団体でも、ちゃんとアソシエーションやNPO、NGOで、利益はあげられずとも、存続可能なように運営しているというのに、なぜ俺はそれができないんだろうか?


 それにしても、どうやって作ったか、気になる。俺は今でも、あの裏の樹脂はなんなのか、なんの意味があるのか、気になって仕方ない。おそらく強度を上げるため、滑り止めの意味を持たせ、あんなに厚盛りしたんだろうが、色が気になる。なぜあんな色に?いや、カッコ悪いだろ、普通に。疑問で仕方ない。勿体無いと思う。漆+ガラスで強度増して扱いしやすく、というコンセプトはいいのにな。


 おそらくわざと、樹脂+塗料を使ったのか。だとしたらあんな明るい黄土色に近い半端な茶色でなくとも、もっと濃い方がいい。なぜだ?あの色に意味があるのか?


 俺は、元々の樹脂の色があんなだから、そのまま使っただけ、という可能性はないかと思ったが、ないと思う。だいたい樹脂は変色があるのだから、あまり実は使いたくない。アクリルを使った樹脂の細工は大流行りしたようだが、俺はあの素材、少なくともこんなに黄変するものを使えない、とすぐ切り捨てた。光の下にしばらく放置すると、熱をかけて曲げたものだったりしたら、形状に寄るが自重で、あっさり割れる。ある種、美術館の展示台みたいな用途の「使い捨ての素材」だ。


 自分も使ったことはあるが、それ以上でも、それ以下でもない。やはり好きになれる素材というのは重要で、ガラスとアクリルと、どこが違うのか、たくさん違いがあるが、うっかり写真ではことなどは、しばしばある。


 もしかして今は、アクリルの黄変もそれがあまり気にならないものが開発されているのかもしれないが。接着でも、エポキシの二液のものだと速乾性はないし、とにかく接着、樹脂はできるだけ使いたくない。


 接着剤にせよ、いろいろあって、俺はそっちにはあまり詳しくないが、化学の畑の人間なら、詳しいのかもしれない。透明で瞬間的に接着できるやつが、硬度も強い、使いやすいとも実は限らない。俺はエポキシの2液のものを使うのも意味があるんだが、最初知らなかった頃、ガラスに使ったら黄変して、ものすごくがっかりしたものだった。俺はあらゆる修復技法に興味があり、古い時代の椅子をどんなふうに張り替えるのか、詳しい技法書を買おうとしたら、Bが「お前、頼むからもう、これ以上、モノを増やさないでくれ」と。


 古いソファやベッドの中のスプリングがどんな仕組みになっているのか、俺にとってはお宝のような情報だと思ったんだが、Bにとってはゴミらしい。この国は、限りなくアルチザン的な手仕事が残っている国なので、俺がここにずっと住んでたいと思うのも、ある意味、無理もないことだ。


 修復といえば、古い壁紙の修復師の女の子と話したことがあるが、俺は思わずその子をナンパしてしまいそうになった。ものすごく残念なことに、昼は修復師、夜はオーケストラのチケットのもぎりのアルバイトをしていて、晩御飯も食べる時間がないほど働いている、と言っていた。正直、こういう世界で食っていくのは、みんな同じような苦労の中にいる。とてもそれだけでは食べてはいけないというように。


 アクリルの場合、将来、変色が絶対に起こる。日焼けする。そういう劣化しやすい素材はダメだ。俺は、アクリルなあ、と可能性を随分前に考えたが、どうしても無理と感じて、あっさりドロップした。試しに買った材料は、すべてどこか、多分必ずどこかにある。そんなこの先も使わないで、しかも劣化している可能性のあるものが、ダンボールの中にぎっしりあるというのは、本当にうんざりする状況なんだが。


 天然素材でも、石なんかでも案外、染色のものなんかは多い。ほとんどそうだ。樹脂を吸わせているものもあるが、確かに見分けがつかない。俺は、素材のマニアだから、ものすごく気になるが故に、前に進まない。とにかく細かいことばかりが気になって、大きなことができないのは常だった。この性格、なんとかならないかなあ。


 あの皿でも、透明の樹脂の厚盛りだとすぐに黄変が目立つようになる。だいたい、裏について、あんな形状であれば、均一に樹脂を塗布するのもめんどくさい。吹き付けても、くぼみに溜まって、肝心な設置面のところが少し薄くなる。


 設置面が薄いと、普段使いで、すぐ禿げてくる。


 樹脂の黄変を避けるため、最初からそれが目だない色を選んだ、ということ。だったら茶でも黒でもいい。裏だけがなんか、高級感にかけるガックリくるような仕様。むしろ絶対濃い同色系の暗い色の方がいいだろうに。


 ここに作家がいれば、それとなく聞けるが、それもできない。


 俺なら絶対に仕入れない。そんなふうに気になるものを、自分が売るのは無理だ。自分が作ったものなら、まだしも、ただ、俺の場合、ここがダメなんですよね、と正直に言っちゃうからなあ。俺って最悪。


 は〜……


 俺って使い道が見つからねえ。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る