第62話 Yさんとアイス食べながら歩く


 俺はYさんといると、とても相性が良いな、と感じた。俺、姉御肌とか親分肌な人が好きなのかもしれない。


 Yさんは明るくて、「やだーどれにしよう!」とアイスを迷った。

なんかそれが、「東京のフライトアテンダント」みたいな発音で、俺はそういう時、いつも思わず頰を緩める。


 Yさんって、お母さんみたいだ。


Yさんに言ったら「ちょっとお母さんじゃないでしょ、お姉さんでしょ!」と言われそうだ。


 俺は、母さんにYさんを紹介したことがある。俺は、ため息が出るほど、良い子なので、友人はほぼ、必ず母さんに紹介する。なんだろうな、もうあんまり言いたくない。こういうこと言うから、実は育ちが良いのでは、と思われてしまう。俺は普通の家に育ちました。父さんは途中までサラリーマンだったし、つましく、普通の家庭です。どこからこんなふうになったのか、よくわからない。


 Yさんは迷って、メロンにしよう!と言った。俺はいつも同じ、ほぼ同じ。


溶けてくるアイスを舐めながら歩く。Yさんはこれから行くところがある、と言う。それまでの間、短いおしゃべりをするために、わざわざ会った。久しぶりだった。


 Yさんは綺麗になっていた。落ち込みから回復した兆候に見えて、それは嬉しかった。俺?俺の近況ですか?


 俺ね〜もしかしてあっさり死ぬかもしれないですよ、癌かも?


俺は笑った。やっとこれで、不良債権の整理ですよ。


そこまでは言ってない。本当のことというのは、おいそれと言えないものだ。


Yさんは「え〜嘘ぅ……」と明るく笑って言った。


そーですよね、そんな簡単にくたばるような俺じゃないし。


親切なYさんは「あたしに見せてごらんよ!」と言った。


 俺はエコー画像を取り出す。


「えーとなになに……膵臓の……炎症が…」


 Yさんほどのキャリアでも、やはり辿々しい。俺はホッとした。あれ?俺の方が読めてる?


 語学が苦手な俺は、これって天の采配?とおかしかった。まあでも医療系はある意味、簡単なんだよな、むしろ。


「座りなさいよ?どこどこ……どこが痛いって?」


Yさんが俺のお腹を触る。えっと……ここ、これ、これが痛い、ここ痛い。


やっぱ痛い。顔をしかめる俺。


Yさんは最近、東洋医学の講座を受けて、資格を取りたいと学校に行ってる。


「ここ……ん〜腸の始まり?胃の終わりかな……」


 Yさんは今月末、レイキのアチューンメントを受けに行く、と言っていた。


いいですね、俺、その時期、Bの出張で時間ある……俺も行きたかったなあ。


Yさんは、最後の席だから、無理、残念!と言い、じゃ、別の行きませんか?と俺は言った。また一緒に。


 Yさんは、でもあれって、3週間のやつでしょ?と言った。俺が弁護士の友人から勧められた瞑想法だ。でも俺は瞑想はしない。危ないと知っている。


でも今みたいな時期にぴったりだ。合宿中、一言も喋ってはいけない。


 瞑想は友人のように、かなり土台ができてる人間なら、安心だけれど、人間として徳があるようなタイプじゃないと、すぐ低級霊にやられる。だから俺は瞑想はちゃんとしたことがなかった。必ず師がいるし、俺はこの人なら、という師に出会ってきていない。無防備に体を貸すわけにいかない感覚がある。


 人の体と心のバランスというのは上手にできている。俺は全く頭でっかちで、全く実践が伴わない。それに悩みが多すぎて、くよくよ同じ場所に閉じこもっている。


 Yさんも辛かっただろうに、本当にだんだん立ち直ってすごい。


 Yさんの変化に気づいたのはBで、BがYさんが泣きたいほど悲しいと思っている、お前気づかないのか?と言われ、俺、初めて気づいた時に、なんて鈍感だったのか驚いた。


 あの時と同じだ。あの子。俺は、この人は大丈夫と思い込むとそんなふうに結構、見落としてしまうことがある。


 Yさんの人生のターニング・ポイント。俺たちは、そこにいて、本当になんというか、人生というのは先が読めない、残酷だとショックで言葉が出なかった。慰めもなんだか上滑りし、この明るい元気な人が……本当になんというか、辛い時期を過ごしたと思う。俺、でも言いません。Yさんの個人的な話になるから。


 また遊びに行こうよ〜とYさんは手を振って、スタスタとヨガのスタジオに入っていった。ヨガいいよ、ヨガ。


 思えば、Yさんと初めて出会ったのは、ヨガのコースだった。俺、最近、忙しさにかまけて、何もかもサボってたからなあ。



 何も考えず、ただ生きればいいのよ、ご飯が美味しいとか、お花がきれいに咲いてるな、とか。


 そう言ったのは誰か忘れてしまった。


 もしも回復時期であれば、その言葉は効果がある。


 もしも本当に闇にいると、ご飯も美味しくないし、美しい花は美しいゆえに、泣き叫びたくなるくらい悲しく儚い。


 でも俺はその次元は一応超えたはずだ。狂わずにここまで来てるはずだ。


 現実の範囲を周りを見渡して、どこまで知覚出来ている、知覚している人がその場での平均値なのか、そこに合わせていれば、まるっきり問題ない。


 俺は幸い、霊感に悩まされることがない。念のための祓い方は感覚的にだけでも身につけているはず。そもそも、この地には少ない。いないわけじゃないだろうが。


俺は、アイスは脂肪なら、実のところまずかったかな、と思った。実は俺はアイスが好き。もしもリアルで誰か会うことがあったら、俺の知ってる中で、一番美味しいアイスクリームを売るお店を教えてあげたいと思う。

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