第3話
そんなダム子とのヘンな関係に終止符が打たれたのは、三年の夏休みのことだった。
一生続くかと思われた俺たちのヘンな友情は、ダム子がヘンだから続いていたとも思われるが、やはりヘンだからヘンになったのだ。
その年のはじめから、ダム子は元気がなかった。
一生のパートナーと思っていた男にふられたせいかも知れない。
だが、俺も俺で、一年間つきあっているボン子に、何やら結婚をせかされているような気がして、心が揺れていた。だから、ダム子とのつきあいも疎遠になりつつあった。
ちなみに俺は三十歳になるまでは結婚なんかしないつもりだった。
まだまだ早い。遊びたい。
必死なボン子を、のらり、くらりと、かわしていた。
だが、卒業後、ふるさとに帰るように言われているボン子は、果敢に俺に攻勢を仕掛けてくる。
遠距離恋愛が嫌なのか、それとも都会に留まりたいのか、やや疑問だ。
正直、俺は気楽なはずのボン子とのつきあいに疲れ果てていたのだと思う。
学校でボン子と喧嘩した。その夜、いじけて行きつけの飲み屋で酒を飲んでいるときに、ふとダム子が現れた。
「野田君、どうしたの? 荒れているね」
そういうダム子のほうが、かなり怪しいくらいに飲んでいるようだった。
とろんとした目が色っぽい。酔いが回っていた俺だったが、一気に醒めてしまった。
いいよとも言わないうちに、ダム子は俺の隣の席ににょろにょろと体を滑り込ませた。ほのかなアルコールの香りとともに、デオドラントスプレーの臭いがした。ふと見下ろすと、キャミソールの横から胸の谷間が見えて、俺はあわてて目をそらした。
「そういうダム子こそ、最近元気ないじゃないか? あしたを読んで見つけた彼氏はどうした?」
からかうように聞くと、いきなりダム子は涙ぐんだ。
俺は焦った。今まで占いで彼氏を選んできたダム子にとって、失恋の痛みなんてないのだと思っていたのに。
「占いなんて……何の役にも立たないのね……」
しみじみじんわり、ダム子が呟いた。
ついにダム子は、自分のポリシーを捨てたのだ。失恋のせいで。——と、思った俺は甘かった。
ダム子はざめざめと泣き出し、俺の手を握りしめた。
「だって! 私たちにもうあしたはないのよ! 空から火の玉大王がふってきて、人類は滅亡してしまうのだから!」
「はぁ?」
その年は、1999年であった。
1999年8の月に空から火の玉大王がふってくる。人類は滅亡する——だったかな?
数々の大予言を的中させてきた予言者ノストラダムスの言葉である。
当時、確かにノストラダムスの大予言をはじめ、予言書のブームであった。
だが、深刻に悩んでいるものは少なく、皆、半信半疑、いや、おもしろ半分であったと思う。
テレビであおっている人たちだって、私財をなげうって火の玉大王に備えようとはしていないし、俺は人類滅亡よりも彼女の泣き落としで迫られている結婚のほうが重大だった。
しかし、すべてを予言・占いのたぐいに頼って生きているダム子にとって、ついにやってきた1999年は重大な人生の危機だったのだ。
ちっぽけな占いに頼ってラッキーカラーを身につけたところで、幸福アイテムを持ったところで、人類滅亡からは逃れることはできない。
「占ったところでもう私には幸せなんかやってこない! それは、野田君にもよ! どうせみんな死ぬんだからぁああああ!」
人目が気になる。
俺はあわててダム子を抱え、店を飛び出した。
ダム子ときたら、腰砕けになってしまい、もう一人では立っていることもできない。俺は仕方がなくタクシーをひろい、ダム子の家まで行ってもらった。住所を聞かなくても引っ越しを無理やり手伝わされた経緯がある。迷うこともなく、無事着いた。
俺はダム子を担いでヨロヨロと階段を送り、ダム子の鞄から鍵を取り出し、ドアを開けた。そして、ベッドまで運び込み、そのまま帰るつもりだった。だが、帰ろうとした俺の手を、ダム子は放さなかった。
「野田君、私、とても怖いの。一人にしないで……」
涙で潤んだ瞳で見られると、バカじゃないのか? なんであした人類滅亡するんだよ! とは怒鳴れない。うんうん、と頷くしかなかった。
「どうせ死ぬのだったら、あしたの幸せなんて夢見るんじゃなかった。今日だけ幸せだったら、それでよかった……」
ダム子は俺の手をたぐり寄せるように……いや、俺のほうがダム子を慰めたくて、添い寝するように身を寄せた。
「ダム子、大丈夫だから。きっとあしたも今日の続きだから」
そっと頬に手を伸ばし、涙を拭いてあげたが、ダム子は激しく首を振った。
「いいえ、きっと大予言は当たってしまう。だから、今を後悔したくはない。私、ずっと野田君のことが好きだったの。でも、あまりにも占いの相性がひどくて……」
濡れたダム子の唇から、びっくり仰天の告白が飛び出した。
「でも、もうあしたがないなら相性も関係ないもの。野田君、好き! 大好き!」
いきなりしがみつかれて、俺は冷静さを失っていた。バカだな、死ぬはずないから自暴自棄になんてなるなよ……と頭では思いつつ、体は別の反応をしていた。
「俺もずっとダム子が好きだった。死ぬまで一緒にいよう……」
などと心にもないバカな台詞を吐き、とろんとしたダム子の唇に唇を重ねていた。
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