夏の煌めき【20.夏の煌めき】

 寄せる波音のリズムを聞いていると心が安らぐはずなのだが、今の華琉人はるとの心境は、そこまで穏やかではなかった。

 2日前のあの夜、全てのドタバタが片付いてすぐにツキミさんに告白したものの、

「ごめんなさい、今付き合ってる人がいるの」とあっさりフラれてしまった。

「なぁ、チキン。帰ったらさ、真王なおに何かおごろうぜ」

「いいです僕。食欲ないですし」

「お前、ふてくされてんのか?」

「そうですよ。ピカリンなんて『ごめん。もう彼氏いるの』だったじゃないですか。僕なんて『ゆうき以外の男興味ない』ってばっさりですよ」チキンは黙って海を見つめ出した。

 現実はこの上ない晴天で波も穏やかであるのだが、彼らキズゴコロBoysの心の中では、台風接近中の荒天かつ葛飾北斎かつしかほくさいの描く波のような高波が荒れ狂っている、といった感じだった。

「潮風が心に染みるな」

「染み込み過ぎて痛いくらいですよ」

 華琉人は「実際に染みてるのかもな」と返そうとしたが、一瞬早く「フラれバカが2匹揃って海を見て。絵にならないねぇ~」という声に割り込まれた。

「うるせぇ真王! ふつーにイチャついてたお前に何が分かるってんだ‼」

「華琉、そんなにわめくとまた傷が開くぞ」

「う……」

「チキンもそうすねねるなって。まだ幾らでも出会いは転がってんだから。拾えるか拾えねぇかは別として」

「ほっといて下さい、兄さん」

「そういうわけにもいかねぇんだな~、これが。女子チームがお冠だぜ。バスが発車できない、って。で、戻ってきたら駅に着くまで余興やらせるって」

「それだけはマジ勘弁だぜ! てて……」立ち上がった拍子に傷が痛んだのか、華琉人は呻いた。

「おいチキン、帰んぞ!」華琉人はチキンの腕を掴んで立ち上がらせた。

「ちょっ、ピカリン、あざになってるところ握らないで下さいよ。痛いですって」

「真王、帰ろうぜ」チキンの抗議を無視して華琉人が言う。

「バスの中で余興やれって言われねぇうちに」

「そうだな。……その前にチキンの腕、放してやれ」

 3人は浜辺沿いの道へ上がった。振り返って見た海はどこまでも青く輝いている。

 波音は終奏にも前奏にも聞こえる。奏でているメロディーはずっと変わらないのだが。

恋は終わったけど、まだしばらく夏は終わらないだろうな。華琉人はそう思った。

 そう。だって。この夏は……。


                                   〈了〉  

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