夏の煌めき【9:真王(なお)兄さんの恋愛相談】

 「ねぇ、兄さん。安音寺あんのんじさんとはどうやって知り合ったんですか?」夏虹かこうの部屋に帰ってくるなりチキンが尋ねてきた。

「あぁっ? 前に話したろうが。たまたまだよ。たまたま」真王なおは返す。

「そんなこと言わないで教えて下さいよ、兄さんの馴初なれそめ」

「俺も知りたい」緑山みどりやままで加わる。

「……なんてこたねぇよ。あやめちゃんがナンパされかかってたのを、カツアゲされてると見間違ったあきら華琉はるが助けに入って……ってとこだ」真王は言った。

「カッコ良いじゃないですか。正義の味方」とチキン。

「お前ら知ってたか? 賢木原さかきばらながるも正義の味方パターンで交際つきあい始めてんだぞ」

 真王の言葉に、お茶をすすっていた緑山がグホッとむせ返った。

「おい。大丈夫か、みどりん?」

「あ……はい。兄さん。何とか。ちょっと風に当たってきます」

 緑山はバルコニーに出るなり盛大にゲホゲホやり始めた。

「んなとこでリバースすんなよ!」真王はバルコニーに出る窓をぴしゃりと閉めた。

「今の話、本当です?」チキンが尋ねた。

「忘れたとは言わせねぇぞ。中1の時の星宿ほしやど高との出入り騒ぎの一件だ」

「えっ⁉ そんな時から……」

 その時、誰かが部屋のドアをノックするコンコンという乾いた音がした。

「誰だ~? こっちは揃って在室中だぞ~」真王は戸口へ向かった。

「あ。俺。華琉。みどりん、キョーちゃんがお呼びだぞ!」ドア越しに華琉人はるとが言う。

「どうした、華琉。」ドアを開けるなり真王は尋ねた。

「キョーちゃんが物理の宿題の範囲がどこだか分かんねぇって」と華琉。

「聞いてたか、みどりん?」

「まだ外でゲホゲホやってます」とチキン。

「キョーちゃんに宿題教えてこいって言っとけ!」

「だそうです!」と窓を開けてチキンはみどりんに事の次第を伝えた。

「お前、それだけじゃねぇだろ? どうした。」

「あぁ。そうそう。ここの化学式、どうなってんの?」

「これしきユッスーか聖に聞きゃ早いだろうよ」

「それが、ユッスーはバカ殿相手に虚数解の入った式がどうだこうだって教えてるし、聖は聖でかいちゃんにmol計算教えてるし……」

「つまり訊けるやつが他にいねぇってことだな。……まぁ入れ」

「すんません兄さん、ちょっと行ってきます」

 みどりんと入れ替わる形で華琉は室内に入った。

「さて」ドアがバタンと閉まったのを確認してから真王は言った。

「恋の悩みがあんならこの真王兄ちゃんに言ってみな」

「え? ピカリンに問題の解き方教えるんじゃ?」チキンが訊き返す。

「ああ。見せてもらったけど、こいつの解けねぇような代物じゃなかったよ。フェイクだよ、フェイク。たぶん、自分らの部屋出るための……」

「ええ? じゃあ、先生とか聖の話……そもそもキョーちゃんの話は?」

「それは運良く偶然が積み重なっただけだろう」

「……あ。じゃあ、僕もいるとお邪魔になるだろうから……」

「まぁ待て蜜柑坊みかんぼう。お前も実は聞いてほしい話があるんだろ」と引き止める真王。「とにかく座れ。」

 申し訳なさそうに部屋の隅に座ろうとするチキンに「もっとこっち来い」と手招きして真王は言った。

「お前らに共通すること……誰かに惚れたな」

揃ってギクリと身動きする華琉人とチキン。

「華琉人は聞かなくても分かってる。初日に浜で会ったフジノとかって水着美女だろ」

ズバリ言い当てられた華琉人は頷くしかない。

「実は俺、今日その人をコンビニで見たんだ」

「えっ⁈ 俺、全然……」

「だろうな。俺たちが花火を品定めてる最中に会計済まして出て行った」

「何で教えてくれなかったんだよ」

「教えた所でどうしたってんだよ」

「そ……それは……」

「だけど華琉、耳寄り情報だ。例のフジノって女、あさっての花火大会は観に行くらしい。」

「本当か?」

「あぁ。連れの女……たぶん浜で会った時にパレオだった人だと思う、とそんな話をしてた。」

「そうか。ありがと真王!」

そう言うと華琉人は足取りも軽く真王たちの部屋から出て行った。

「……で、お前は誰だ? 蜜柑坊」

「僕ですか⁉ ……礼子れいこさんです……」

「お前、一夏の恋で終わらせるつもりか?」

「それは嫌ですよ!」チキンは言った。「だって、僕の初恋なんですから」

「だったら、いっそのこと、あと4日のうちにコクっちまえ」

「ええっ⁉ ムリですよ! そんな……。だって僕……」

「何だよ?」

「僕、兄さんじゃないですから」

「あはははははははは」真王は笑い出した。

「お前心配し過ぎだよ。その辺のコツは賢木原か華琉にでも聞いてこい」

「あ。はい」そう言ってなぜかチキンは部屋から出て行ってしまった。

 一人きりになった真王は、あれ? 華琉のやつ、シリウスに“今年1年恋はしない”って泣いて誓わなかったか? と思ったが、人の恋路を邪魔すると馬に蹴られて死にかねないとも思い、口出ししないことに決めた。

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