夏の煌めき【6.部屋割りと夜のバルコニー】

 その夜、ながる夏虹かこうの一室にいた。ルームメイトのクロシーとキョーちゃんの姿はなかった。2人ともどこに行ったのかは知らないが、おそらく他の男子チームの部屋に行ったのだろうとは推測できた。しかし、鍵もかけずに部屋を離れるとは不用心にもほどがある。

 そもそもこんな珍しい三人組トリオが結成されるに至ったわけは数時間前に遡る。


 「じゃんけんしようよ。じゃんけん!」夏虹の玄関の前であきらが言った。

「だから、じゃんけんで分かれたくても一手足んねぇだろうよ」と真王なおがツッコむ。

「だからぁ、6・3・3にまず分かれて、6の所がもう1回じゃんけんして半々に……」と聖は提案するも、

「まどろっこしいだろ!」と真王に一蹴されてしまった。

「え~」

 男子チームは“3人ずつ4部屋に分かれる”方法に悩まされていた。平等を期してじゃんけんをしたいが、一手足りない……。

「なぁ。フランス式のじゃんけんしようぜ」ユッスーが言った。

「あぁっ⁇ 何でフランスなんだよ」と華琉はる

「あのな、お困りの皆さん、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。フランスのじゃんけんってのはな、4手あるんだ」

「今何と?」とクロシー。

「フランスのじゃんけんは4手あるんだよ」とユッスー。「一般的なグー・チョキ・パーに加えて、“井戸”って手があるんだよ」そう言ってユッスーは親指以外の4本をくっつけて丸め、親指を人差し指につける“井戸”の拳をやってみせた。

「その場合、勝敗はどうなるんです?」紫村しむらが質問した。

「あぁ。外国はグー・チョキ・パーじゃなくて、ロック・シザース・ペーパー……岩・はさみ・紙にたとえるだろ? で、この場合、投げ込むと岩と鋏は沈んじまうから井戸に負ける。でも紙は塞ぐことができるから井戸に勝てる……ってね」

「すげー。井戸ほぼ無敵だぁ……」流は素直な感想を呟いた。

「よし、じゃあ、じゃんけんするぞ」真王が仕切り始めた。「何だっけ、ユッスー。……井戸? 井戸だな? よし。……行くぞ!」

「グー・チョキ・パー・井戸で揃い!」掛け声と共に拳を出した男子チーム。しかし……

「何で揃いも揃って井戸なんだよ!」

出したのは狙ったかのように井戸ばかり……。

「すんません。習ったからには使いたくて」

「そうそう。つい……ね」

「……たく、仕方ねぇな。仕切り直すぞ。……せーの!」

 その結果、流・クロシー・キョーちゃん、ユッスー・紫村・かいちゃん、聖・華琉人はると赤音崎あかねざき、真王・チキン・緑山みどりやまの4組に無事に分かれることができ、今に至るというわけだ。


 ふと現実に戻った流は湯浴みで火照った身体を冷まそうと部屋からバルコニーへ出た。バルコニーには先客がいた。クロシーだった。

「あ……クロシー。わりぃ。邪魔した」

「あ、いいよ、流。こっち来て」

「お……おう」流はクロシーの隣に立った。

「流、実は俺、ずっとお前に言いたいことがあったんだ」

「何だよ」

「姐さんのこと」

さやかの?」

「俺、姐さんのことずっと好きだったんです。小4の時から」クロシーは言った。「だから、中3のコーフェス前に流と姐さんが交際つきあい始めた、って知った時は悔しかったんです。それで、そのあとしばらく姐さんをおかす夢ばっか見て……」

 潮の香のする夜風が2人の側を吹き抜けて行く。聞こえるのは波音のザーザーと蝉のセレナーデだけだった。

「……夢とは言え、姐さんは誰にも代えがたい存在だったんです。なのにそれをけがすだなんて……」

「クロシー、お前……」

「そう。だから流。お前油断するなよ。俺はいつか姐さんのハートを取り返してみせるからな」クロシーは恋の宣戦布告とも取れる発言をした。

「あぁ、上等だ。じゃあ、俺は爽に相応しい男になってやる」

 夜空では夏の大三角が輝き、静かに下界を照らしていた。

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